帰るべき場所
リュンヌの寝息を聞くとなぜか自分自身も安心した。なぜかは分からないが、これも親心というものなのだろうか。出会った時に比べればとても大きくなっているが、それでもまだずっと幼い子供だ。
そもそもなぜリュンヌはあそこにみすぼらしい恰好で一人で倒れていたのか、私に縋りついて来たのか。盲目の男が得体のしれない何かに追われていれば普通逃げるだろう。リュンヌは歩くことができる程には成長していた。親ではないとしたら誰かに育てられていたのか。今更抱いた疑問が脳内を埋め尽くした。だが、あの時拾ったことには何も後悔はない。それに、リュンヌとの旅は今まででは考えられないものだ。永い生のほんの一瞬の出来事になるだろう。だが、それでよいのだ。この子は正しく生き、いずれ正しく死ぬ。そのために、やれることはしてやりたい。そう思うのも、おかしな話だな。
「おやすみ。」
リュンヌとは反対側に設置されたベッドに腰かけた。久しぶりに眠ってみるのもいいかもしれないと気を緩めるが、それでも眠りにつくことは出来なかった。この身体になってからというもの、すっかり眠ることは出来ないのだ。意識を失う事はあるが、それもあくまで一時的なものだ。こういう小さな変化でも、自分が人間ではない、生き物ではないと再認識させられる。
受け入れた事実だと、そう思っていたがこうして目の前で正しく生きるものを目の当たりにすれば、考えも変わってくるのかもしれない。落ち着かなくなり、宿の外へ出た。宿の中に居ればリュンヌは大丈夫だろう。外は雨が降っていたが関係ない。雨に打たれながら、町を出た。雨が冷たく、服はずっしりと重くなってきた。ただ外を歩きたかっただけだが、意味もなく雨の中歩くのは悪くない。おかしなことをしたがるのは、人間らしい。
暗い夜を意味もなく一人で歩くこの時間はリュンヌと出会う前を思い出した。だが、その時とはある意味で同じだが、異なるものだった。出会う前はそれ以外に選択肢などなかった、だが今は自ら選んで一人になっている。それは大きな違いだろう。いつでも、戻ることができる。リュンヌの笑顔のもとに、それが今私を動かす大きな力だ。本当の親ではない、血も繋がっていない、ただの他人のはずだったものをここまで愛おしく思えるのも、人間だからだろうか。それゆえに友が出来るのだろうか。それゆえに、誰かを愛することができるのだろうか。私にも、そんな相手がいたら……。私の名を呼んでくれる者がたった一人でもいたら、この呪いにかかることもなかったのだろうか。
あぁ嫌な夜だ。今更私には名前などつかない。そんな相手もいない。考えるだけ無駄だ。だが今の私には父という役割がある。これも一つの繋がりというものなのだろう。それで、十分じゃないか。私には、贅沢すぎるものだ。久しぶりにじっくりと考えることができた。ふと空を見上げてみると月の温かみを感じる。雨は止んだらしい。
「帰るか、明かりのもとへ。」
帰路へ着くことに決めた。さっきまでは気配すら感じなかった影が湧いてきた。だが、その影すら清々しい。一体残らず消し去り、町へ戻った。町の酒場はまだ活気があるようだ。びしょ濡れの服ではさすがに迷惑だろうと一本の麦酒をもらい、宿に持ち帰った。部屋ではぐっすりリュンヌが眠っている。濡れた服を干し、再びベッドに腰かける。麦酒を傾けながら、朝が来るのを待った。




