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31話 雨の日③




「――ぶっちゃけ、こころってどこまで行ったのかな?」


 とあるファーストフード店で、短髪の女子高生はポテトをつまみながらそう言う。一緒にやってきていた親友の美穂は、吸いかけていたストローから口を離し、小さく首を傾げる。


「……何でそんなこと、うちに聞くの?」

「だってさー、こころって純粋じゃん? でもさー、完全に『棘の龍一』に惚れてるじゃん。向こうがどうかは分からないけど、こころに迫られたら絶対に落ちると思うんだよねー」

「……まぁ、そうかもね」


 詩乃の言葉に、美穂も頷く。

 確かに、こうやって毎日のように一緒に帰っていて、何も起こらないという方が不自然だった。

 龍一が椎名の事をどう思っているのかは、美穂たちにも分からないわけだが、少なくても椎名が龍一をどう思っているのか分かる。


 そして、椎名は純粋でとても可愛い。

 性格も良く、彼女が迫って落ちない男は早々いないだろう。


「今日とか、相合傘の話したじゃん? あれから意識して、本当に相合傘して帰ったとか無いかな?」


 楽しそうな詩乃の言葉に、美穂は一瞬間を作る。


 あり得ない話ではない。

 しかし、椎名が言うには朝の時点で黒い大きな傘を持っていたという話なので、椎名が忘れたと言わない限りは、相合傘をするという状態にはならないだろう。


「……ないでしょ」

「まぁ、そっかー!」


 二人はそう結論付けた。しかし現状はもっと進んでいて……。







「――みいちゃん、しいちゃん。どうしよう……」


 温かいシャワーを浴びながら、椎名はそう呟く。いつもとは違うシャンプーの匂いが椎名の鼻腔をくすぐり、今自分が居る場所を嫌でも意識せずにはいられなかった。


 椎名も、最初は制服を着替えてお暇するつもりだったが、流石に冷えるという事でシャワーを借りたのだ。


 椎名は急いで体についた泡を洗い流し、すぐに浴室を出る。すると、脱衣所には大きめのバスタオルと着替えが置かれてあった。


 中学の体操服のようで、左胸のところに「花田」という文字があった。

 

「あの、シャワーありがとうございました……」


 少し赤い肌にしっとりとした髪。湯上り姿の美少女は、少し大きな男物の体操服を身にまとっていた。

 龍一は、一瞬言葉を失った。しかし、すぐに消えかけた理性を働かせる。


「……やっぱりデカいな。一応、中学の時のを出したんだが……」


 着れないほどではないが、やはり気になる。ただ、小学生の時の物はもう処分してしまい、もう家にはないため、それで我慢してもらうしかない。


 龍一は思い出したように立ち上がると、用意していたマグカップに古いポットに作っておいたお茶を注いでいく。そして、両手にカップを持って、片方を椎名の方に差し出した。


「……ほら、コレ。お茶入れたから」


 少し恥ずかしそうにマグカップを差し出す龍一に、椎名は小さな声で「ありがとうございます」と伝えながらそれを受け取る。マグカップには温かいお茶が入れられており、椎名の手にその熱が伝わる。


「……温かい」


 飲んでみると、熱すぎない温度に調整されており、体中が温まっていくのが分かる。


 アパートの窓からは未だに雨が降っているのが分かる。それも、さっきより雨足が強くなっている気すらする。


「外、雨が強くなってきたな」

「そうですね。確か、夜には雨が上がるって朝のニュースで見た気がします」


 夕方が一番強く降るらしいが、19時や20時には雨が上がっている予報だった。

 龍一は椎名の言葉に耳を傾けながら、チラッと壁にかかった時計を見る。


 時間は17時ちょっと前。いつもなら、もう少ししたら晩御飯を作りだす時間だ。

 そう言えば……。


「――晩御飯、食っていくか?」

「え?」


 まさかの内容に、椎名は大きく目を見開く。


「いや、この間佐藤たちと勉強会したって話をした時に、そんなこと言ってたから……」


 言いながら、龍一は自分の背中を冷たい汗が流れていくのを感じる。


 よく考えると、色々と問題のある発言だった。そもそも、一人暮らしの男の家に上げている時点で色々と問題があるのだが、そのうえご飯を食べていかないかと提案しているのだ。

 

 別に、やましい気持ちがあるわけでは無かったのだが、椎名がどう受け取るかまでは考えていなかった。純粋な椎名でも流石に変な気持になったのではないかと、龍一は少し不安になる。


