繋がりと縛り
魔女に見降ろされたリュンヌは委縮することなくその姿に目を輝かせた。その態度に魔女も柔らかい表情を浮かべているようだ。
「あなたが魔女なのね!」
「そうよ。あなたは純粋ね。でも、そちらのあなたは、真っ黒ね。もしかして……。」
魔女にじっと見つめられているのが分かる。その瞳はひどく冷たかった。
「さすがは魔女か。だが、今は控えてくれると助かる。」
「なぜ?別にいいじゃない。それは魔法ではないはね。ならその影は何者?」
その質問に答えはしなかった。自分でも分からない。これは呪いであると単純に片付けて良い物だろうか。いや、こうした説明のつかないものを呪いと呼ぶのだろう。黙ったまま立ち止まっているとリュンヌに袖を引かれた。かなり長いこと魔女と対峙していたようだ。
「父さん……?」
「あぁ、すまない。それで魔女殿に依頼があるんだ。」
「なに?」
「魔女の作る薬が欲しいのだ。作ってはくれないだろうか。」
魔女は口許を歪めて微笑んだ気がする。その不気味な笑みが何を意味しているのか分からない。
「嘘つき。」
魔女はそれだけ言ってリュンヌに目線を合わせて優しいような微笑みを浮かべた。
「あなた名前は、リュンヌっていうの?この人に付けてもらったの?」
「そう!私の名前どうしてわかったの?」
「だって魔女だもの。話がしたいのでしょう?こちらにいらっしゃい、暇だったしお茶でも飲みながら質問に答えてあげるわ。あなたも、この子を一人にするのが怖いならいらっしゃい。別に何もしないわ。する意味もないからね。」
リュンヌは魔女が持つ独特の雰囲気に惹かれている。再び目を輝かせて魔女に手を引かれて、家へ入っていった。この魔女には思考が筒抜けなのだろう。ため息をついて魔女の家を訪れた。魔女の家の中は床全体にカーペットが敷かれており、家の前で靴を脱がされた。魔女はずっと裸足だったらしい。家の中には魔女が飼っている猫がくつろいでいる。暖炉に魔法で火をつける。リュンヌはその動作全てに興味を持ち、落ち着かない様子だった。魔女に案内されて暖炉近くのソファに座らせられた。
「お茶を淹れてくるから、そこで大人しくしていてね。あなたコーヒーの方が良いかしら?」
「私は構わないでくれて大丈夫だ。」
「そう。やっぱり私の事は嫌い?」
魔女が何を聞きたいのかが分からない。その質問を本当に聞いているわけではないことだけは分かる。つかみどころのない彼女に振り回されれば、何をされるか分かったものではない。だが敵意がないことは確かなようだ。リュンヌの茶に何か入れた様子もない。ある程度信頼して大丈夫だろう。そう考えていると、魔女がゆっくりと振り返った。
「魔女を信じてはだめよ。私達は自由で、気まぐれで、思い通りに生きるの。そのためならなんだってするのが魔女よ。」
「本当に、思考が読めるらしい。リュンヌが純粋で良かった。」
「えぇ、そうね。」
リュンヌは何も分かっていない様子で首をかしげている。そのままでいて欲しいと願うばかりだ。魔女はティーカップをリュンヌの前に置いた。どうやらミルクティーのようだ。同じものを魔女も片手に持っている。私たちの前に座って足を組み、カップを口につけた。その姿をまじまじと見ながらリュンヌは遂に声をかけた。
「魔女さん、名前はなんていうんですか!?」
「私の名前?魔女に名前など、あってないようなものだわ。名前は誰かと区別するために必要なもの。誰と区別されるわけでもない私には必要のないものよ。名前という縛りは、とても強いからね。あなたがお父さんと呼ぶ人も、同じなのではなくて?」
「だから教えてくれないの?」
「一緒にするな。そもそも、私に名前はない。」
「あら、本当ね。これは失礼なことをしたわ。」
リュンヌは悲しそうな表情を浮かべている。憐れんだような瞳でこちらを見つめてくる。別に名前がないことになんの思いもないため、悲しまれても困る。魔女はもう一口お茶を飲んでから話した。
「仕方ないから私の名前を教えてあげる。ハルよ。……これで、あなたと私を繋ぐ糸が出来てしまったわね。まぁいいわ、あなたはかわいらしいし。」
「ハルさん!素敵な名前!!」
「あら、ありがとう。それで?ほかに聞きたい事が?」
リュンヌは嬉しそうに沢山の質問をした。ハルは一つずつ丁寧に答えてくれている。彼女のティーカップに入ったお茶が無くなったころ、リュンヌの質問攻めは一区切りついたようだ。
「さ、あなたの願いは叶えてあげたわ。じゃあ次は私のお願いを叶えてくれる?」
ハルは足を組み換え、頬杖をついてリュンヌの方をじっと見つめた。