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23話 お出かけ(デート)②




 五月の中旬。日曜日という事もあって、私服の人たちが目に付く。


 龍一は隣駅のエントランスに向かっていた。普段、ここにいる時は制服を着ているのだが、今日は私服だ。何を着ていったらいいのか分からなかった龍一は、黒を基調としたベーシックな服装に徹した。少し暗すぎる気もするが、派手な服装よりはいいはずだと、龍一は自分に言い聞かせた。


 時刻は午前10時半で、約束の時間よりは30分早い。


 初めてここで待ち合わせをしたときは20分前についていたのだが、あの時は椎名も同様の時間についていたため、今日はそれよりも10分早く家を出た。これならば、どう転がっても椎名より早く着くだろうと踏んでいたのだが……。


 龍一の視線の先には、一人の女子が3人の変な輩に付きまとわれている光景が飛び込んできた。こういう時は黙ってそこへ近づいて行けば輩も自然とどこかへ消えていくのだが、今日の龍一は少し違った。


 走ってその現場へ向かい、必殺の鋭い視線を金髪のヤンキーに向ける。


「おい、何してんだ?」

「――はぁ!? うっせぇなぁー。誰に口きいてんだ――」


 目と目が合う。鋭い眼光を受けて、金髪のヤンキーはメデューサと目を合わせてしまって石になったかのように、その場で固まってしまった。残りの二人も一瞬怖気づいていたが、すぐに我に返って金髪ヤンキーの腕を引っ張る。


「やべぇって、行くぞ!!」


 走り去っていく三人を一瞥しながら、龍一はそこにいた女子に視線を向ける。


 もう毎日のようにここで会っている彼女は、ベージュ色の髪が肩のあたりで切りそろえられていた。輩に付きまとわれて怖かったのか、少し表情が硬かった。しかし、龍一を見て嬉しそうに表情を綻ばせる。


「花田先輩、ありがとうございます……」


 彼女が頭を下げたことで、少し短くなった髪が揺れる。龍一はエントランスにある時計を見ると、長針は6のあたりを指している。勿論、短針は10と11の間だ。


「約束の時間って11時だったよな?」

「はい。あの、お待たせしちゃいけないと思って……」


 彼女なりの配慮だったのだろう。しかし、椎名ほどの可愛い女の子が一人、それもおめかしをした状態でいたら、さっきのように変な輩に絡まれてしまう可能性が高い。


「――椎名、これからは絶対に約束の時間丁度に来てくれ。いいな?」

「は、はい!」


 二人は駅のエントランスの中へ入っていく。30分前に着いたことで、予定していたよりも一本早い電車に乗ることが出来る。街へ行くにはここから電車で30分以上かかるので、一本でも早い電車に乗るべきだろう。


 龍一の後ろを、小さな足音が付いて行く。そして、誰にも聞こえない声が零れる。


「……これから……そっか……」


 駅のエントランスは閑散としていた。







 日曜日の電車は空いていた。車を持っている人たちは街へ行くのに車を利用するだろうし、学校などもないため同年代の人数も少ない。


 そのため、龍一たちは座席に座ることが出来た。隣り合って座り、小さく左右に揺れる。


「でも、良いんですか? 一緒にご飯食べるだけでいいって……。お母さんから今日の為にお小遣いを貰ってますけど」

「いや、登下校を一緒にしているだけだからな。別に礼だって要らないんだが……」


 龍一はそう答える。今日の予定を立てる時に、一度一緒に外食をするという事が龍一から提案された。そもそも、お礼などは龍一からしたらどうでもいい事であり、それよりも友人と一緒に遊びに行くという事自体が重要だった。


 しかし、椎名にはそんな事は伝わっていないようで、小さく小首を傾ける。いつにも増して可愛く見えるのは、髪の毛のせいか、それとも白色に花柄のワンピースのせいだろうか。龍一は頬が熱くなるのを感じながら、椎名から視線を逸らす。


