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最初の集落・禍福は糾える縄の如し

 そんな醜態の直後だった。

 ガザガザと若芽の芽吹く灌木を掻き分け一人のサピエンスが姿を現した。

 後々落ち着いて考えてみれば鹿皮の腰巻に狩猟用の弩を携えて背中に矢筒を背負っているのだから一目で猟師だと分かりそうなものだが、この時のダキアにそんな余裕はなかった。怪しいサピエンスとしてひっ捕らえ、麻の袋で目隠しをして行幸の隊に連行した。

「あっけなかったですね」

 いささか拍子抜けした感じのラタキア将軍。

「そうだな」

 ダキアは肩の荷が下りた、そんな心地だった。


 環濠と外郭の内側は、入り組んだ細い路地と白い漆喰に、きめの細かい灰茶色の薄い石の板を乗せた小さな住居がひしめく集落だ。円錐形の屋根を持つ小さな胸がいくつも並ぶ素朴な街並みの広場は、市井の人々でごった返していた。行幸の隊列、豪華な設えの輿や壮麗な儀仗兵を一目見ようと近隣の邑からも見物客がやって来て、盛大な祭りといった状態だ。

 珊瑚色と山吹色のキトンを重ね着したいでたちのシェリアル姫が輿から降り立つと、大きな歓声が沸いた。

 見物に来たサピエンスやクウォーターの娘たちが

「優雅だわぁ」

「こういう足運びだったよね」

 とつま先から地に着けるシェリアルの歩き方を真似ている。

 彼女たちが纏っている細かい刺繍が施された紅椿色の貫頭衣チュニックと白麻のスカートは、この辺りの未婚女性の伝統衣装だ。

 四肢に金の腕輪を幾重にも嵌め、煌びやかな輝石をイヤーカフにしたニアミアキスも、首飾りにブローチで留めた鮮やかな朱赤の紗をひらめかせてはしゃいでいる。



 集落長の屋敷に着いて「こいつを知っているか」と厳めしい貌でダキアが怪しいサピエンスに被せていた麻布を剥ぐ。

 と、長が面食らった表情でサピエンスを見つめた。

「カズゥ、お前何やっとるんだ?」

「ああもう村長からこの兄さんに言ってくれ、俺は怪しいもんじゃないって」

 怪しいどころか、村長直々にうちの集落の住人だと証明された。猟師は釈放されたが、ダキアは恥の上塗りといった有様だ。


 もうシェリアル姫に会わせる顔がない。

 姫は晩餐の着替えのために輿で影武者を務める侍女シャオチェの許に行ってしまっている。

 これはきっと笑われているに違いない。悪い意味ではなく微笑ましいエピソードとして話をされていたとしても、カッコつけてすっ転んで竜に齧られかけたなんて、どう聞いたって笑い話の類だ。更に捕まえたサピエンスは冤罪、濡れ衣。もう晩餐の席でどんな顔して座ってりゃいいんだと長の館のラウンジで頭を抱えていると、声をかけられた。

 先刻の怪しいサピエンス、こと猟師のカズゥだ。

「砂漠のダキア殿下だったのですね」

 捕縛され集落に連行されてる最中の威勢のよさとは打って変わってしおしおとした様子だ。

 顔を見るなり

「無礼の数々、お許しください!本当に大変失礼しました!」

 そういって頭を下げる。

 カズゥが数々。思わずクスリと笑ってしまい、それで少し気が楽になった気がした。

「ちょうどいい、俺からも非礼を詫びさせろ、ついでに笑っていいから話を聞け」

 と、隣に座るよう促す。そうしてダキア自身の口から捕縛した経緯、呪いの件は伏せたうえで、姫の前で醜態を晒したことを語って、聞かされたカズゥはからから笑った。隊列から離れて移動していたことは気にしていないようだ。大らかな性格なのだろう。

「そうだったんですか。でもなんか意外です、鬼神、軍神、戦神、のような方だと伺っていたので」

「そう称されるのは親父の方がふさわしい。俺はみんなの力を助けを得てなんとかやっているだけだ」そう返した。


 実際父王サージャルは一騎当千、万夫不当、天下無双、百戦錬磨。誰よりも強く偉大な獅子王だった。そんな父でも討伐できなかったのが白い悪魔、白竜だ。

 サージャルは即位してすぐに白竜の被害を捨て置くわけにはないと、討伐軍を結成した。それから三つ前の寒季に下半身を千切られかけるまで、ずっと白竜討伐に心血を注ぎ魂を燃やした。

 父サージャルから軍を引き継ぎ、三度目の討伐遠征で白竜を仕留められたのは周囲の協力と幸運に恵まれたからだ。ただ、これで安心するのはまだ早い。またいつか第二の白竜が出てこないとも限らない。その前に、集落同士を結ぶ街道に伝令のための駅屋を増やし、国を越えて連携する包囲網を構築しなければならない。

 今はバルバリ山脈にウルズス系と純ミアキスの狼で構成された哨戒用の出城があるっきりだが、いつか、討伐遠征などしなくてももっと早いうちに竜を撃退できる機構をつくりたい、とダキアは常々考えている。


「時に、ダキア殿下」

 にわかにカズゥが真面目な声音で向き直った。

「白竜に、槍のようなものが刺さっていたりしませんでしたか」

 槍。そうだ。肩口に、槍のようなもの、ではなく、どう見ても槍が刺さっていた。石突に上質な翡翠が嵌め込まれていた。最後の力を振り絞って白竜が渓谷を飛び越えようとした時に、とっさにその槍を掴んで、後頭部に飛びついた。それで白竜の眼球に刃を突き立て、とどめを刺すことが出来たのだ。白竜を解体した時に槍も回収され、アンシャル城に運ばれた。今は宝物庫で大事に保管されている。

「その鎗、石突に大きな翡翠が嵌ってませんでした?」

「何故そんなことを知っている?」

「それ、俺の親父の鎗です」

 聞けば、カズゥの親父代わりのミアキスヒューマンが特別に誂えたのだという。口許を押さえて、嗚咽を嚙み堪えて言葉をつづける。

「15年前、これであの白いのをやっつけてやるって」

 後は親父ぃ、やったよ、白竜、砂漠の殿下が、倒したんだよと誰にともなく呻き、カズゥは男泣きに泣いた。

 俺はカズゥの親父にも助けられていたのか。

「改めて礼を述べるのは俺の方だ。ありがとう、カズゥ」



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