真相・宮司クマルビが語るには
結構胸くそ展開です
「しばしお待ちください」
広間まで案内されると、権宮司のルプスが席を外した。
地下宮殿のサピエンスたちは、神官のルプスを付き人のようにかしずかせ、広間で権宮司を待つダキア一行を遠巻きに見つめている。
周囲からひそひそ声が聞こえてくる。
うまく言えないけれど地上とは全く雰囲気が違う。住人たちは一様に嫌悪を含んだ恐怖と奇異と忌避の入り混じった視線を投げつけてくる。ここが地下であることを除けば、竜に襲われることも無い、食うに困らない平和な社会であるはずなのに、ちくちくとひりつく不快な空気に満ちている。神殿に仕えるルプス以外の、地上で暮らすミアキスヒューマンを初めて目にするのだから当然としても。
「ルプスよ、あれは一体なんだ」
「地上の統治者だとか」
「あのような粗野な身なりの者がか?」
「左様で」
神官装束を纏ったルプスたちまで同様に声音を潜めてサピエンスに賛同しているのは。
あれが砦でリョウが語った「神狼ラフムとラハムに連なる血筋の高慢ちきな連中」であろう。
これにはダキアも閉口した。
緊急事態とはいえ、本来なら然るべき身なりを整え、手続きを踏んだうえで神殿の最高権威に御目通りを願う立場だから、着の身着のままで押しかけたことに対して幾ばくかの非はこちらにある。
しかし、地上で何かあったのか気に掛けるもの、心配する者は誰一人いない。何か見世物の余興が気に召さずに興が削がれた、白けた、そんな淡泊な冷たさが地下空洞に満ちている。。
聞こえよがしの陰口を流石に聞き捨てならんとミザルとアルコーが牙を剥き出し唸り声をあげた。
「やめなさい、ミザル、アルコー」
シェリアルに叱責され引き下がるが、収まりがつかないアルコーは「ぶったたいてやりてぇ」と左手の爪をちゃりちゃり鳴らしている。
サピエンスたちが尻込みし、後ずさり、「地上のミアキスヒューマンは何と凶暴なのだ」と今度は無遠慮に悪態をつき始めた。
悪念害意毒気に満ちてはいるが、この場に記憶を失い呆けている者はいない。逆に言うと、ここにはシチフサとエンキはいない、という確証でもあるのがなんとも皮肉な話だ。
そこに権宮司が戻ってきた。
「宮司がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
意外なことに、宮司はルプスではなくサピエンスの老人だった。どういう仕組みなのか背中にグネグネ曲がった水晶の細い円柱が刺さっている。一本一本にマナの入った水晶が繋がっていて、中のマナが細く長い円柱を伝って宮司の体内に吸収されている。
「此処は地下宮殿エガルマハである。そち等は砂漠の王子と渓谷の姫、だの」
ダキアは消化液で被毛を溶かされかけて全身の皮膚がひっつれた状態で、事情を知らない者にとっては誰だか分からない有様なうえに、シェリアルは豊かな金髪を自らそぎ落としたうえに雑兵の簡素な武具を纏った、みすぼらしい格好だ。
その二人を、宮司と名乗る痩躯の老人は「砂漠の王子と渓谷の姫」と呼んだ。
さらに「アシルから住人が消えたのだろう?みな城におるわい」面倒くさそうにそう吐き捨てた。
早々に消えろ。立ち去れ。そんな風にしか受け取れない、民を纏めるものにあるまじき不躾な物言いに一行は顔色を無くした。
非がこちらにあるとかなんとかそういった問題じゃない。
なんなんだこの宮司は。ダキアは怒りで身体中の毛が逆立っているような錯覚を感じた。いわれのない剥き出しの悪意、敵意、害意をぶつけられられる覚えはない。
何故だ。しかし、相手は神殿の最高権威だ。辛うじて憤りを堪える。
そんなダキアの様子を玉座より見下ろして宮司は続ける。
「地上の様子は全て見ておったからの」
見ていた?行幸の行程で「見知らぬサピエンス」はいなかった筈なのに。どこからどうやって見ていたというのだ。
「出る必要なぞ無いわ。地上に浮遊するマナをそこらにある水面に連動させれば一目瞭然よ。ここにはかつて隆盛を極めたマナの秘術を有しておるからの」そうして、白竜の襲来の度に築かれた死屍累々の様相を、婚礼前日にアシル王妃が親心から二人を引き合わせたこと、キンツェムの女帝が崩御したこと、観察者の妨害を受けたこと、砦で起きた一連の出来事を得意げにダキアに話して聞かせた。
信じられないが、本当に地下から地上の様子を窺っていたのだ。そんな事が出来るなんて。
「特に白竜はいい余興として楽しませてもらったよ。何せ我らは外界に出られないのだからの」
「……アシルの姫君が一風変わった容姿の子供を神殿に連れてきたことは覚えておられますか」
混乱と困惑と動揺を押し隠してダキアが問うと
「シチフサと呼ぶ子供の事はルプス達から聞いたよ。間違いなく地上の神殿で看取った」
ほんの少しだけ、柔和な表情で宮司は答えた。
「彼がエンキのマナに接触したことは知っておられたのですか」
「知っておったよ」
理由は分からないがシチフサとエンキは婚礼当日の朝方まで奥の院から出ることはなかった。だから捨て置いた。再び苦虫を噛み潰した顔に戻った宮司はそう答えた。
「居心地が良かったのかなんなのかは知らんさ。何故奥の院から出たのか興味はない。しかし」そこで一旦言葉を止め、シェリアルを顎で指した。更に不快そうに一瞥し、続ける。
「そこのアシル第一王女に礼を述べたいとうわごとのように言っておったそうじゃからお主に用があるのじゃないか?」
余計な揉め事を持ち込みおって。そんな視線だった。幼いシェリアルが連れてきた異形のミアキスヒューマンが神託を全て台無しにした。そう詰っているようにも聞こえる。
「そもそもこの婚儀は偽りの神託よ、言祝ぎと称して主らが婚儀を挙げたタイミングで地下のサピエンス達が外界に戻るための理由付けよ。じゃからの、儂らに出来ることなぞ有りはせぬよ。そもそも我々に何ができるというのだ、砂漠の王子よ」
話にならぬ。宮司はそういい捨てた。




