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キンツェム女帝・ヴァルダナール中編

初稿が納得いく出来じゃなかったので一部残してまるまる改訂

 ダキアは虎大公の傍らに膝をついた。

「大公、折り入って頼みがあります」

 怪訝そうにダキアの様子をまじまじと見つめる大公。

「なんじゃ?」

「この後、披露宴が始まるまで、奥方と共に、姫の介添えに着いていただきたいのです」

 これは、姫の記憶が無いのを慮っての申し出だった。

 アシルを出て以降、各集落巡幸の間は、シャオチェが侍衛さながら片時も離れず、時には「姫様は長旅でお疲れ気味云々」と談笑を引き受けたりもしたが、キンツェム王宮では流石にそういうわけにはいかない。シェリアル姫とキンツェム王族は面識があるのだ。侍女風情が出しゃばるわけにいかない。

 今現在、このキンツェム城内で、シェリアルの記憶が無いことを知っているのはダキアの幕僚を除くと大公と奥方のみ。そして、幕僚でキンツェム王族と面識のあるものは、何度か父王サージャル、シェダル兄に随伴してキンツェム王宮に参内しているラタキア将軍しかいない。ダキア自身、女帝と大公夫妻以外、今日が初対面の者ばかりだ。

 そこで、自分がこの場で初顔合わせとなるのを利用しようと思いついたのだ。

「私に紹介するという体なら、諸侯も不自然だと受け取らないでしょう」

 大公はダキア、シェリアルの婚儀の責任者として、この後のすべての采配を任されている。

「つつがなく宴を執り行うには大公の助力が欠かせません」

 更に頭を下げるダキアと床の間に、大公は首をねじ込んで、顔を上げさせる。

「そんなに遜るもんじゃない。任せておけ、その程度ならいくらでも融通は利くわい」

 大公は踵を返す直前、正直、シェリアルの件はどうしたもんかと考えあぐねていたんじゃ、とダキアに小さく耳打ちした。



 そういうわけで、密談の後、宴が始まるまで、ダキアには大公、シェリアルには奥方が傍に侍ることとなった。

 ひっきりなしに訪れる賓客と交わされる挨拶と祝辞を、大公夫妻が如才なく捌いていく。シェリアル姫と旧知の王族の中には、シェリアル姫の様子がどことなく違うことに敏感に気づいたのか、ひやりとする場面もあった。幾人かが、「どうかした?」「なんだか今日は大人しくない?」と問いかけてくる。すかさず大公が「当り前じゃろう、神託の式を挙げて臨む宴じゃぞ。かような大事に平素と変らぬ方がどうかしとるわ」と軽くあしらい、奥方も「あなた方も成婚の相手が見つかれば、姫の気持ちが分かるわよ」と大公に相槌を打つ。

 婚礼当日アシル神殿で見せた不和悶着が嘘のようだ。

 尤も、あの時は誰もが取り乱していた。本来ならシェリアルを支えるべき伴侶のダキアでさえその場から逃げようとしたのだ。


 一息ついたタイミングで「なんとお礼を申したらよいか」と恐縮し、頭を下げるシェリアルに、大公の奥方が巨体を摺り寄せる。

「晴れの舞台の主役が頭を下げるもんじゃないの。あなたは『有り難うございます、今日はとっても幸せです』って言っておけばいいのよ」

 奥方が、シェリアルの緊張と疲労を和らげようと優しく励ます様子に、ダキアは唇をかんだ。


 本当だったら幼少のキンツェム逗留時の昔話に花を咲かせていたんだろうに。



 披露宴会場は、王宮の中でも一番広大な中庭だった。

 列柱の天辺から天蓋を吊るし、祝宴にふさわしい、華やかな彩りのカーテンで覆われた豪奢な天幕が、回廊に沿ってずらりと並んでいる。壮観な眺めだ。内部には料理を楽しめる卓が設けられ、衝立で仕切られた奥には、仮眠用の籐の寝台と、厚みのある座布団がゆったりと据えられている。配膳、給仕や移動は回廊を使う。

