本当の想い
魔女の手に渡った石は、僅かにあの洞窟にあった石のような力を感じる。事実、その石は虹色に輝いていたらしい。魔女は石を月明かりに照らして眺めている。
「うん、上手くいったみたいね。」
「どういうことだ。」
「あなたは一度死にかけた。だけど、この石の力によって助かったの。その時石からは全ての力が消え去りただの器になった。だから、洞窟の奥深くにある石の力がこの石に宿ったのよ。」
魔女は何もかも知っていたかのように話す。
「全部、分かっていたのか?リュンヌが危険なめに遭うと分かっていたのか?リュンヌを、利用したのか!?」
「やだ、分かっちゃった?」
腹の底が搾り取られるような怒りに震える。気がついた時には魔女に剣を抜いていた。それでも魔女は余裕の表情でじっと見つめている。
「そんなこと出来ないのに、無理してはダメ。さぁ、約束を果たしましょう。」
魔女は両手を上げて空を仰いだ。気がついた時には、魔女も黒猫も消えていた。
「ハルさん……、凄い……。」
「お前は魔女に利用されたんだぞ。だがこれで、魔女がどういう生き物か分かったな。もう関わることはないぞ。」
「ねぇ父さん、そこなにか落ちてるよ。」
リュンヌが拾ったのは小さな貝殻だった。山に囲まれたこの地で貝殻がたまたま落ちていることはない。リュンヌに渡され、調べてみると貝殻の中には薬が入っていた。中には文字も書かれているらしい。インクと貝殻の材質の差から文字を読み取った。
『本当に先が見えない時、一度だけ使うと良い』
「約束は守る魔女だったようだ。」
「なんて書いてあるの?」
リュンヌに魔女からのメッセージを伝えると、またなぜか嬉しそうにしている。その時、自分の指に激痛が走った。貝殻を開けるとき、わずかに薬に触れてしまったのだ。全身が燃え上がるように熱い、息ができないほど胸が苦しかった。リュンヌが私の身を案じて駆け寄ってくる。だが、苦しみはすぐに収まった。そしてリュンヌは驚いて言った。
「父さんの怪我、全部無くなってるよ。」
確かに、多少の傷はあったはずだが全く消えている。何もしなくて翌日には消えているが、この一瞬で怪我が全て消えたのには驚いた。それがハルという魔女が作るこの薬の効果なのだろう。
「もう痛くない?」
「あぁ、もう大丈夫だ。心配かけたな。これは危険だ。本当に身の危険が迫っているとき以外、絶対に開けてはいけない。これは私が預かっておこう。」
胸のポケットに貝殻をしまおうとしたが、その手はリュンヌに止められた。
「私に持たせて!!絶対触らないから!その貝殻、凄くきれいだし、お守りにしたいの。」
「こんなに危ない薬をお守りにするのは危険だ。もし間違って触れたら本当に苦しむことになるんだぞ。これは私が持つ。」
いやだいやだとリュンヌに駄々をこねられたが、さすがにこれは持たせることは出来ない。よほどこの貝殻が気に入ったのだろう。ならば、もう少し大きくなってからならば構わないと考えた。
「分かった、ならこうしよう。お前が一人で影に勝てる程強くなったら、この貝殻もお前に預ける。」
リュンヌはその条件を受け入れたのか、大人しくなった。
「分かったよ、でも私すぐ出来るようになるから!!」
「そうか、ならその日を楽しみにしておこう。」
少し顔が緩んでしまった。やはり、子供の成長は嬉しいものだろう。リュンヌと共に街へ帰ることにした。帰り路に通った泉の隣に、魔女の家は無くなっていた。その光景にまたリュンヌは目を輝かせる。何にでも興味を抱き、それを偏見なく受け入れることができるのはきっと良い事だろう。多少影に襲われたが、無事街に着くことができた。宿を取った後、すぐにリュンヌは眠ってしまった。ランタンの明かりを消して、毛布を掛けてやるとリュンヌの寝息が聞こえてくる。




