居るべき場所
影はやはり小癪だ。彼らの目的は私を苦しめることなのだろう。そのために私の傍にいる弱い物に手をかける。すぐに標的をリュンヌに当ててくるが、リュンヌはかつてほど弱くはない。影の攻撃はリュンヌにかわされ、空振りに終わった。その隙を、私は見逃すことはない。一体目の影は消えた。リュンヌは影から逃れた後、生き物たちを抑えた。生き物たちは獰猛になり、リュンヌに襲い掛かる。明かりを持ちながら戦うのは大変で、少し高台に明かりを置いた。洞窟全体が少し明るくなり、両手もあいたようだ。あの状況なら放っておいても大丈夫だろう。影の攻撃は激化していくが、暗闇の中だからと言って何も見えない私には関係ない。影は次から次へと現れるが、一体一体倒していく。弱い物が何体集まって戦おうと、結果は何も変わらない事を影は学ばないようだ。生き物たちの勢いは収まってきているようだ。
「父さん!加勢するよ!!」
リュンヌは生き物を鎮めたようだ。また私と共に目の前にいる影を前にナイフの刃を向ける。まだ影と戦うには力不足だが、何も言わず、戦わせてみることにした。だがやはり、洞窟内という閉鎖的な場所で、ランタンの明かりのみの小さな光では普段の力も出せない。影の刃はリュンヌに振り下ろされた。
「下がれリュンヌ!!」
その言葉は間に合わず、リュンヌの身体は切り裂かれた。
「リュンヌ!!」
リュンヌはしゃがみ込んでしまい、私は群がろうとする影を一蹴した。すぐにリュンヌに寄り添ったが、彼女の服は切り裂かれていても、身体は傷一つついていなかった。リュンヌ自身も、驚いて腰が抜けただけらしい。
「ハルさんだ。あの石が守ってくれたんだ!」
「そのようだ。そこから動くな、影はまだ澱めいている。」
リュンヌを自分の背にし、正面から現れる影を倒し続けた。今回はかなりの量の影を倒した気がする。やっと、影が現れなくなった頃には、相当の体力を消耗した。剣を一度地面に突き刺し、支えにした。老化するはずはないが、年老いたという感覚はこういうものなのかと実感した。
「父さん!!」
リュンヌは私の足に縋りついた。ぎゅっと力いっぱいしがみついてくるところは、まだ変わっていないようだ。優しくその背を叩いてやると顔をうずめてくる。沢山の勇気を出して、戦ったのだろうと伝わってくる。
「そろそろ、行こうか?」
リュンヌはうんと唸り、影が道を塞いでいたその先へ進んで行く。道はどんどん深くへとつながっていく。方角は間違っていないはずだが、やけに遠く感じる。力は身近に感じただけで、距離はずっと遠かったのかもしれない。そこからも道を辿って進み続け、やっとリュンヌの足が止まった。
「あった!!あったよ父さん!!」
リュンヌは私の手を引いて走り出した。そこには確かに先程感じた力をより身近に感じる。だが先ほど感じた者よりも、邪悪なものも交じっているように感じた。リュンヌはその石の姿を、水晶の中に虹を閉じ込めたようで大きな石だと話していた。
「これは、持ち帰って良い物なのだろうか。」
「どういうこと?」
「ここが、この石のいるべき場所なのだ。石には力がある、つまり生きているということだ。ここがこの石の家であり、安定した場所ゆえ、ここから石を持ちかえればきっと良くない力が働くだろう。」
「じゃあ、この子はここに居ないとね。」
「そうだ。この石を持ち帰るのはやめよう。あの魔女には、適当にごまかそうか。」
リュンヌは嬉しそうに頷いている。洞窟の来た道を順番に戻って行く。洞窟の出口に出るとすっかり日が暮れ、月が真上に輝いていた。そしてその月の下には猫を抱えたハルがいた。その眼が月明かりに怪しく光る。
「おかえり。どうだった?」
「お出迎えとは……本当に魔女は分からん。」
「だって、どんな顔して帰って来るかしらってね。分かっているわ、全部。」
ハルはリュンヌに渡した石を渡すように求めた。あの時翠と紫色をしていたフローライトという石は、違う何かに変化していた。