 上座の壇上にはひと際大きな天蓋付き天幕が三張。中央が今宵の主役、向かって左手がダキアの部下、右手がキンツェム王族の席だ。宴の間は大公も奥方も王族席に着く。

 主賓が席に着く前から酒宴は始まっていて、早くもほろ酔い状態の年配もいる。

「みんな、理由をつけて飲みたいだけじゃよ」やや呆れた口調の大公。それから盛装を纏ったダキア、シェリアルに向き直る。

「祝宴の席にまで侍るわけにはいかんでの」しっかりやるんじゃぞ、と言い添えて大公が離れる。

「ダキア殿下、シェリアルをお願いね」奥方が頭を一つ下げ、大公の後に続く。



 大公が中庭に姿を現し、上座に立って一声咆哮をあげると、ざわめきが落ち着いた。

 大公のあいさつの後、グラディアテュールのダキアの幕僚が、次にヴァルダナール女帝が、最後に華やかな婚礼装束に身を包み、宝剣を佩いたダキア、白竜の羽根をふんだんに使ったティアラを冠したシェリアルの新郎新婦が中庭に姿を現すと、その壮麗さに感嘆のためいきとざわめきと歓声が起きた。


「ほぉ、盛装姿は流石に凛々しいですな」

「まぁなんて煌びやかなんでしょう」

「きれーい」




 主賓の二人が席に着くと、キンツェム王族の小さな子供たちが、中庭へと降りてきて、新郎新婦の天幕の前に並んだ。皆、胸に大切な宝物でも抱えるように、両手をそっと包み込んでいる。


「ダキア様、シェリアル様、おめでとうございます!」

 元気な声が響きわたり、子供たちが両手を開くと、蛍が一斉に空に舞った。キンツェムでは、幸せな結婚の象徴だ。中の一匹が、ふわりとシェリアルの指に停まった。

「まぁ」

 嬉しそうにはにかむシェリアル姫。


 そんなすてきな贈り物で、披露宴が始まった。三日三晩の披露宴が始まった。

 大皿に盛られた猪や鹿の肉の炙り、蒸して取り分ける直前に熱した油をかけた鰐竜や鯉の清蒸魚、色鮮やかな果実、麦に似た穀物を甘い乳で煮て甘蕉の葉で包んだ甘味。とろっとした食感の金色の果物が添えられている。どれもキンツェムでは縁起の良い料理だと紹介された。

 炙り肉の不思議な甘みが食欲をそそる。魚肉は油をかけたのにさっぱりとした味わい。乗せられた白い野菜の歯触りがいい。穀物の甘煮。似たものを麦でも作れないかなと舌鼓をうちながらダキアは考える。雪の時期の兵站にあると士気があがるかも知れない。


クォーターミアキス豹族の娘たちの舞踊が始まった。

同じミアキス要素の発現率を基準に選び抜かれた容姿の彼女たちは全員、サピエンスの体つきだが身体全体が被毛で覆われていて、長い尾を持っている。顔立ちはサピエンスに近い者もいればミアキスそのままの者もいる。サピエンスの髪を結い上げた中庸な顔立ちもいる。

掌をあわせて旋回し、腕を脚を伸ばし踊る彼女たちが身に付けた黄金の装身具が灯に揺れて、しゃらしゃらと微かに鳴る。彼女たちが纏う、薄く透明で張りのあるけれど形をなさない絹のヴェールがひらひらと揺れる。まるで水を纏っているようだ。

 舞踊が終わると、まつげが長い、キュートな顔立ちのクーガー種の娘がカインに意味深なウインクを送ってきた。カインが鼻の下を伸ばしてリョウが顔をしかめている。その様子にシェリアル姫が口許に指をあて、くすりと笑った。つられてダキアも笑み崩れる。


次の瞬間、やおら、白い大蛇に翼を生やしたような異形が中庭に雪崩れ込んできた。踊り子たちがヴェールを翻し、きゃあきゃあと逃げまどう。一瞬何の狼藉かと天幕を飛び出すダキア。

だが、ダキアが中庭に降りるより一瞬早く、黒いショールを胸元に巻き、煌びやかな衣装を纏った、大きな瞳のマーゲイの軽業師が、天幕の間からひらりと飛び出してきて、大ぶりの模造の剣を振り回し大蛇に切りかかった。

すると、大蛇が自然界ではあり得ない動きを見せた。逃げることなく、とぐろを巻いて、頭をゆらゆらと左右にふって軽業師を威嚇したのだ。

黒いショールを巻いたマーゲイの軽業師も模造剣を見せびらかすように掲げて大蛇とにらみ合う。

何か変だ。

そこでようやく白蛇が海鳥の羽毛を丁寧に張り付けた蛇腹状の作り物であることにダキアは気づいた。

舞姫たちもひとところに固まって、脅えているが、その様子はどこかわざとらしい。よく見れば、どこか悪戯の成功を心待ちにする楽しげな笑いにも見える。

白蛇が踊り子に襲い掛かろうと身体をくねらせ移動すると、踊り子たちはひとかたまりに集まった格好のまま、そそ、と中庭を逃げ回り、その度に、通せんぼをするようにマーゲイが目を見開き、見得を切って剣の切っ先を突き出し道を塞ぐ。

ああ、これは余興か。

安堵し、席に戻ろうとするダキア。

ところが軽業師が朗々と歌い、舞姫たちが復唱する歌を耳にして足が止まった。


「見よ、白竜よ」

「見よ、白竜よ」

白竜?だって?

