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7話 棘の龍一②




 朝は無色透明。


 2年3組の教室は、龍一という異分子(いぶんし)を抱えながらもそれなりに楽し気な空気で満ちていた。

 どんなに恐ろしい弾薬庫が教室内にあろうとも、火種をくべなければいいだけで、「触らぬ神に(たた)りなし」とはよくいったものだ。

 もっとも、この教室にいるのは「神」ではなく凶悪な「鬼」なのだが。


 そんな空間に新たな異分子が乱入する。

 その異分子は、つかつかと龍一の元へやって来たかと思うと、龍一の机を強く叩く。龍一がぱっと顔を上げると、そこには見覚えのないイケメンが此方を睨みつけていた。


「あんたが『棘の龍一』だな! おい、椎名さんを解放しろっ!!」

「……解放?」


 龍一は目の前のイケメンが何を言っているのかよく分からなかった。

 彼の言う「椎名」とは、十中八九、最近よく弁当を一緒に食べている椎名こころという女子のことだろう。しかし、「解放しろ」とはどういう事だろうか。


 身に覚えのない言いがかりに、龍一が疑問符(ぎもんふ)を頭の上に浮かべていると、眼前のイケメンはキッと目を吊り上げる。


「そうだ! 知っているぞ、あんたが椎名さんを手籠めにしていると。何か弱みでも握っているんだろ!」


 イケメンは龍一を指さしてそう言い放つ。

 さっきまで、一切龍一に触れようとしなかったクラスメイト達は、打って変わってひそひそと声を漏らし始めた。


「え、なになに?」

「『棘の龍一』が新入生の弱みを握って手籠(てご)めにしてるってさ」

「うそだろ? じゃあ、あの子供を誘拐しようとしたってのも本当かな」

「え、何それ、ヤバくない?」


 龍一はそれらの声を聞きつつ、少し気を落とす。

 子供を誘拐しようとしたという噂話は、最近龍一の悪評に加わったものの一つだ。

 勿論、ありもしないデマなのだが、それが人助けによって発生したものである分、龍一の心は荒く揺れ動かされる。


 本来はホームであるはずの場所なのに、外野の声に龍一は苦々しい表情を浮かべ、目の前のイケメンは物語の勇者の様に、そんな龍一を追い詰める。


 今までだって散々言われてきたような事なのに、何故か今日だけは気を強く持てなかった。

 おそらく、人との、椎名こころという女子との繋がりによって自分は弱くなってしまったようだと、龍一は小さくため息をつく。


 そんな時、アウェイの外野から声がかかる。


「おい、お前一年か? 花田くんがそんなことするわけないだろ?」

「須郷……」


 エナメルのバッグを左肩に下げた坊主頭の男子生徒は、自分の事の様に激高(げっこう)し目の前のイケメンに詰め寄る。

 彼とは、たった一度だけしかまともに話していないのに、どうして自分を庇ってくれるのか、龍一には分からなかった。


 須郷の傍らに立っていた、少しチャラそうな友人Aこと、佐藤は教室に乱入してきた異分子をあきれ顔で見つめながら歩いて来る。


「進藤、お前何やってんだよ」

「――あ、佐藤先輩」


 イケメンは、佐藤に対して小さく頭を下げる。

 どうやら部活か何かの後輩のようで、進藤と呼ばれたイケメンは佐藤に対しては敬意を払う。しかし、言われたことの本質は理解していないようで、相変わらずの忌々(いまいま)し気な視線で龍一を一瞥する。


「この人が、俺のクラスメイトを脅迫してるから、彼女を解放するように言いに来ただけですよ」


 脅迫。

 流石の龍一も、我慢ならなかった。

 自分は脅迫なんてしていないし、断じて彼女を貶めようなどとは考えていない。自分の全てをもって、その事実だけは伝えたかった。しかし、龍一がどんなに言葉を尽くしても、目の前のイケメンには伝わらないだろう。


 龍一は苦々しい視線を自分の机に向ける。しかし、事は思わぬ方向へと動いていく。


「あのな、それって本人に話を聞いたのか?」


 そう口にしたのは、龍一が心の中で「チャラ男」と読んでいていた佐藤だった。佐藤の、似合わない真剣な表情に進藤と呼ばれていたイケメンは一瞬戸惑いの表情を浮かべる。


「……聞きましたよ! でも、椎名さんは『あなたには関係ないです。放っておいてください』って、この悪魔に口止めされてるんですよ!」

「おい、お前!」


 須郷が怒って進藤の方へ歩きかける。しかし、その肩を佐藤が抑えて止める。佐藤の顔には真剣を通り越して、冷徹で冷ややかな表情が浮かんでいた。


「……進藤、お前帰れ。そんな根拠のない事で人の事を攻め立てるなんて、馬鹿じゃないのか?」


 佐藤の言葉は何も飾らない真っすぐなものだった。

 普段の、龍一が知る彼はいつも言葉を着飾って、楽しそうに笑っていた。しかし、今の表情や言葉は普段のそれとは一線を画し、ただ事実を相手に突き付ける、非常に冷酷なものだった。


