キンツェム出立前 女帝崩御
昼前、キシャル城を出てキンツェム城下街で待機していた行幸の隊と合流した。
いち早く気が付いた斥候兼任の歩兵小隊ニアミアキスたちが嬉しそうに尻尾を振ってひたひた走り寄り一行を出迎える。
「おかえりなさいでんか、ひろうえんはたのしかった?」
「疲労するからひろうえんっていうんでしょ?」
「僕たちはなまちにいってきたよ」
「きれいなおねぇさんがいっぱいいてたのしかったよ」
神託の婚礼と言うより白竜を屠った英雄に随伴する一行として丁重にもてなされたのだろう。キンツェムの集落を巡ってる間、そんな感じがあった。どこの晩餐でも皆が白竜を倒した時の話を聞きたがった。ダキアは改めて思う。もしかしたらこの神託の婚儀は、白竜討伐を成し遂げたこのタイミングでなければならないものだったのかもしれない。なら俺が前に出ることで、少しでもキンツェムの民とグラディアテュールが、打ち解けるきっかけになるなら悪い事じゃない。
「こんどはみんなでいこうよ殿下もいっしょに」
「そうだな」
拙い報告に笑顔でうなづき相槌をうち、歩兵たちの首回りをガシガシ揉んだり頭を撫でて応えるダキア。警護のハーフミアキスもやってきて歩兵たちと交代し報告を引き継ぐ。
「お帰りなさいませ殿下」
「進捗はどうなってる?」
ここから先、アシルに戻るまで10日間の行程に集落はないから、替え馬も食料も十二分に用意しないといけない。
「騎馬の手入れ、馬具の点検、糧食、飲み水、飼い葉の確保、息抜き。もろもろの雑事は片付いてます」
「後は出発するだけです」
「ご苦労だった、昼を摂ったら出立するぞ」
「では伝えてまいります」
ひとまずの難関、女帝との謁見を終えて安堵していた侍女シャオチェがそうでした、ここからは海沿いを行くんでした。とがっくり肩を落とした。
側近のクーガー竜騎士カインが侍女に手短に説明を始める。
「大丈夫っすよ。早くて8日、遅くても10日でアシル入り出来るっす」
「本当ですね?」
そんな様子を見つめていたら、シェリアル姫がこちらを振り向いた。そうして、シャオチェは何をそんなに怖がっているのです?そう問うてきた。
「シャイヤー湾の海竜が問題なのですか?」
シェリアル姫の問いに少し考え考えダキアは答える。
「海竜は問題ではないんですよ、この先のシャイヤー湾は海に面して、こう、いくつか段差が生じている」
とジェスチャーで海岸の様子を示す。
どういう理屈で生じたのか見当もつかないが、海岸に面して垂直に削れた崖のすぐ下に三、四段の平地が階段状に連なっている。海面に近い段は途中で途切れていたり波に削られてリして使えないが、平地からすぐ下の段はところどころ途切れてはいるものの湾の奥、アシルの湖から流れる滝の裏側まで続いている。石畳が敷き詰められて、馬も飛ばせるようになっている。女帝が言っていたアシルからの使いもこの道を使ったのだろう。
「ではどうしてシャオチェはあんなに」
姫を怖がらせたくないけど説明しないわけにはいかない。
「隧道のところどころが欠けていると説明したけど、そういう場所ではあまり気持ちの良くないマナが見えることがあります」
「気持ちの良くないマナ?」
海沿いの、弧を描く窪地に多くへばりついている、灰褐色と言うか澱んで暗くくすんだ嫌な感じのそれは、とくに悪さをするわけではないけど、見ているとなんともいたたまれない気持ちになってくる。海から生じるマナだからなんだろうか。取り立てて気にしたことはなかったが、こうして客観視してみると、美味く説明できないが妙な生じ方をしている気がする。
「それともう一つ。観察者が出没することがあるんです」
「観察者?」
いつからいるのか、なんのために存在しているのか分からない。だが間違いなく害悪を及ぼす存在だ。暗いマナは触らなければ問題はないが奴らは違う。得体が知れない術を使って接触、拉致を試みる。厄介度で言うなら竜より観察者の方が断然上だ。ダキアは確信をもって言い切る。
実のところダキア自身、この目で見るまでは観察者の存在など根も葉もない噂だと思っていた。
父王サージャルが白竜との戦闘で下半身をねじ切られかけたとき、やつらは現れた。地べたに横たわる親父を取り囲み、皮膚が裂けて骨の露出した傷口を覗き込む姿は死肉を漁る竜鳥を彷彿とさせた。宙に浮きあがり、羽虫のように飛び回る奴らを追い払うのに手間取った。そのせいで治癒のマナでの回復が遅れ、親父は王位を退くことになった。
「...?殿下?」
姫のかなり強い語気で我に返った。
「あ、ごめん」
「お加減が悪いのなら」
少し休まれますか?と姫が輿の入り口の緞帳を開ける。
具合が悪いわけではないけど。少し気分を切り替えたいかも知れない。
「では、少しだけお言葉に甘えて」
輿の床に横になると、シェリアル姫がダキアの横に侍り、頭を膝に乗せるよう促してきた。
そんな中、キンツェムの虎大公が単身駆け込んできた。えらく息せき切って、青ざめている。
「どうされたのです、大公」
「姉上が、姉上が」
そう呻いて泣き崩れ、女帝の往生を伝えた。
ダキアたちが退城したあと、白花苑に様子を見に伺った女官が冷たくなった女帝を見つけたのだという。
行幸が終わる前に罷るかも知れない予感があったのだろう。女帝の私室の文箱には遺言書が残されていて、「我の葬儀は身内のみで執り行うこと。行幸は神託の祝事、止めることはならず。国葬は行幸全ての儀が終わって後とする」そう記されていた。
「本当なら葬儀後に伝えるべきなんだろうが」虎大公はお前たちは身内も同然だからと、こっそり伝えに来たのだ。
女帝と胸襟を開いた後だったから、軽率だけど思いやりから起こした大公の行動が沁みた。だから、大公には白花苑でのやり取りを全て打ち明けた。
「ご愁傷さまです、大公」
「痛み入る、ダキア殿下」
これが事後処理報告の形で訃報を受けていたらひっそり不興をかこっていたかもしれない。