「あれぞ、お前を屠るもの」

「あれぞ、お前を屠るもの」

屠るもの?

「砂漠の黒き鬣の王子、基の人を」

「砂漠の黒き鬣の王子、基の人を」


その言葉でダキアの心の臓が跳ね上がった。頬はもちろん耳まで熱くなるのを。頬の表情筋が変に引きつるのを自覚した。

嫌でも理解した。理解してしまった。理解せざるを得ない。今繰り広げられている演目は、ダキアが白竜を屠った時の戦闘を舞踊劇にしたものだ。シェダル兄は白褐色の鬣、ニアミアキスの父王サージャルは赤褐色の鬣だ。黒い鬣はダキアしかいない。あのショールは鬣の見立てか。

ひとかたまりになっていた舞姫たちが再び列を作り、マーゲイの軽業師と白竜を囲むように円を描いてヴェールを翻して舞い始める。

「しかと見よ」

「見よ」

「白竜よ、お前は終わりだ」

「終わりだ」

「屈服するがいい」

「屈服するがいい」

「英雄の前に平伏せ」

「平伏せ」

軽業師と輪を描いて踊る舞姫たちの熱のこもった大音声がまた羞恥に拍車をかける。

市井にとっては伝承に残す大事件なのは分かっている。多少大げさに吹聴するのも分かっている。が、いかんせん恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。実物を見たことが無いから、想像でこさえるしかない白竜の造形はともかく、ダキアはこんな派手でスマートな大立ち回りをした覚えはない。大きく胸を張って白竜を威嚇した覚えもない。こんな格好のよい見栄えのするモンじゃない。もっと泥臭く。野暮ったい命がけのの戦だった。

しかし、主賓席のシェリアルを、両手で口元を隠して、白い頬を朱に染め、瞳を輝かせて舞踊劇の一投足一挙手を食い入るように見つめている。天幕のキンツェム王族、城下の賓客は勿論の事、ダキアの幕僚たちも大いに盛り上がっている。

その様子を見て、それはそれでいいのかも知れない。そう思い直した。現場はもっと凄惨だった、白竜はもっと異様な容姿だった、俺は英雄じゃない、などと目くじらを立てるのは野暮の極みと言うものだ。

白竜と睨み合い、威嚇しあい、踊るように剣を振るう軽業師が楽しんでますか?と言った身振りでこちらに視線を寄越してきて、勿論だと大きく拳を掲げる。それが合図だったかのように軽業師が笑顔を浮かべると、竜に斬りつけとどめを刺した。

苦悶にのた打つ白竜が、ピクリともしなくなると、万雷の拍手と歓声が沸き起こった。


席に戻ると、ふくふくと含み笑いを浮かべた虎大公が酒を持ってきた。酒杯を差し出すと、大公が、器用に尾で酒壺の首をくるりと巻いて、酒杯に淡い金色の酒をなみなみと注いでくれた。一口含んで極上の逸品だとわかった。雑味がなく後味が軽い。

「先ほどの演目は」

城下の市井が有志でつくった劇団の歌舞だと大公が説明してくれた。

「是非お前さんに見せたいと申し出てきたんじゃよ」

城の舞姫たちも乗り気で協力してくれたのだとか。

「それは大変光栄です」

正直平常心を保つのに苦労した、とこっそり心中を打ち明けると

「バラしたら面白くないじゃろうが」

と返ってきた。内緒にしてくれと言われているんじゃが、と先刻の子供たちの蛍のサプライズもそうだと教えてくれた。王族の年寄り連中には面白くない者もまだ少なくないが、市井や幼子たちはグラディアテュールと新しい関係を望んでいる。

