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34話 芽吹き②




 少し物静かな喫茶店で、女子高生2人と落ち着かない長身の男性が向かい合っていた。

 少し冷めたコーヒーで少しずつ喉を潤しながら、龍一は目の前に座る大人しめの女子に事情を説明する。


 須郷の下駄箱が、龍一の下駄箱の真下にあること。彼女のラブレターは須郷ではなく龍一に読まれたこと。そして、そのために須郷がその場に現れなかったこと。


 龍一から一通りの説明を受けた近藤若葉は、顔を真っ赤にして俯いている。

 自分の天然さへの恥ずかしさもあるだろうが、それよりも今までの「傷心」のありかに戸惑っているようだった。


「――そんな、私のラブレター、届いて……」


 彼女の小さな呟きに、椎名がすかさずフォローを入れる。


「大丈夫です! 届いていないという事は、まだまだチャンスがあるってことです!」

「そうだな。その通りだ!」


 良いチャンスだと、龍一もその流れに乗っかる。すると、さっきまで俯いていた若葉はゆっくりと顔を上げる。そして、小さく頷いて二人の言葉を咀嚼し始めた。


「……確かに。確かにそうですね!」


 一気に表情を綻ばせる若葉を見て、椎名と龍一はほっと一安心する。


「須郷先輩って付き合っている人、居ませんでしたよね?」


 椎名の問いかけに、龍一は少し考え込む。


 正直に言うと、恋愛話は佐藤のことくらいしか知らなかった。

 須郷も佐藤の話を楽しそうに聞いているだけで、彼女が居るのかやそもそもどんな女子が好みなのかすら話したことがなかった。


「……悪い、須郷のそういう話は聞いたことがないんだ。ただ、多分付き合っている奴はいないんじゃないか」

「そう、ですか」


 どちらとも分からない回答に、若葉は微妙な表情を浮かべていた。






 

 朝の教室で、龍一はずっと一人の男子生徒を観察していた。


 須郷孝也は、交友関係が広い。

 最近は龍一と佐藤の3人で行動していることが多いのだが、それでも色々な人と話しているのをよく見る。

 お調子者な性格と、それでいて周囲を気遣える人となりが、人を惹きつける所以なのだろう。


「花田ぁ、おはようー!」

「……おぅ」


 朝からハイテンションな佐藤に対して、龍一は須郷への視線をそらさずに適当な挨拶を返す。

 すると、佐藤は小さく首を傾けて龍一の肩を叩く。


「どしたの? 須郷の方ばっか見て」


 バレないように見ていた龍一だったが、はたから見れば不審極まりない動きだった。相手が須郷だからよかったものの、他のクラスメイトならば、何か機嫌を損ねてしまったのではないかとビクビクし始める所だ。

 

 龍一は佐藤の顔をまじまじと見る。

 佐藤は須郷と仲がいい。一緒に過ごした時間も龍一より長いはずだ。


「――実はな」


 龍一は昨日の出来事をかいつまんで話しだす。

 ラブレター騒動に始まり、一年生の近藤若葉が須郷のことを好いているという事実も。


 一通りの説明を終えると、佐藤は大きく目を見開く。


「――まじ!?」


 思いのほか大きな声で、他のクラスメイトと話していた須郷の視線が龍一たちの方へ向く。

 話題の矛先だったため、二人の視線は自然と須郷の方へと向かっていたこともあり、須郷は少し怪訝な表情を浮かべながら、二人の方へと歩いて来る。


「え、なになに? 何の話してんの?」


 ――どうしたらいい。


 龍一は頭をフル回転させて「言い訳」を考える。しかし、素直で嘘の余りつけない龍一から、都合のいい「言い訳」が出てくるはずもなく、場には一瞬の沈黙が発生した。


 その沈黙を破ったのは、佐藤だった。


「いや、今日は、国語の漢字テストがあるってのを花田から聞いてさ! な、そうだよな!」

「あぁ、その通りだ!」


 龍一は便乗する。

 ちゃんと笑えているかは微妙だったが、顔にはちゃんと笑顔が浮かんでいた。


 須郷は少し目を細めて龍一たちの方を見ていたが、すぐに何かを思い出したように表情を変化させる。


「ふーん。あ、そういえばこれ見てほしいんだー」


 そう言って、須郷は一旦自分の席に戻り、四角い布を持って帰ってくる。


「じゃじゃーん!」


 少し横長の白い四角形の布には、大きく「6」の文字があった。


「すげぇー! え、一桁番号じゃんか!」

「へへー。レギュラー取っちゃった!」


 佐藤の賞賛に、須郷は照れ臭そうに頬を掻く。

 まだ2年生の夏なのに、それも背番号6ということは、ショートのレギュラーを奪い取ったということだ。


 ショートは守備範囲が広く、様々なプレーに関与するポジションなので、守備の上手い選手が配置されることの多いポジションであり、そのポジションを得たということは、須郷の能力を高く評価しているということになる。


 龍一も「あめでとう」と称賛を送った。

 

 すると、佐藤が小さく咳ばらいをする。


「……実はな、俺もレギュラー当確だって監督に言われたところなんだぜ!」


 佐藤の報告に、龍一と須郷は「おぉー!」と声を上げ、拍手を送る。佐藤は「ありがとう、ありがとう」と選挙に当選した議員のように、手を上げて反応する。


 龍一にとって、二人の活躍は喜ばしいことだった。ただ、その反面で自分のことにも目が行ってしまう。


「二人とも凄いな……」


 龍一の小さな呟きに、二人は一瞬顔を見合わせた後、龍一の方に笑顔を向ける。


「花田も、何か部活に入ったらいいんじゃないか?」

「そうだな。俺的にはバスケしてる花田くんが一番カッコイイと思うけど、この時期から運動部に入るのは難しそうだし。文化部でも、部活動に入るのはいいかもね!」

「部活動か……」


 考えたことは、なくはない。

 ただ、自分が入ることで人間関係が壊れてしまうのが怖かったのだ。しかし、友人二人に勧められると不思議に考えさせられる。


 すると、教室内に予鈴が響き渡る。


「じゃ、そろそろ席戻るわ!」

「おう」


 龍一は小さく手を上げて反応する。

 部活動については、ちょっとだけ考えてみよう。


 朝の学活では、今日締め切りの進路希望書を出さないといけなかったはずなので、龍一は自分のバッグからプリントの入ったファイルを取り出そうとする。


 そして、そこで気が付いた。


「……あ、観察できてない」


 バッと須郷の方を見ると、龍一同様にバッグからファイルを取り出そうとしている姿がある。机の上には、さっき嬉しそうに見せてくれた背番号が綺麗に置かれてあった。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


次回は少し目線を変えようかなって思ってます。

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