意地っ張り
やはりここのコーヒーは変わらず美味かった。給仕の女性がまたサービスだと言って焼き菓子を渡してきた。これはリュンヌが好きそうだ。そう思って、なんと愚かなことだと考え直した。リュンヌはもういない。そして私にはもう関係ない。
「やっぱり寂しいですか?」
「なぜだ。」
「見てたら分かりますよ。」
給仕の女性は仕事を終えたらしい。私の隣に座って良いか尋ねて許可を得る前にもう座っていた。話を聞いてやるぞと顔に書いてある。
「私リリー。あなたは?」
「名はない。」
「え?そうなの?じゃああの子にも?」
「あの子は、リュンヌという。」
「月の意味……、素敵ね。あなたがつけたの?」
「そうだ。名がないと不便だからな。」
「ウソ。名前って、その子にとって初めての贈り物なのよ。もし呼ぶだけなら、名前である必要はないわ。でもあなたは名前を付けたの。あの子にとっては、宝物だと思うよ。」
そういうものなのかと思ったが、彼女の言い分もある。あの子は言葉を話せるようになってから、確かに自分の名を嬉しそうに何度も口にしていた。そこから、何を思ったのか私はリリーに事の顛末を話してしまった。口は堅い方だったが、なぜか話してみたくなった。やはり、甘さが出てしまっている。だがリリーは最初から最後まで話しを聞いてくれた。
「あなたも正直ものね。口では言わないけど、リュンヌちゃんのこと、すっごく心配してる。」
「あいつが選んだ道だ。」
「でも不安なんでしょ?新しい家族のもとできちんとやっていけるか。」
「……。」
「ほら。なら、見に行ってみたらいいじゃない。もし幸せそうならそのまま見守ってあげればいいし、うまくいってなかったら取り返しちゃえばいいのよ。」
「簡単に言ってくれる。」
「でも、今行かないで後悔しない?」
その言葉に目が覚まされた気がする。すっと頭に靄がかかるのは好きではない。いつまでもリュンヌの事を考えてしまうなら、見に行けばいいのだ。簡単なことなのに、意地を張っていた。ただあの子が幸せに暮らしている事を確認できればいい。そうすれば、私もまた一人で旅に出られる。気が付くと席を立っていた。
「いってらっしゃい。また待ってるわ。」
「世話になった。また来る。」
男の叫び声が耳に響く。リュンヌは私の背に抱きついて震えている。どうやら来てよかったらしい。
「何してくれるんだ!!」
男が何やら騒いでいるがもう音の情報としてしかとらえていない。手を差し伸べると、リュンヌはその手を取った。
「帰るぞ。」
「うん。」
男はそれ以上追ってこなかった。リュンヌとゆっくり歩いて村を出る。リュンヌの上着は取られてしまって寒そうだった。上着を貸してやると、身体を小さくして温める。私は少し走ってここまで来たため私の身体は温まっていたから必要なかった。しばらく歩いて、やっとリュンヌは話をしてくれた。
「……私が間違ってた。ずっと、本当の家族に憧れてたけど……あの人は私の名前すら聞かなかった。本当に、いらない子だったみたい。私にとって、本当の父さんは、あなただった。やっと分かったよ。違う、本当はずっと分かってたはずなの。でもその世界にも憧れてしまった。全部やってみて、ちゃんと、正しい形で気が付けた。本当の帰る場所は、ここだった。娘って言ってくれたこと、すごく嬉しかったよ。気付かせてくれて、ありがとう。ひどい事言って、ごめんなさい。あの……また、父さんと一緒にいてもいい?」
「……好きにしろ。戻ったのもたまたまだ。忘れ物を届けに来ただけだからな。」
「そっか。でも、助けてくれてありがとう。」
新しい上着を買わなければならない。狙ったわけではないが、またあの街に行く事になりそうだ。そういえばリリーにまた来ると言ってしまったな。リュンヌは憑き物が落ちたようにすがすがしい表情をしていた。闇から抜け出せたようだ。それなら良かったと、どこか安心している自分がいるらしい。




