月は綺麗だったか
毎日投降を目指して頑張ります!
夜の森は危険だが、もうすぐ朝になる。そうすればあの者も帰るべき場所を知るだろう。明日にはこの傷も消えている。ただ少しの間耐えればよいだけだ。今まで漂ってきた時間に比べれば一瞬ですらない。少しだけ横になろうと身体を土に預けた。しばらく動かず、そのまま全ての情報を遮断する。そのまま休もうかと思っていたころ、地面が小さく振動し何かが近づいてくる気配を感じた。またあの小さな者だ。戻ってきたのかと痛む身体を起こし、傷を抑えた。小さな者の気配はゆっくりと地を踏みしめながら迫ってくる。やっとの思いで、私のもとにたどり着いたようだ。
「なぜ戻ってきた。」
小さな者は相変わらず返事をしない。小さな者は何も言わずに近づいてきた。次の瞬間、影に穿たれた傷が唸りをあげた。あまりに痛んだが、小さな者の手によって鎮められる。私の傷に水をかけ、布で拭ったようだ。傷は痛んでも、その手は優しく温かい。
「なぜ……。」
言葉を紡ごうとしたが、不可能だった。痛みもあるが、それが原因ではない。理解が出来なかった。
ふと気がつけば朝になっている。眠ってしまったのかと、驚いた。傷に触れるが、既に存在しなかった。小さな者もそばで眠っている。その身体を揺らすと、目を覚ました。何も言わないが、また私のもとに飛び込んでこようとする。
「私に構うな。」
小さな者の突撃を阻止し、立ち上がった。それでもまだ私の足に纏わりつこうとする。火を消し、小さな者を無視して先に進もうとした。小さな者はその後を追おうと、小走りでついてくる。来るなと言っても、その足を止める事は出来なかった。街に置いて行こうにも、きっといつまでもついてくるだろう。あの時この者を助けた自分を恨みそうだ。
「ついてきたいのか?」
小さな者は大きくうなずいているようだ。全てを諦め、連れていくことにした。これも何かの縁か、それとも罰か。私に子供を育てるような事は出来ない。ただ、連れるだけだ。
「私は冷酷で残忍な人間だ。遅ければ置いて行く。」
とてもはしゃいでいるようだ。小さな体で、嬉しいという感情を全力で表現しているように見える。私と共に行くことの何がそれほど嬉しいのか理解に苦しむ。だが、悪い気はしないな。
「小さな者よ、行くぞ。」
小さな者は元気よくついてくる。だがこのペースではすぐに疲れてしまうだろう。仕方ないと思い、少しだけ歩みを緩めた。次の目的地をどこにしようか考えたが、やはり一度大きな街に行くべきだろう。ここからでは少し遠いが、この小さな者の旅支度もしなければならない。今思えば、名がないというのは不便だな。
「君には本当に名がないのか?」
よく分からず、不思議そうな態度を取っている。おそらく、名はないのだろう。ならば、新しく名づけるべきか。
「私は、君が男なのか女なのかも分からん。そうだな……。リュンヌというのはどうだ。」
小さな者はその名が気に入ったのかまた嬉しそうにはしゃいでいる。その様子を見て安心する自分がいた。自分の中で何かが変わろうとしているのか。久しぶりに人になれた気がする。私の罪を忘れたわけではないが、少しだけ今この時を過ごしたい。
森を抜け、更に東へ進んだ。しばらく歩くと遠くの方に街の明かりが見えてくる。リュンヌはこの幼さで、よくついて来ていると思う。ひたすら街の方角へ歩いていると、リュンヌの腹の虫が大きく鳴り響いた。あまりに長い時間死ぬことが出来なかったせいで、食事のことなど忘れていた。腹をすかせたリュンヌに食べられる木の実や草、キノコ。更に動物の得方などを教える。まだナイフの扱い方は難しいようだ。キノコを刈り取ろうとして自分の手を切ってしまったらしい。リュンヌはポロポロと涙を流すが、声は出さなかった。簡単にその手の傷を拭い、布を巻いて止血してやる。木になった実を取って渡してやると、また全身で嬉しいという感情を表現してくる。リュンヌにだけ食べさせればいいと思っていたが、この者は私にまで食事を差し出してきた。久しぶりにものを口にした時は、人に戻れたように、生きているように感じた。私が殺めた者達も、その家族や友人も、もはや誰も生きていない。私が暗殺者だったことなど、誰も知らない。それでも、私が死ねない限り、この重さを抱える限り、忘れられることはないのだ。
「もうすぐ街に着く。そうすればもう少しマシな食事が出来るだろう。」
「ン……あ。」
リュンヌは声を発した。言葉ではなくても、その振動は確かに受け取った。出会ってから初めてだった。
「君は、声が出せたのか。」
「ぬあ!」
出会った頃はただの一言も話せなかった者が、旅をして声を発する事を覚えた。幼い者の成長の速さには本当に驚かされる。
「話せない訳ではなかったのか。それなら良かった。自分の名前を言えるか?」
「う……あ?」
流石にまだ意味のある言葉は言えないようだ。リュンヌの頭を撫でると、また嬉しそうに意味の無い言葉を発する。私は、なぜそのような行動に出たのか分からない。だが、この子を愛おしく感じてしまったのは事実だ。
「少しずつ、言葉を覚えていこう。君が正しく人生を歩むことが出来るように、私も力を貸そう。」
この腐った生に、意味などない。生まれた時からその瞳に光はなかった。真っ暗な闇の中で人を殺め、傷付けてきた人生だった自分の世界に、優しい明かりが灯ったように思えた。死ぬことはできない。ならその永遠の中に、たった一度くらい誰かを護る道があっても良いではないか。生まれて初めて、そう思えた。
カクヨムでは1万文字で完結させなければいけなかったので、沢山削った箇所があるのですが、こちらでは全部書きたいと思います!