心の中は
ハルの冷徹な眼がリュンヌを襲っているように感じる。腰の剣にそっと手を掛けるが、ハルは私の行動に気が付いている。
「そんな警戒しないで。本当にただのお願いよ。」
ハルはそう言うとカップを持って立ち上がり、カップをキッチンに戻した。そして、暖炉の側にある戸棚を開ける。中には沢山の宝石が飾ってあったらしい。宝石は一つ一つガラスケースの中に入れられている。ガラスケースの中には、宝石と共に草花が入れられており、まるで森の一部を切り取ったようだとリュンヌに聞いた。
「私はこういうまじないの品も作っているの。この近くに洞窟があるらしくてね、そこにも美しい石があると聞いたわ。それを取ってきて欲しいの。」
「自分で行かないのには理由があるのか?」
「さぁ、気まぐれかしらね。」
また口元だけニヤリと動かし、魔女は微笑んだ。ガラスケースの一つをリュンヌに手渡す。石は翠と紫色をしており、周りの草花は白かった。リュンヌはその石の魅力に引き込まれていた。魔法が掛かっているのは確かだが、悪い魔法ではなさそうだ。リュンヌはハルにまじないの効果を聞く。
「これ、どんな効果があるの!?」
「この石はフローライトというの。あなたを癒やし、導いてくれるわ。行って欲しいその洞窟になんの石があるのか私は知らない。だけど、見れば分かるはずだから安心して。」
リュンヌは引き受ける気でいるらしい。洞窟内を探索して石を探し出す位ならリュンヌの目があれば可能だろうが、まだ何か引っかかる。
「リュンヌ、返しなさい。」
リュンヌは名残惜しそうにその石をハルに返した。ハルは両手で受け取り丁寧に棚へと戻す。
「あなたにはまだ疑われているみたいね。ならこうしましょ。あなたは魔女の薬を買いに来たのでしょう?それが嘘だったとしてもね。私は、普通の薬とは違う薬を作れるの。もしかしたら、あなたのその闇を取り去ることもできるかもしれないわよ?」
「それは、本心か……?」
「さぁ、どうかしらね。あなたこそ、その闇から逃れたいと本気で思ってる?」
「……父さん?闇って?」
リュンヌに袖を握られている。また重い何かがのしかかる。リュンヌのことを考えると、いつも胸が痛くなる。苦しいのか、辛いのか分からない。ただ過去を思い出してしまうのだ。私自身も、私が何をしたいのか分からない。今はリュンヌのために動いているのか。それとも、リュンヌを言い訳にしているだけか。なにも分からないなら、魔女の誘いに乗ってみるのも一つの手かもしれない。だが洞窟には影が潜みやすい。リュンヌは街に置いて行くべきか。あれやこれやと考えて、リュンヌに袖を引かれ声をかけられていることに気が付かなかった。
「父さん!!聞いてる?」
「あ、あぁ。すまない、リュンヌは町で待っててくれ。私一人で、行ってくる。」
「ダメよ、彼女も一緒。そうよね?」
ハルはリュンヌの両肩に手を添えてジッとこちらを見つめてくる。リュンヌもうんうんと頷き同調する。
「分かった、とは言えないな。洞窟の中は危険だ。いつ影に襲われるか分からないぞ。」
「それでも行きたい!だって、父さんには石が見えないでしょ!父さんが困ってるなら助けたいの!私人よりずっと目がいいのよ!?遠くまでだって見渡せる。父さんの助けになるよ!!」
「それでも、君が傷つかない保証はない。私は……その方が困る。君には、まだ未来があるんだ。」
リュンヌは静かになった。だが下を向き、唇をへの字にしている。ハルはため息をつき、再び戸棚を開けた。
「らちが明かないわね。いいわ、リュンヌは私の魔法で守ってあげる。さっきの石を持っていきなさい。そうすれば、あなたを守ってくれるわ。」
リュンヌはガラスケースを受け取った。またその表情が明るくなっている。
「お前は……、何がしたいのだ。」
「早く石が欲しい、かしら。これで納得してくれた?あんまりわがままだとこの子、いじめるわよ?」
リュンヌの肩に再び優しく手を置く。
「魔女め。……、分かった。洞窟に行き、石を探してこよう。その洞窟はどこだ。」
魔女はニコリと微笑んだ。口元だけの笑顔ではなく、目元も笑っている。本当に、魔女は分からない。
「良かった。洞窟はここから東に進めばあるわ。大きな洞窟だから見逃すこともないはずよ。それじゃあ、楽しみに待ってるわね。」
魔女の家を出て東へと向かっていく。リュンヌは借りた石を持ったまま楽しそうに歩いていた。