「お前さんが架け橋になってくれるなら、きっとよい関係が築けるさ」

杯を飲み干し、

「肝に銘じます」

尚更、この晴れの舞台を台無しにしようとした謎のサピエンスを逃がすわけには、赦すわけにはいかない。



そのとき、妙な視線を感じた。顔をあげずに目だけで宴会場を見渡す。視線の主はヴァルダナール女帝だった。謁見の間で挨拶を交わした時もそうだったが、今のは吟味に近い、鋭い眼差し。戦場ならさしづめ手ぐすね引いてこちらの失態を引き出そうと待ち構えている査問審議の主といったところだ。


が、そろそろ初日の宴もしまいの刻だ。一体なんだろうと思っていたら女帝がにこやかに宣った。

「こちらの催事も出し終わった事ですし。ここで主賓にはなにかをやってもらうというのは如何でしょう」

 先刻の剣呑な視線はどこへやら、軽くいいことを思いついた、と言ったいい笑顔だ。

 場が「それはいい提案」と沸き立つ中、こちらの事情を知る虎大公が寝耳に水を垂らされたような勢いで身構え体の毛を逆立てた。

「義姉上」

 しかし白虎女帝は馬耳東風といった様子で玉座から身じろぎもしない。格の違いをまざまざと見せつけてきた。

「華燭の宴ですもの、祝われる主賓にもなにか趣向を凝らした余興があっても悪くはないでしょう」

 と悠然と笑う。

女帝の横に侍る大公の奥方も当然女帝の言動は藪から棒で、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情で固まっている。


隣の天幕のラタキア将軍と参謀ジウスドラが顔を見合わせると、酒杯を卓に置いて席を立ち、ダキアの傍に参じた。双方、困惑した表情だ。女帝の突然の申し出を推し量ねている。

隣席のシェリアルも不安そうにダキアを見つめる。


「如何いたしますか」

「どうもしない」

今度はダキアの言葉に瞠目し、息をのむ幕僚二人。

「ラタキア、剣は佩いているな」

ちらりと左腰に視線を送り、頷くラタキア将軍。

「はい」

「ならばよし。型稽古の乱取りを披露するとしよう」

ラタキア将軍を伴い中庭に降りるダキア。


「祝いの席にグラディアテュールの剣をご覧にいれましょう。剣は護りの象徴。戦のためにあるものではなく、守るべきもののために振るうもの。皆々様、拙きものながら、心ばかりの披露、どうかご高覧のほど、お願い申し上げます」


口上を述べ、佩いていた剣をぬいて、構えをとる。基本中の基本を使った型稽古。ラタキアの抜き身の白刃が灯を受けて閃き、軌跡を描く。ダキアはその刃を躱し、捌き、一太刀合わせては摺り足で間合いを取って次の型を構え、再び打ち合う。

 場は気圧されすっかり吞まれたように静まり返り、静謐な空気に包まれているような錯覚を感じた。



 席に戻ると、シェリアル姫が興奮した面持ちで、

「すばらしい剣舞でした」

 と賞賛してきた。

「私もあんな風に剣を振るえるようになるでしょうか」

その言葉にダキアは不意を衝かれた気がした。

 姫も武芸を嗜んでいたとシャオチェが言っていた。記憶は無いけれど身体が覚えているのかも知れない。そして、もしかしたらそういう形で記憶を取り戻す事もあるかも知れない。

「では、グラディアテュールに入ったら、稽古をつけましょうか?」

 願ってもない申し出だったのか、「宜しいのですか?!」とやや上擦った声で笑顔を返してきた。




 宴が終わって貴賓室に戻ると「驚きましたな」サプライズというにはいささか意地の悪い、そうジウスドラが評し、ラタキア将軍、側近のカインも頷く。リョウは特に興味もないようで袖の下から宴席で出された穀物の甘煮を何個か取り出して貪り始めた。このマナ使いは普段から竜騎士さえ無事ならそれでいいんですと公言している。

 そんななか、侍女が「剣舞の後、殿下と姫の様子をヴァルダナール女帝が目尻を下げて嬉しそうに見つめていた」と発言してきた。

「なんでだ?」

「悪ふざけをする御方ではないですが、分かりかねます。想像ならいくらでも出来ますが、それはただの仮説にすぎませんので」

 侍女の返答も困惑しきりだ。

 一体女帝は何をしたかったんだ?何が嬉しかったんだ?

 皆目見当がつかない中、ダキアは三日間、剣舞を披露する事になった。

 


もともとはキンツェムの自然環境が東南アジアに近くてヤママユガがいっぱいいるよ、絹織物がとれるよって描写だったんだが


他所の娘さんの肌着を気にする爺さんって…ねぇ流石に

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