新たな世界
あれからもしばらくリュンヌと旅を続けていた。リュンヌはほとんど言葉を話せるようになっていた。出会ったのはつい先日のように感じるが、もうかなり時が経っているようだ。今まで時間など気にしたことがなかったが、リュンヌの成長でなんとなくの時間が推し測れる。随分背も伸び、武器の扱いも上手くなった。彼女はとても身軽で、運動能力も申し分なかった。影と戦うのはまだ苦労しているが、いずれ楽に倒せるようになるだろう。
「父さん!町が見えてきた!」
リュンヌはいつしか私の目になっていた。リュンヌは湖を見てから新しい景色を求めるようになり、私がかつて美しいと聞いた場所を旅していた。その景色をリュンヌが見たあと、私に言葉で伝える。そうして私もその景色を楽しむことができた。新しい場所で得られるのは景色だけではない。その場の空気や生き物の音、肌に触れる風など、沢山のものが得られる。開放的に育ったためか、リュンヌはとても活発で明るい少女に成長していた。
町に辿り着き、マーケットで旅に持っていく食材や道具を調達する。その後、町の食堂で人々の声に耳を傾けた。
「おい聞いたか。近くの泉に魔女が引っ越してきたんだと。」
「ほんとか!?どうすんだよ、俺たちカエルにでもされちまうのか?」
「さぁな。この国でまだ魔法は禁止されてねぇし、早く規制されることを祈るだけだな。」
リュンヌは食事をしながら、その話を聞いていた。目線が私に向いている事が分かる。何か言いたげなようだ。リュンヌが食べながら話そうとしてこないことは、さらに大きな成長に感じる。しっかりと飲み込んでから話を始めた。
「ねぇ、魔女って悪い奴なの?」
「人次第だ。魔女だから悪いのではない。だが、その力に溺れる者は多い。」
「行ってみたい!!魔法のこと知りたい!」
「だめだ、危険すぎる。悪い魔女がすべてではないが、その魔女が良い魔女とも限らんだろう。」
「結局父さんだって悪い奴だって思ってるんじゃない!」
「何かあった時のことを話してるんだ。魔法と戦える自信があるのか?」
「私だって出来るもん!」
「調子に乗るな、影の一つも倒せないのに魔法に勝てるわけないだろう?」
はたから見れば親子喧嘩なのだろう。リュンヌの好奇心はあまりに強すぎる。知りたいからと言って気軽に会いに行ける相手ではない。だが、魔法について知る機会でもあるのかと少し考え直した。昔から暗殺者と魔法使いには深い因縁があるのだ。同じ闇の仕事人として人の命を奪ってきた歴史がある。しかし、魔法使いは人を助けてきた歴史も同じだけあるのだ。暗殺者に碌な奴はいないが、魔法使いはきっと違うのだろう。リュンヌの好奇心は一度向いたら他にぶれることはない。
「分かった、私の負けだ。魔法使いは特殊な薬を作れる。その薬は、少し欲しいからな。」
「やった!!」
店を出たあと、少し離れた場所に泉があることを知った。そこが、魔女が引っ越してきたという泉なのだろう。魔法の薬を作るためにきれいな水は不可欠だ。リュンヌは浮足立ってその道のりを歩いている。
「少しは落ち着いたらどうだ。」
「いやだ。これが好きなの!」
そうか、とこれ以上何か言うのを辞めた。なぜただ歩いているだけなのに、それほど楽しそうなのか理解できなかった。しばらく歩いていると確かに泉があった。その近くに人の気配も感じる。おそらく魔女なのだろう。リュンヌにも見えたのか歩みが少し落ち着いた。近づいて行くと魔女も我々に気が付いたのかこちらを振り返っているようだ。
「あら、怖いもの知らずなのね。それともただの隣人かしら?」
リュンヌの目に映った魔女は、黒髪で紫色の瞳をした背の高い女性だった。その手には長い杖を持ち、リュンヌを見下ろしている。その佇まいはただ者ではない雰囲気を醸し出していた。