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32話 恋の花、乱れ咲き




「――悠里? ちゃんと聞いてんのぉ?」

「え? あ、ごめん。何の話だったっけ……」


 笹岡の険しい表情に、三浦悠里は困ったように笑う。


 外は雨が降っていて、少し暗い空模様が広がっている。

 三浦、笹岡、北村の三人は、放課後の教室で駄弁っていたわけだが、三浦の心はここにはなかった。


「なんか最近、元気ないねー」

「そう、かな?」


 北村に核心をつかれて一瞬口どもる三浦を見て、二人は互いに顔を見合わせて頷く。


「うん。中間テストの後くらいからかな、よくぼーっとしてるよ」

「あー、確かにー。それくらいからボケッとしてるかも!」


 北村の言葉に笹岡が同調する。

 やはり仲がいい友人だ。「中間テストの後」という言葉に、三浦はあの日見た光景が脳裏に浮かぶ。


 最近、仲良くなった「花田龍一」に、三浦悠里は好意を抱いていた。

 しかし、それがどういう感情なのかは三浦にさえも分からなかった。

 ただ、バスケをしている彼がカッコよく、勉強ができる彼が頼もしかった。見た目に反して優しく、純粋な心が彼女には魅力的に映ったのだ。


 しかし、それが友達へ対する「好意」なのか、それとも……。


「さては、恋か? ――あ、絶対そうだ!」

「――ち、ちがうよ!」

「もう、むきになっちゃってぇー」


 表情の変化を見て何か確信したのか、笹岡は快活に笑う。


 三浦悠里はよくモテる。

 同級生にも、先輩にも、そして入学してまだ日の浅い下級生にも既に何人かから告白されていた。にもかかわらず、三浦の浮いた話を一度も聞いたことがなかった笹岡や北村からすると、彼女との「恋バナ」は待ちに待った状況だった。


「――で、相手は?」


 北村も笹岡の作り出した空気に乗っかる。

 もう、彼女たちの中で三浦が恋をしているという事は決定事項となっているようで、彼女が何と言っても取り合ってくれない状況が出来上がっていた。


 実際、恋とは分からないまでも、行為を抱いているのは事実なのだが。


 三浦悠里は少しためらいながらも、ゆっくりと口を開く。

 

「恋じゃないと思うけど。たぶん……花田くん」

「――え!?」


 鳩が豆鉄砲を食らったかのように、二人は目をまん丸にして驚く。想像だにしていない名前が三浦の口から出てきたことで、思考が一旦停止したのだ。


 しかし、そう言われると最近の彼女の行動に合点がいく。


「あー、それで勉強会に……」


 北村の呟きに、三浦は小さく頷く。

 しかし、彼女が最近おかしいのには別の理由があった。


「でも、花田くん彼女居るみたいだし……」

「え、それ初耳!」


 恋バナ好きの笹岡は身を乗り出して反応する。ただ、三浦も確証があるわけでは無く、「たぶん」とだけしか答えない。


「……確かめてみるか」


 笹岡は、そう言ってポケットからスマホを取り出すと、慣れた手つきで画面を操作する。


「――あ、佐藤? ちょっと聞きたいことがあるんだけどー」

「ちょっ、何やってるの!?」

「いいから、私に任せときなって!」


 快活に笑って親指を立てる笹岡を見て、三浦は少し嫌な予感がした。

 しかし、こうなった彼女を止めることは出来ない事も知っている。恋バナ好きの笹岡は、この手の話は気が済むまで調べつくす質なのだ。


「あー、ごめんごめん。ちょっと聞きたいことがあってさー、花田くんって彼女いるの?」

「――うわ、直球!」


 静観していた北村も、流石のド直球な質問に声を上げる。三浦に至っては、顔を真っ赤にさせて忌々し気に彼女を見ていた。


 少しの言葉のやり取りを終え、笹岡の目が一瞬細くなる。


「――あ、そうなんだ。ありがとねー」


 電話口から「おい、ちょっと!」という佐藤の声が聞こえたが、笹岡はお構いなしに電話を切った。そして、満面の笑みを浮かべて二人の方を見る。


「花田くん…………彼女いないって! 

 下級生の女の子と仲いいみたいだけど、まだ彼女じゃないみたい」


 少し間を作りながら、笹岡はそんな情報を場にもたらす。三浦の嫌な予感は杞憂だったようで、思ったよりも事は穏便に済んだ。それに……。


「……そうなんだ。まだ彼女じゃないんだ」


 三浦にとっては、その情報の方が重要だった。思わず口に出した安堵の言葉に気が付き、バッと自分の口を両手で塞ぐ。しかし、既に漏れ出てしまった本音を引き戻すことは出来ようもなく、チラッと目だけで友人たちの方を見ると、ニヤニヤと笑う顔が見えた。


 その顔を見て、既に真っ赤なになっている顔色が限界突破して赤みを増す。


「――違うよ? まだ恋だって決まってないから!」


 空虚な教室に、彼女たちの笑い声が響き渡る。


 そして一人の女子高生は、自分の胸の中に秘めた想いが「恋」なのだと知った。







 プー、プーっという耳障りな電子音が鳴るスマホの画面を見ながら、佐藤翔は首を傾ける。


「――なんだよ、一方的に切りやがって」

「どうしたんですか?」


 部室で難しい顔をしている先輩を見て、進藤は不思議そうにそう尋ねる。龍一との一件を経て、進藤は改心し、今では真面目な好青年になっていた。


 龍一が許したという事で、佐藤も進藤に対しての蟠りを清算し、今では割と親しい関係を築いていた。


「……いや、何かクラスの女子が『花田くんって彼女いるの?』って聞いて来てさ。いないって答えたら切られた」

「あー、花田先輩ってモテそうですもんね」

「……笹岡、花田のこと好きなのか?」

「どうですかね。もしかしたら、その笹岡先輩の友達が花田先輩を好きって可能性もありますね。

 ……っと、そろそろ行かないと監督来ちゃいますよ!」

「あぁ、そうだな」


 外はあいにくの雨で、今日の練習は室内での筋トレだ。

 体育館シューズを片手に走っていく後輩の背中を追いながら、佐藤はさっきの言葉を思い出していた。


「――笹岡の友達、か」


 佐藤の中に、言い知れないモヤモヤとした感情が生まれる。それは、体育館への道すがら三人の女子の集団を見てしまったからかもしれない。






 黒髪で赤ぶち眼鏡をかけた女子は、たった一人で教室の窓から一人の男子を見ていた。


 体育館前の少し開けた場所では、野球部が素振りをしていた。雨の日はグラウンドが使えないので、こうしてコンクリートの場所で素振りをしているのだ。


 彼女はその事を知っていた。だから、一人で教室に残って窓際の席に座ているのだ。


「……今日もカッコイイなぁー」


 男子にしては背の低い高校球児を見て、彼女は小さく呟きながらペンを走らせる。

 

 スケッチブックはもうそろそろ埋まり切る。少し前に戻ると、彼がノックを受けているシーンが描かれていた。彼女の中ではこの場面が一番好きだった。


 スケッチブックに溢れる「好き」を胸にしまい込みながら、必死に彼を目で追う。


 一挙手一投足を見逃さないように。そして、自分の「好き」が溢れ出ないように。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


今回は少しテイストの違うお話をお届けしました。

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[良い点] こんにちは。 三角関係というか、四角関係ですかね。明確に始まりそうな予感にワクワクしています。私はこころちゃんが好きなので、頑張って欲しいのですが……。 でも、誰かと誰かが結ばれると、結…
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