24話 お出かけ(デート)③
龍一は映画館にロビーでポップコーンとジュースを購入し、入り口付近で待っていた椎名の元へと向かう。幸い、予約なしでも横並びの二席を確保できた。場所はちょっと悪いが、そこは我慢だ。
「いい匂いですね! あたし、このキャラメルの匂い、大好きです」
「奇遇だな。俺もこの匂いが一番好きだ」
龍一たちは上映時間まで映画のパンフレットを買ったりしながら時間を潰し、少し早めに上映される場内に入って制定された席に座る。少し早めに入ったため、まだ空席の方が多くスクリーンも暗いままだった。一人で来ていたならば退屈だろうが、今日は椎名と一緒に来ているため、退屈だとは感じなかった。
二人でパンフレットを見たり、合い間でポップコーンを食べたりしながら過ごしていると、徐々に席が埋まっていき、10分前くらいからスクリーンに特徴的なCMが流れ出す。龍一は個人的にこのCMが好きだった。
上映時間が訪れて、場内が暗くなる。そして、「Lonely nightmare」の上映が始まった。
映画は一人の少年エドワードが「先生」と呼ばれる男性と一緒に孤児院に訪れる所から始まった。そこから孤児院の子供たちが紹介されていく。
自分の命の代償に祖母をなくした少女や愛に飢えた少年、その他にも友人に裏切られたり親に虐待を受けていた女の子、そして歪んだ優しさのために友人を失った男の子などの過去を主人公は知ることになる。
徐々に明かされていく「Lonely nightmare」という病気の正体とその病気に侵された幼い少年少女の過去。そこまではミステリーの要素が強かったのだが、最後に明かされる主人公の正体と衝撃のラストに、内容を知っていた龍一でさえ驚きを隠せなかった。勿論、初見の椎名はその比ではなく、小さな手で口を押さえながら息をするのを忘れるほどスクリーンに釘付けだった。
結局、殆ど手を付けられなかったポップコーンを映画館のスタッフから貰ったビニール袋に詰めて、龍一たちは映画館を出る。そして、すぐ近くにあった喫茶店に入って口々に映画の感想を言い合う。
「あたし、先生の過去が一番つらかったです。自分の手で両親を……」
「俺もそこだな。ただ、エドワードもつらかっただろう。最後もびっくりしたが……」
「ですよね! あたしも、まさか二人の遺体が発見されるなんて思いもしませんでした。あれって小説も同じ展開ですか?」
「あぁ、ただ小説ではちゃんとその理由が明かされていたぞ。小説ではジギル博士とハイド氏の話が描かれるんだが――」
龍一は興奮気味に内容を語る。椎名もそんな龍一の話にじっと耳を傾けつつ、分からなかったところや疑問に思った部分を質問しながら話をどんどん膨らませていく。
注文していた飲み物が無くなったところで、龍一たちは映画の感想会を中断する。ようやく我に返った龍一は、語り過ぎてしまったことに少し気恥ずかしさを感じていたのだが、椎名はそんな龍一の姿を見られて嬉しそうにしていた。
「――そういえば、花田先輩は進路って決めてますか?」
突然、椎名はそんな事を尋ねる。龍一はあと少し残ったメロンソーダをストローで吸い切って、テーブルに空になったコップを置く。
「俺は県内の大学だな。家から通える範囲で受験するつもりだ」
「そうなんですね……。この間、進路調査書が配布されたんです。でも、高校生になったばかりで進路何て考えても無くて……」
確かに、龍一も一年前に進路調査書を書いた覚えがある。龍一は入学前から地元の大学に進学することを決めていたので、特に悩むことなくかけたのだが、周りは結構悩んでいたことを思い出す。
「大体はそうだろうな。2年の今頃でも決めてない奴の方が多いだろうし、3年の今頃になってから考える人もいるみたいだ。……まぁ、須郷から聞いた話だが」
「そうなんですね! ちょっと安心しました!」
椎名はほっと胸をなでおろしながら笑って見せる。日が少しづつ傾いてきており、日光が椎名の顔を照らす。