「……一緒に外食するだけで、もう十分だ」

「そうですか?」


 椎名は少し不満そうだった。龍一と遊びに行くことを伝えると、母親がお小遣いを奮発してくれたので、財布の中身は潤沢だった。そのためお礼をしたかったのだが、龍一は固く断った。一緒に遊びに行くこと自体は断られなかったのだが。


 椎名は電車の外を見ていた。龍一はその横顔を見つめる。髪を切ったからか、椎名の綺麗な鼻筋やきめ細かい肌が隣からでも見える。


「……その、なんだ、髪切ったんだな。似合ってるぞ」

「……え? あ、ありがとうございます……」


 電車に揺られながら、二人の初お出かけ(デート)は始まった。







「――この、ミートスパゲッティーをください」

「あ、あたしは、オムライスをお願いしましゅ!」


――あ、噛んだ。


「はい、畏まりました。……ふふっ」


 去り際に、ウェイトレスが小さく笑う声が聞こえた。すると、椎名はメニュー表で顔を隠して恥ずかしがっている。


「笑われちゃいました……」

「――ふっ」


 龍一も堪えていた笑いが零れる。すると、メニュー表が少し下がり、椎名のジト目が現れる。


「あ、悪い」

「……いえ」


 素直に謝ると、椎名はそう言ってメニュー表を所定の位置に戻す。昔ながらな店の佇まいで、映画館などが併設されている複合商業施設の近くにある。龍一は初めて来るお店なのだが、椎名からのおすすめだったのでここにした。


 龍一はメニュー表の端っこに書かれてあったオムライスの表記を思い出す。


「オムライス。好きなのか?」

「えっと、ここ、ずっと昔に一度だけ来たことがあるんです。それで、ここのオムライスが美味しかったって記憶だけは残ってるんです」

「あー、なるほど」


 龍一は納得しながら、テーブルに運ばれてきたお冷に口を付ける。昼時になると気温が高くなるので、冷たい水は有難い。


 椎名も龍一と同じように一口水を含んで喉を潤す。そして、新しい話題を場に提供する。


「花田先輩ってお休みの日は何をして過ごしてるんですか?」


 龍一は少し考え込む。


「……そうだな。料理を作ったり、図書館に行って本を読んだり、勉強したり……。そんな感じだな」

「へぇー! すごいですね! あたし、勉強はちょっと苦手なんですよね」

「そうなのか? まぁ、俺のただやることがないから勉強してるだけだが……」


 事実だから辛い。最近、一度だけ佐藤と須郷に連れられて遊んだことがあるが、彼らは運動部に所属しているため早々休み何てないだろうから、その一回限りだった。


 龍一の答えに場は静まりかえり――はせずに、椎名はキラキラとした目で龍一を見ていた。


「本は何を読んでるんですか?」


「……本は雑食だな。目立つ奴を取って読むって感じだ。最近読んだのだと、『Lonely nightmare』っていう作品だな」


 最近、図書館で読んだ本で、ミステリー要素とホラー要素が同居した作品で印象的だったためすぐに頭に浮かんで来た。


 椎名はぱっとスマホを取り出して、龍一が言ったタイトルを打ち込む。


「へぇー!……あ、映画化してて、今、上映もしてるんですねー」

「――何!?」


 龍一は大きな声を上げて立ち上がる。幸いお客は少なかったので良かったのだが、目の前の少女は少し驚いて大きく目を見開いていた。


 龍一はゆっくりと席に座る。


「悪い……」

「いえ、大丈夫です!」


 恥ずかしさを感じつつ、再度お冷を口に運ぶ。すると、椎名から思わぬ提案があった。


「――あの、これから見に行きますか?」


 上目遣いにそう言われて、龍一の心は高鳴った。そして、龍一は首を縦に振った。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


作中の「Lonely nightmare」は「小説家になろう」で活躍されているアーヤ様の作品です。

気になる方は読んでみてください!

以下、URLです。

https://ncode.syosetu.com/n4131hh/

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