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シチフサ=ナブネイド

自称、宮司シチフサ。つまり死してなお彷徨う魂ナブネイドはアシルの城にいた。

 アルハラッド王もシュクル后も王の側近も近衛も侍女のシャオチェもラタキア将軍もジウスドラ参謀もグラディアテュールの駐屯兵も、みんな放心して呆けた表情で虚空を見つめている。


 そもそも僕は何をしたかったのだったっけ。

 そうだ、あの子に「フロートから落ちた僕を助けてくれてありがとう」と伝えたかったんだ。あの子がアシル神殿に宿泊している、次の日は結婚して砂漠のグラディアテュールに旅立ってしまうから、千載一遇のチャンスは夜明け前しか無かった。

 だから、あの子が僕に供えてくれたシュウメイギクに似た花、スノーポピーを抱えてお礼を言いに行ったんだ。

 だけどあのこは僕のことを誰だか思い出せない、知らない人を見る目だった。悲しかった。すると僕の悲しい気持ちに反応したエンキさんが悲しい。そう呟いてあのこの記憶を消してしまった。

 僕は怖くなって嘘を付いた。

 嘘を付くのはよくないことだよ、正直に素直にありのままを話せばその場で終わる出来事が、事態がずっと先まで捻れで絡まって収まりが付かなくなるからね。アベストロヒさんが言ったとおりだ。とっさに付いた嘘のせいで、僕はあのこの仲間や友達から敵だと思われてしまった。

 あの時もアシルの街に戻ってきたあの子とあの子の仲間の人に正直に話そう。ただありがとう、そう伝えたかっただけだって。そう決心して森の小道で先回りして待っていた。

 どうしたらいいだろう?お城に戻れば落ち着いて話を聞いてくれるかな。

 だけど再会した時、みんな怒っていた。すごく怒ってた。話をしたいのは、お礼を言いたいのはあの子になのに。あの子が一番怒ってたんだ。咄嗟についた嘘のせいで皆が怒ってる。怖くてどうしようもなくなった。すると怒りの感情に反応したエンキさんが出てきてあの子の結婚相手の人を連れて飛んで行ってしまった。

 戻ってきたエンキさんは、やつれて虚ろな、悲しそうな表情で、うわごとのように「だいじょうぶ、かなしいことはないよ、もうこわいことはないからね」と繰り返すだけの、初めて会った時の状態に、戻ってしまっていた。

 そうしてアシルの街の人たちの、駐屯地の人たちの記憶を一斉に消してしまった。


 一度に沢山の人の記憶を操作したエンキさんはすっかり弱ってしまっていて、話しかけてもうん、うんとうなづいてくれるのが精いっぱいの状態だ。





 僕はエンキさんと、二年の間、奥の院でいっぱい語り明かした。

 僕は僕自身が死んでいる事すら失念するくらいに。


 あの子がアシル神殿に僕を運んでくれたその日のうちに、僕の身体は生命活動を停止した。身体中を襲っていた気が狂いそうな激痛がすうっと潮が引くように消えて、僕は寝かされていた寝台から起き上がった。僕は僕の死んだ抜け殻の肉体を見て絶望した。もうアベストロヒさんに会えない。ヴィマーナに帰りたい。泣きながら神殿を歩き回った。

 そうして昔の身分の高い人の離れなのかな、綺麗な装飾の施された小さな楼閣に入って、エンキさんと出会ったんだ。

「かなしことはないよ、もうこわいことはないからね」

 エンキさんはそう慰めてくれた。

 最初の内、エンキさんは僕を普通のミアキスヒューマンだと思っていたようだった。そのうち、僕の記憶操作ができないこと、僕の見た目がとても変わっている事、そして僕が生前の姿をとどめたままのマナだということに気づくと「お主は一体。こんなことがあるのか」と、とても驚いていた。