「……そろそろ帰るか」
「そうですね。今日はありがとうございました!」
龍一たちは喫茶店を出て駅の方へと向かう。すると、一瞬だが隣を歩いていた椎名の足が止まった。椎名が見ている方角を見ると、そこは小さなゲームセンターで店頭に可愛らしいクマのぬいぐるみが飾られたクレーンゲームが置かれてあった。
「……あれが欲しいのか?」
龍一はそう尋ねる。しかし、椎名は諦めたような笑みを浮かべていた。
「……あたしクレーンゲームって苦手で、一回も取れたことないんです」
不健康に笑う椎名を見て、龍一は少し意外に感じた。おそらく、クレーンゲームが苦手なのは本当なのだろう。何度も失敗して、あれは取れないものだという先入観が椎名の中にあるような気がした。
「ちょっと持ってて」
龍一はそう言って椎名にポップコーンが入ったビニール袋を手渡すと、財布から百円玉を取り出してクレーンゲームの投入口に入れる。
徐々に右に移動するアームを睨みつけつつ、推していたボタンを放す。狙っているクマのぬいぐるみよりは少し左側だが、これで良い。龍一が二個目のボタンを押すとアームは奥の方へと動き出す。丁度いい所でボタンを放すとアームはゆっくりと下降を始め、思惑通りの位置にアームが挟まる。
「――え!?」
椎名は驚いた。椎名から見てもアームは左に逸れていたように思えたのだが、アームの右手側が綺麗にぬいぐるみを取り出し口の方へと弾いたのだ。
あと少しで取れそうな位置にぬいぐるみが移動し、龍一は椎名の方へ近づいてポップコーンの袋を受け取る。
「ほら、一回だけ挑戦してみな」
「……はい!」
椎名は財布から百円玉を取り出して投入口に入れる。真剣な眼差しでアームとぬいぐるみとを見据えながらボタンを操作し、ゆっくりと降下するアームに熱い視線を送る。
アームはぬいぐるみを掴む。しかし、思いのほかアームが緩くゆっくりとぬいぐるみが零れていく。椎名は心の中で「またダメだった」と落胆する。しかし、零れ落ちたぬいぐるみは奇跡的にでっぱり部分にバウンドして、取り出し口に続く穴の中の消えていく。そして、足元でぬいぐるみが落ちる音が聞こえた。
「――あ、取れた。花田先輩! あたし、初めて取れましたっ!!」
「あぁ、おめでとう!」
満面の笑みを浮かべる椎名に、龍一は賞賛を送る。椎名は嬉しそうに取り出し口からクマのぬいぐるみを取り出して抱きしめる。椎名が抱きしめていると、クマのぬいぐるみがとても大きく見える。
「花田先輩、ありがとうございます! あたし、これ一生大切にします! すごく可愛い……」
本当に可愛かった。龍一はクマのぬいぐるみよりも、それを夢中で抱きしめている女の子の方をずっと見つめていた。その椎名の笑顔は、いつかの懐かしい記憶と重なって見えた。
◇
ベージュ髪の少女はベッドの脇に飾られたクマのぬいぐるみを嬉しそうに見つめる。龍一に手伝ってもらったとはいえ、初めて自分の手で手に入れた物に椎名は嬉しく思った。
今日は楽しかった。
ホラー映画もそうだが、昔一度だけ食べておいしかった記憶のあるオムライスも食べられたし、初めて見る龍一の一面も知ることが出来た。
椎名は満足いくまでぬいぐるみを見つめた後、自分の机に座って日記帳を取り出す。すると、机の引き出しの中に大事にしまっていた思い出の品が出てきた。
もう8年ほど前の物で、他の人が見たならばゴミにしか見えないだろう。しかし、椎名にとっては非常に大事なもので、唯一無二の代物だった。
恋の味は、とても酸っぱかった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
これにて「お出かけ(デート)」編は終了です。
「Lonely nightmare」はアーヤ様の作品です。
以下URLです。
https://ncode.syosetu.com/n4131hh/




