理由はいらない
マスターは何も言わなかった。ただ家の中に受け入れ、温かい飲み物を出してくれた。エミルは奥で眠っているらしい。その日のうちに墓を掘った。暗翳の衣服から発見した手紙から彼の本当の名前を知ることが出来た。シルバー・ウォードという名前を石に彫り、その下に埋めた。
「暗翳は勝ったんだ。エミルを助け、治安維持部隊を壊滅させた。エミルと話すことはできなかったけど、彼の当初の目的は全部果たされてる。」
「そうだな。本当に残念だ。……君はこれからどうするつもりだ。」
「エミルの様態は……?」
「助かる見込みはほぼない。もって数日だろう。」
「そうか……。私は、暗翳の名を継ぐ。そして、全部壊してやる……。何もかも、あいつらに関わるもの全部。」
「恨みは、負の力だが原動力にはなる。君が仇討ちをするなら、ここは好きに使うといい。私は、この国に潜む暗殺者の情報を少なからず握っている。暗翳は同業者に殺された。ではすぐに私も死ぬことになるだろう。ならば、最後まで意地汚く生きてやるさ。」
「マスター……。ありがとう。でも、あなたは何者なんだ……。」
「世代を譲った、殺し屋だよ。私は暗翳に負けている。彼が依頼を遂行しなかった、たった一人の人間さ。」
マスターのその話は初めて聞くものだった。暗翳も何も話してはくれず、ずっと気になっていたが納得した。
「そうだったのか。……不思議じゃないな。」
「だからこそ、君にも力を尽くそう。二代目の暗翳。」
マスターと握手を交わし、暗翳から預かったままの剣を携え外へでた。あの二人の顔は覚えている。顔を変えている可能性もあるが、一度感じた気配を忘れることはない。これからは、私が暗翳だ。
そうして、まずは隊長のハイヴィルの足取りを追うことから始めた。だがやはり、隊長として有名なだけあってすぐに情報を掴むことができた。私はもう彼に関係する者を全て殺すことしか考えていなかった。彼の家族や親族、部下までも殺していく。血の繋がった家族が目の前で死んでいく様を見せられるのはどんな気持ちだろうか。隊長の護衛達も殺し、残りは隊長だけになった。なにか言っていたが、よく聞こえなかった。次はあの暗殺者を探し出す。だが、流石に裏社会の人間は探すのに手間取った。暗翳として仕事をしながら情報のツテを辿り、少しずつ近づいているような気がする。
あの暗殺者を探してしばらく月日が流れた。エミルは奇跡的に回復し、今はマスターを手伝っている。洗脳は解けたようだが、自我を取り戻しているわけではなく、常に虚ろを向いていた。シルバーや暗翳の名を出すと、静かに涙を流している。
ある日、仕事の依頼を受けた時に、偶然あの暗殺者の居場所を掴むことができた。仕事をすぐに片付け、その居場所へと向かった。そこは議事会の一室で彼も仕事で来ているらしい。議事会の荘厳な建物に辿り着くと、確かにあの時感じた気配がある。
「ここにいる……。」
建物へ侵入し、気配を追った。そして遂に、その影を掴み剣を振り下ろした。だが、一撃目は寸前でかわされてしまった。あの暗殺者がこちらを振り向き、不敵な笑顔を見せた。
「君のこと、ずっと見てたよ。」
惑わされず、攻撃を叩き込んでいく。男から目を離さず、隙を与えなかった。目の前の男に集中し過ぎたからか、もう一人の気配に気が付くのが遅れた。背後から炎の球が襲ってきたが、気付くことができた。
「魔女……。そういうことか。」
「その通り。」
「一瞬で消えたあの技、暗殺者の技術じゃないとは思ってたが……。まぁなんでもいい。どっちも殺してやる。」
私は、暗翳に止められていた技があった。それを使えば、大抵の相手は倒すことができる。だがその反動は大きく、自分自身にもダメージがあるのだ。魔女と長期戦に持ち込むのは悪手だ。ならば今こそ、使う時だろう。剣を構え、全ての意識をその一点に集中させる。そして自身を流れる熱量を爆発させ、その剣を暗殺者に振り下ろした。その勢いを殺すことなく後方へ飛び上がり、魔女も斬った。両者から距離を取りつつ、着地した。だがやはり、この技は多用出来ない。心臓が張り裂けそうなほど速く動き、頭もズキズキと痛む。なんとか立ち上がり、標的の生死を確認する。魔女はあの一撃で倒せたようだ。だが暗殺者はまだ生きていた。




