28話 中間テスト②
一週間の試験期間を終えて、いよいよ中間テストは始まった。
四日間で基本5教科と選択制で履修した「世界史」や「古典」、「英語表現」などの試験が実施されるさけだが、それでもせいぜい一日3科目程度なので、昼頃には学校が終わる。
一週間のテスト勉強の成果が出たのか、初日を終えた時点での佐藤の表情は明るかった。ただ、今回のスケジュールを見たところ後に行けば行くほど佐藤の苦手科目が控えているため、ここで気を抜くことも出来ない。
当然のごとく、放課後の1,2時間は図書館での勉強会に費やされ、その後は佐藤たちに泊りがけで勉強を教える。一年と二年では、試験のスケジュールも全く違うし、そもそもの試験数自体も違うため、椎名と過ごす時間は無くなった。
少し寂しい気もしたが、こればっかりは仕方がないとも思っていた。
そして、試験最終日。眠たそうに教卓の前で座っている試験官は、チラッと自身の腕時計を見て定刻が過ぎたのを確認する。
「――はい、そこまで。すぐに解答用紙を前に送ってきてー」
その言葉に、教室内は一気に色めきだす。基本的には二通りで、想定よりも手ごたえがある者たちは嬉しい歓声をあげ、そうでない人間は悲鳴を上げる。……いや、本当に出来なかった人間は、龍一の少し前の席の人間の様に蹲って何も言えなくなるのだろう。
「花田ぁー! 俺、いつもよりもめちゃ出来た気がする! テストで手ごたえがあるの、初めてかも!」
「俺も良くできたと思う。花田くんの特別授業のおかげだな!」
嬉しそうに報告する佐藤とそこそこ手ごたえを感じている須郷は、さっきの2パターンの前者だったようで、表情はとても明るい。勉強を教えた側である龍一も、この顔を見れて少しほっとしていた。
「――特別授業。佐藤、どういうことだ!」
「うわっ、何だよ気持ちわりぃな!」
さっきまで蹲っていた生徒――おそらく試験の内容が散々だったであろう磯部が佐藤の腕にすがりつく。どうやら、佐藤は自分と同じ立場だと思っていたようで、まさかの裏切り行為に我を忘れているようだった。
そんな一幕を見ながら、龍一はスマホの画面を見る。今日は試験の最終日であり、運動部は今日から活動を始める所が殆どだと聞く。バイトの子はどうなのかは分からないが。
スマホの画面を見ると、着信は1件もなかった。ここ1週間くらい、椎名と会っていなかったため椎名の試験のスケジュールについてもよく知らない。しかし、1年の方が科目自体が少ないので、おそらくは先に終わっているはずだ。
佐藤たちは部活に行くと言って早々に荷物を持って教室を出ていく。ここで連絡を待とうかと思った龍一だったが、すぐにこちらから連絡をすればいいのだと思いつく。
しかし、すぐに手が止まった。
思い返してみれば、龍一からメッセージを送ったことはない。佐藤や須郷との連絡もそうだが、これまで一度たりとも龍一から話題を振ることはなかったのだ。
急に緊張感と恥ずかしさがこみあげてくる。
大体5分くらい画面とにらめっこをしていただろうか。急に画面が落ちて強面の青年の顔面が視界に飛び込んでくる。
「――椎名も帰っただろ。連絡がないってことは、必要ないってことだろうし……」
龍一はスマホをポッケに突っ込んで、机の上に置かれたシャーペンと消しゴムを筆箱に放り込む。別に急ぐことも無いのだが、どうしてもすぐにこの場を離れたくなったのだ。
部活組と、早々に帰ったクラスメイトを除いた少数だけが残る教室を、龍一は足早に出ていく。6月が近づいてきて、湿気を多く含んだ空気が龍一にまとわりつく。ウザったらしい気持ちを胸に、階段を駆け下りる。
最後の一段を降り切って、ぱっと視線を上げる。すると、無人の下駄箱に一人の女の子が立っていた。明るい髪色の小さな彼女は、龍一を見て少し微笑む。
いつからそこに居たのか。龍一はゆっくりと彼女に近づく。
「――椎名。ずっと待ってたのか?」
「……えっと、花田先輩はお友達とどこかに遊びに行くかもしれないから、もし誰かと一緒ならすぐに帰ろうと思って」
俯きながらそう言う椎名を見て、龍一の中ですべてがつながった。
「だから、連絡しなかったのか」
「すみません。花田先輩やさしいから、あたしが連絡したらお友達との約束を断っちゃうんじゃないかって思って……」
更に俯く椎名を見て、龍一も同様に俯いた。
――そうだ、そうだったな。
龍一は椎名という少女の事を、ちゃんと理解できていなかったらしい。
龍一にとって、椎名との時間は大切だった。勿論、佐藤や須郷との関係も龍一にとって大事であるのは間違いないのだが、もし両者を天秤にかけたなら、龍一は迷うことなく前者を取る。
「――これから暇か?」
「え?」
龍一の突然の問いかけに、椎名は疑問符を浮かべながら顔を上げる。すると、そこには少し頬を赤らめた龍一の顔があった。
「もうすぐ昼時だろ? これから家帰ってご飯作るのも面倒だし、どこかで食べて帰ろうかと思うんだが」
龍一にとって、初めての歩み寄りだった。誰かを誘う事はこれが初めてだ。
それが原因か、最近高くなってきた気温が原因かは定かではないが、龍一の頬は熱い熱を帯びていた。
椎名はそんな龍一を見て表情を綻ばせる。
「――行きます! あたしも一緒に!」
「……そうか。じゃあ、行くぞ」
照れ隠しか、足早に歩きだす龍一の背中を、椎名は小走りで追っていく。
放課後の校庭を、デコボコの二人が歩いていく。その後ろ姿を見つめていた一人の女子生徒は、遠ざかっていく二人を見て踵を返して、元来た階段を上っていく。
「……そっか。やっぱり、そうなんだ」
そう呟きながら、彼女は長くなった黒い前髪を触りながらゆっくりとした足並みで歩いて行った。
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