 多分僕がヴィマーナで生まれたからと話したら、エンキさんは「ヴィマーナとはなにか」と聞いてきた。僕がエンキさんの入った琥珀を抱えて外に出て、あの金色の一番大きな星だよ、と夜空に光るヴィマーナを指を差すと「あの天の金色のガリカ、蓮星にはいかな存在が住もうておるのか」「蓮星はいかな世界なのだ。もっと話を聞かせてくれ」と子供みたいにせがんできた。

 だから僕はヴィマーナでの暮らしをいっぱい聞かせたんだ。

 この世界は大きな玉の形をした惑星だってこと。

 僕たちはこの惑星をエデンと呼んでいる事。

 ヴィマーナはヒトが乗っていて、はるか大昔に生き物が発生するずっと前からこのエデンを観察している事。

 ヴィマーナには僕以外にもネオ・ミアキスと呼ばれるミアキスヒューマンがいて、ヒトと一緒に暮らしている事。

「なんと、ヒトとは何ぞや」

「灰色っぽい緑色の身体で、頭と目が大きくて細い身体をしているんだ」

「天人とはかような異形であったか」

 エンキさんはしきりに感嘆していた。

 エンキさんが生前に読んだ、初代の人たちが纏めた手記に天人と呼ばれる者がルプス系ミアキスヒューマンを連れて空に飛んだ言い伝えが残っているらしい。

「天人が如何な容姿を持つ者か、記述が無くてのう」

かような姿形だとは、全く想像もつかんかったわい、そう満足げに笑っていた。

 昔々に、アベストロヒさんの友だちのウルシャナビさんが、地球にいるニギギさんのサジェストをヒントに試行錯誤を重ねてくれたおかげで、ミアキスヒューマンもヴィマーナに住めるようになったこと。

「とっても長い時間がかかったんだって」

 エンキさんは「この世界にはまだまだ知らぬことがあった」「天に上ったミアキスヒューマンの物語は真の伝承であったか」ってすごく喜んでくれた。

「お主はどうやって地上に降りたのだ?」

 アベストロヒさんと一緒にヴィマーナからエデンに降りてきた時にプレシャスウイングとのニアミスでフロートから転げ落ちたことを話した。

 不思議だけど、この時の僕は、あの自分の身体を見た時のショックも絶望も深い悲しみも、薄れていた。

「エンキさんはどうしてマナになってしまったの?」

 エンキさんはここで自分の魂を琥珀に封じ込めたと語ってくれた。

「どうしてそんなことをしたの?」

「お主はなんでも聞きたがるのぅ」

「エンキさんだって同じだよ」

「ほ、それもそうじゃの」

 そうして一緒に笑った。

 エンキさんは100年前の大災害の当事者だった。僕にあの時この地上でなにが起きたのか話してくれた。

 

 あのとき砂漠と密林を治めていた兄弟はとても仲が悪かったこと。

 

 アシルも諍いが毎日起きていてエンキさんではもう二人を止められなかった事。だから二人の兄弟を別々に住まわせたこと。

 

 人が増えすぎて移住した訳じゃなかったんだ。

 

 そして兄弟が禁断の術を使った結果、厄災の星が現れたくさんの星が地上に降りいだこと。

 

 彗星のニアミスは地上からそう見えていたんだ。民族文化伝承部のシャマシュさんが喜ぶぞ。

 

 そしてサピエンスのエンキさんは生きてるときはマナは見えなかったけど生き物にもマナがあって、この地を巡っている事。

 

 やっぱりサピエンスにはマナは見えないんだ。だからミアキスヒューマン独自の文化だったんだ。

 

 空からマナが降りてきて壊滅した大地と、厄災と化したマナを浄化した事。

 

 恒星フレアの直撃はエデンにとって意味のある事象だったんだ。

 

 兄弟を諫められなかったアシルの我が一族には償いとして地下で暮らすよう命じたこと。

 

 だからヴィマーナで観測が再開した時にサピエンスが一斉に消えたようにいなくなっていたんだ。


 ヴィマーナが観測できなかった空白のデータの答え合わせをアベストロヒさんに伝えなきゃ。

 そして、ヴィナーマに帰る前にあの子に助けてくれてありがとうとお礼を伝えなきゃ。

 

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