 本来は仲間であるはずの先輩から飛んで来た叱責(しっせき)に一瞬たじろぐ進藤だったが、行き場を失った怒りは屈折した笑みに変わる。


「――はっ、先輩だって知ってるでしょ、この人の悪行のかぎりを」

「じゃあ、お前は花田がその悪行をしている所を見たことあるのか?」

「……それは、無いですけど」


 進藤の力ない声に、最早返答などない。周りを見渡しても、どちらが優勢なのかは火を見るよりも明らかで、さっきまでの龍一を攻撃するような視線は鳴りを潜めていた。


 教室内の空気を感じ取ったのか、進藤は再度忌々し気な視線で龍一を一瞥する。


「……ちっ、それでも椎名さんからは手を引いてください。その方が、彼女のためになりますから」


 そう言って進藤が教室を去ると、無音の世界が広がった。まさに台風一過というやつだ。


「え、結局言いがかりだったの?」

「なんだよ、『棘の龍一』伝説がまた増えると思ったのによー」


 あれほど興味津々だったクラスメイト達も、興味を失ったように各々の会話に戻っていく。龍一は、自分を庇ってくれた二人を見つめる。


「須郷、それに佐藤も。ありがとな」


 龍一の、素直な感謝の言葉に、佐藤は大きく目を見開く。


「……やっぱり、須郷の言った通り花田っていいヤツなんだな」

「だろ? 花田くんは俺の友達だもんな!」


 須郷の眩しい笑顔は、一切の曇りのない青空そのものだった。龍一は、初めて自分の事を受け入れてもらえたような気がして、痒くもない頬に指が動いた。







「――だから、やめた方がいいって! 暴走族の父親がいるんだぜ?」


 1年1組の教室では、楽しそうとは口が裂けても言えないような状況が渦巻いていた。

 その渦は、徐々に周囲を飲み込んでいき、ヒートアップした男子生徒が声を荒げている。


 冷めた目で見る2人の女子と、可愛らしい顔に影を落としている女子を前に、顔の整った男子生徒は熱弁する。


「俺の母さんが花田龍一の父親と同級生でさ、暴走族だったって言ってたし。あいつだって、絶対ヤバいヤツなんだよ」

「――あのさ、何が言いたくて私たちの時間を無駄にしてるわけ?」


 まだ何か言いたげな男子生徒の言葉を、詩乃の冷たい怒気を孕んだ声が遮る。

 それは、相手をなだめる意図で発せられた言葉であるにも関わらず、頭に血が上っている彼にはそれが正しく伝わっていないらしく、更にヒートアップさせる。


「だから、椎名さんを救うためだって言ってるだろ? さっき、あいつにも言ってきたけど、絶対に椎名さんの為にならないよ。だから――」

「――花田先輩に、何を言ったんですか?」


 これまで、黙っていた椎名は元々大きな目を更に見開く。

 目の前の、進藤というクラスメイトの放った一節が、椎名の溜まっていた(せき)を打ち壊してしまった。


「だから、椎名さんを解放しろって」

「――貴方に、貴方なんかに何が分かるんですか! 先輩はそんな人じゃありません!」


 ヒートアップした進藤でも分かるほどの、強烈な怒気が可愛らしい女の子から発せられる。

 キッと吊り上がった眉に潤んだ瞳。進藤は、怯んで何も言えなかった。


「だっさ」

「え?」


 小さな声が進藤の耳に届く。しかし、瞬時にその言葉の意味を理解できなかった。


 長い黒髪を(いじ)っていて、話には一切口を出さなかった無口な女子は、怯んで何も言えない進藤に軽蔑(けいべつ)のまなざしを向ける。


「だから、ダサいって言ってるの。人を貶めることでしか自分をアピールできないのが、本当にみじめ。進藤だっけ? そんな事に時間使う暇があったら、お得意のサッカーでも頑張りなよ。そっちの方が建設的な時間の使い方でしょ」

「お、美穂いいこと言う!」


 3人の女子は、三者三様の表情を浮かべてはいるが、その根底にある感情は同じで、それは進藤への明確な「拒絶」だった。


 進藤は苦々しい表情を浮かべながらその場を去る。


「……なんだよ。何でみんなあいつの味方なんだよ!」


 そんな卑屈な叫びが、人の少ない廊下で溢れる。

 行き場のない怒りと、解消することのできない胸の痛みを感じていた。

 それは、望むものが手に入らない子供のようだったが、子供と違ってその感情をなだめてくれる存在など校内にあるはずもなく、ただその屈折した感情だけは消えることなく彼の心を蝕んでいった。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


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また、感想などもお待ちしています<(_ _)>

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