 しかし、そんな龍一の不安は徒労になる。


「――いいんですか!?」


 椎名は、目を輝かせながらそう尋ねる。

 椎名の顔には、一切嫌な感情は見受けられない。その事に龍一は少し胸を撫でおろす。


「……あぁ、椎名が良ければだが」

「――食べます!! ちょっと待ってくださいね、すぐに家に電話しますから!」


 椎名は勢いよく立ち上がると、スマホを片手に小走りで玄関の方へと向かう。龍一は、その後ろ姿を見ながら、少し微笑む。


「……それなら、ついでに制服も乾燥させるか」


 乾燥時間は約2時間。20時くらいまでには終わるだろう。


 龍一は脱衣所に置かれてあった椎名の制服を洗濯機に入れて、手慣れた手つきでボタンを操作する。







 皿には黄色い山に、赤い液体で「こころ」という文字が書かれてある。焼き上げられた卵の山はふっくらと仕上がっていて、見るからに美味しそうだった。


「うわぁ~! すっごく美味しそうです!」

「……そうか?」


 キラキラとした目の美少女を前に、龍一は少し照れながら彼女の顔を見つめる。椎名の純粋な笑顔を見て、本当に思ったことを口に出しているのだろうという事が、何となく龍一にも伝わってくる。


 龍一がスプーンを手に取ると、同じように椎名もスプーンを手に取る。


「「いただきます!」」


 匙を入れると卵が崩れ、中から朱色のチキンライスが顔を覗かせる。綺麗なその色に、椎名は自然と声が出る。


 椎名は、少し大きめのスプーン一杯にすくい上げ、勢いよく頬張る。


「おいしい!」

「……そうか。ならよかった」


 椎名の笑顔を見て、龍一もつられて笑顔になる。



 晩御飯を終えた二人は、たわいのない話に花を咲かせる。


 中学校、小学校と少しずつ時を遡りながら、一緒に過ごせなかった時間を共有するかのように、お互いの過去をすり合わせていく。ただ、龍一の方はあまり話す内容がないので、基本的には椎名の話に龍一が相槌を打つような感じで話は進んでいった。


 すると、脱衣所に置かれてある洗濯機の音が彼らの会話を遮る。ぱっと時計を見ると、既に20時を越えていた。龍一はぱっと立ち上がって洗濯機から乾いた制服を取り出し、綺麗にたたんで茶色の紙袋に入れる。


 帰ってみると、窓から見える景色は真っ暗で、さっきまで降っていた雨もあがっていた。


「雨あがったみたいだな」

「……そうですね。そろそろ帰らないといけないです」


 椎名は少し寂しそうな表情を浮かべる。


「家まで送る」


 龍一は当然の様にそう言って、足早に玄関の方へと向かう。椎名も鞄を持ってその後ろを追っていく。







 雨上がりの路地を歩く二人は、さっきまでとは打って変わって、どこか物悲しい空気に満ちていた。それは、楽しかった遠足の帰り道の様で、二人の足取りは微妙に重かった。


「――なんか、こんな時間まで花田先輩と居るの、すごく新鮮です」

「まぁ、そうだな」


 制服以外で隣を一緒に歩くのは、以前のお出かけ以来であり、こんな遅い時間に一緒に居るのは初めての事だった。


 少しの緊張感を切り裂くように、椎名は言葉を続ける。


「花田先輩って、優しいですよね」

「そんなことは……」

「――ありますよ! あたしにもですけど、佐藤先輩の勉強を見てあげたりとか。やっぱり、優しいです!」


 椎名は力強くそう言い切る。「優しい」という言葉を掛けられることに慣れていない龍一は、痒くもない頬を掻く。


「……でも、ちょっと嫉妬もします」

「え?」


 龍一は、聞き間違いかと思って聞き返す。すると、少し俯き気味の美少女は、小さく何度も瞬きをして、すぐに首を横に振る。


「……ううん、やっぱり何でもないです。……あたしの家もうそこなので、送っていただいてありがとうございます! それに、晩御飯も御馳走様でした。制服も、ありがとうございます!」

「いや、それは別に構わないんだが……」


 龍一は、彼女の言葉の真意が知りたかった。しかし、椎名の出す雰囲気を察し、そこで口を閉ざす。


「じゃあ、また明日!」

「……あぁ、また」


 椎名は、何度も何度も振り返って手を振る。龍一は、そんな彼女の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。


今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


これで「雨の日」は終わりです。

面白い、続きが気になると思っていただけたなら、ブクマ登録、評価、いいねなど押していただけると嬉しいです!

また、感想などもお気軽に頂けると嬉しいです。必ず返答しますので!

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