27話 中間テスト①
「――うわっ! 花田の作るぶり大根、まじ絶品だな!」
「花田くんが料理できるのは知ってたけど。これ、お金取れるレベルなんじゃない?」
同級生が自分の家で一緒に晩御飯を食べている図を前に、龍一はゆっくりと箸で白ご飯をつまみ上げて口に運ぶ。
自分の作ったぶり大根とみそ汁、そして簡単な酢の物を添えただけの質素な晩御飯だったが、それ以上に何か温かい物が龍一の胸の中を満たしていく。
なぜこうなったのか。少し時間を遡る。
◇
図書館での勉強会を恙なく終え、龍一たちは男子三人は駅の方向へと歩いていた。女子たちはこれからどこかのファミレスで勉強会の2回戦を敢行するらしく、てっきり佐藤もそっちへ付いて行くのかと思っていたが、どういうわけか龍一と一緒に駅へと向かっている。
駅までもう少しというところで、突然佐藤が口を開く。
「――なぁ、花田。俺思うんだけど、三浦と付き合うには勉強できないとだめだと思うんだわ」
「何だよ、急に」
龍一は怪訝な表情を浮かべつつ聞き返す。佐藤が突拍子のない事を言い出した時は、必ず何か裏があるので、龍一も少し身構えている。
「だってそうだろ? 今日だって、何かずっと花田の事『頼りになる』って言ってたじゃんか。つまり、勉強が出来れば三浦の興味を引けると思うんだわ」
自説を力説する佐藤を、龍一と須郷は黙ってい見ていた。二人の反応を見つつ、佐藤は言葉を続ける。
「……で、物は相談なんだが、今日これからさ――」
「断る!」
「何でだよぉー。まだ、最後まで行ってないじゃんか!」
少し不機嫌そうな佐藤だったが、龍一は取り合わない。そこにあきれ顔の須郷が割って入る。
「いや、流石にあの流れなら伝わるだろ」
須郷の援護射撃を受けて、流石の佐藤も「そうか?」と身を引く姿勢を見せる。今日は佐藤たちの勉強に付き合ったため、あまり自分の勉強は出来ていない。別に、毎日勉強はしているので一日二日やらなくても大丈夫ではあるのだが、体に染みついた習慣を途切れさせるのが怖かった。
龍一がホッと胸を撫でおろしていると、思いもよらない言葉が須郷からこぼれる。
「でも、確かに花田くんの家って気になるかも」
「――んなっ、須郷まで!」
龍一は驚く。いつも、龍一の味方をしてくれる須郷に裏切られるとは思てもいなかった。
「なら決まりだな! これも俺の恋を成功させる為なんだ!」
佐藤は両手を合わせて「頼む!」と拝み倒している。そう言われると、断わりづらい。
「もう! 分かったよ……」
龍一は腹をくくってそう答える。初めて出来た同性の友人たちだ。それに、佐藤の場合は留年の可能性まであるらしいので、友達が後輩になるのだけは避けたい。
龍一の気持ちも知らないで、佐藤は嬉しそうに鼻歌交じりの歌を口ずさんでいた。
◇
「――なぁ、ここの公式ってこれで合ってる?」
「合ってるぞ。ただ、先に代入してから解く方が早い」
「あ、なるほど」
須郷は真面目にペンを動かしている。普段から勉強をしているのは本当の様で、結構長い時間集中力が続いている。しかし反対に佐藤の方は……。
「――佐藤、寝るなら帰れ」
「すみません、ちゃんとやります」
龍一のドスの利いた声を聞き、佐藤は閉じかけた目をぱっちりと開ける。ただ、勉強をする気はあるようで、その後は比較的真剣に教科書の問題を解いていた。
夕食後に始まった勉強会は短針が10に差し掛かったところまで続いた。二人の進捗状況を見つつ、龍一はぱんと手を叩く。
「――よし、今日はこれくらいにするか」
「え、もう終わりか?」
そう口に出したのは佐藤だった。集中していたからか勉強を始めて既に2時間ほど経っていることに気が付かなかったようで、時計を見てすこし驚いているようにも見える。今の集中力ならばもう少し勉強を続けることもできそうだが……。
「あぁ、初日から根詰めたらもたないだろ? こういうのはゆっくり体が慣れるまでは焦らない事だ」
「……なるほど。確かに急激な運動をすると筋肉痛を引き起こすしな!」
「ちょっと違う気もするけど」
須郷が佐藤の謎理論にツッコミを入れた後、龍一は風呂へ行くように二人を促す。二人が風呂に入っている間に押し入れから布団を三セット取り出すと、居間のちゃぶ台を片付けて布団を敷く。狭い一室でも、布団3セットはギリギリ敷ける事を龍一は知っていた。
風呂を終えた二人に、龍一の部屋着を渡す。佐藤は、まぁギリギリ着れなくもないレベルだったが、須郷はかなりぶかぶかだった。
龍一が風呂を終えて居間に戻ると、体力を持て余した佐藤と須郷が「ミニ枕投げ」をしていたので、無言の圧を加えて黙らせ、床に就かせる。
暗くなった部屋に男子高校生が三人。話始める内容など決まっていて……。
「――なぁ、花田ってぶっちゃけあの一年の女子とどこまで行ってんの?」
「はぁ!?」
龍一は驚いて飛び起きる。
「あれ? その様子じゃ、まだ付き合ってもいない感じ?」
龍一の反応を見て、佐藤だけでなく須郷も面白がっているようで、寄ってたかって龍一を弄りだす。しかし、龍一からすればどうして椎名の話が出てくるのかの方が不思議だった。
「……前にも言ったけど、椎名と俺はそんな関係じゃないぞ」
「ふーん。俺は椎名さんは花田くんの事好きだと思うけどね」
「……それこそあり得ないだろ」
龍一は一太刀にそう言い切る。あの可愛らしい女の子が自分の事を好いているはずがないと龍一は思っていた。確かに、友人としてはある程度好意を持ってくれているとは思っているが、そこに恋愛的な好意が含まれているとは、龍一にはどうしても思えなかった。
龍一の声や口調から、そういう感情を感じ取ったのか、須郷たちはそれ以上踏み込んでは来なかった。
「まぁ、花田がそれでいいなら俺らが何か言うこともないけどなぁー」
「――てか、佐藤こそいつから三浦を好きになったんだ? 確か、クラスマッチの時は『好きじゃない』って言ってなかったか?」
「あれ、そんなこと言ったっけ?」
佐藤が本当に覚えていないのか、それともわざと覚えていないふりをしているのか、龍一には分からなかった。しかし、龍一よりも沢山の恋愛を経験してきたであろう青年は、遠い目をしながら話し出す。
「……ぶっちゃけ、いつから好きとか分からねぇよなぁー。ただ、事あるごとに目で追って、誰かにそれを指摘されてから、ようやくそういう気持ちに気付くことだってあるからなぁー」
「……確か、そんな和歌がテスト範囲の中にあった気がする」
「え、まじか!? なんだよ、昔も同じじゃんか」
そう言って佐藤は笑う。
―― 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか ――
男子三人の勉強会は約一週間続いた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
もうそろそろ30話に到達します!
投稿し始めたのって、2月19日なので平均すると1日1話以上投稿していることになりますね!
……だから何だって話( ´∀` )




