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2話 新生活②



 桜ケ丘高校は「新入生歓迎ムード」一色(いっしょく)であり、正門前では「入学式」と書かれた立て看板が置かれてあった。

 龍一は、それを一瞥(いちべつ)しつつ校庭を突っ切る。


 桜ケ丘高校の校舎は二つある。

 一つは普段生徒たちが学習する一般教室が集まった北校舎で、もう一つは職員室や図書室、科学室、家庭科室などの特殊教室などが集まる南校舎だ。


 龍一はいつものように北校舎の下駄箱にむかって走っていき、入口に張り出されたクラス分けの表を見やる。

 花田という、自分の容姿とは分不相応な苗字を2年3組に発見し、自分の下駄箱にくたびれたスニーカーを放り込んで、学生鞄から上靴を取り出すと、急いで足に引っ掛けながら廊下を走る。


 ここまで走ってきたため、息はかなり上がっている。

 何の部活動に所属していないつけが、ここでやって来たと言っていいだろう。


 長い階段を()け上り、2年の教室がある3階に辿り着いた龍一は、階段を上り切った左側にある3組の扉を勢いよく開く。すると、教卓に立つ若い女性が龍一を見て指をさす。


「花田君、遅刻ですよ!」

「――あぁ?」


 担任らしき人物が注意してきたので反応する。

 しかし、息が上がっていたからか想像よりもドスの()いた声が出てしまった。何より先生に向かって「あぁ?」とけんか腰に返答してしまっている。


 龍一自身、やってしまったと反省する気持ちもある。しかし、時すでに遅し。龍一の口撃(こうげき)を受けて、担任は勿論、クラス中がドン引きしている。特に、担任はひどいもので、目を右往左往(うおうさおう)させながら、あわあわと口を開けている。


 龍一は教室を見回して、唯一空いている席へ歩いていく。


 あの担任とは初対面であり、名前を断定されたところを考えると、このクラスの遅刻は自分だけ。

 つまり、空いている席こそが自分の席だと考えたからだ。実際に龍一の推測は正しく、龍一は自分の席に座り鞄を机に引っ掛ける。


 ようやく我に返った担任が「学校通ってたら遅刻することもたまにはあるわよねー。……うん、うん、そうよねぇ~……」と呟きつつ、黒板に何かを書きつけている間、クラス中の視線が龍一に向いていた。やらないが、もし龍一が周囲を見渡したら、皆が下を向くことだろう。


「とりあえず、今日は役員決めして学活やったら終わりだから、ぱぱっとやって、ちゃっちゃと帰りましょうね~。――まずは学級委員、挙手!!」


 担任の女性はそう言うと、お調子者のような男子生徒が勢いよく手を上げる。


「はい! はい! オレ、学級委員やりたい!」

「おいおい、須郷じゃ学級委員は無理っしょ」

「はぁ!? できるし」

「無理だって、先生! こいつ馬鹿だから絶対止めといたほうがいいっすよ!」


 須郷と呼ばれているお調子者とその友達と思しき男子生徒は大きな声で言い争いをしている。

 須郷は野球部なのか坊主頭で、その友人はサラサラの前髪をアシンメトリーに切りそろえている。ぱっと見た感じでは、どうして仲がいいのか分からない「デコボココンビ」といったところだ。


 龍一は興味なさげにその様子を見ていたのだが、ぱっと須郷の友人(面倒なので友人Aとしておく)と目が合った。

 すると、さっきまであんなに騒いでいたのに突然静かになり、須郷は「え、え?」と疑問符を頭の上に浮かべている。


「……佐藤くんも同意したみたいだし、学級委員は須郷くんでいいわね! じゃあ次は――」


 そこからは順調に進んでいった。

 須郷は意外とリーダーシップがあるタイプの人間なようで、さっき言い争っていた佐藤に「体力すげぇから体育委員がいいじゃん」と体育委員を勧め、いかにも真面目そうな眼鏡男子を捕まえて「三谷って本好きでしょ! 図書委員やらね?」と声をかけていく。


 声をかけられた生徒たちも満更でもない様子で、次々と黒板の空欄が埋まっていく。


 徐々に埋まっていく黒板を興味無さそうに見つめつつ、龍一はただただ椅子に座っていた。一度、須郷と目が合ったが、流石に龍一に声をかけられるわけがなかった。







 担任の思惑通り、明日からの時間割表や様々な配布物を配り終えた瞬間、その場で解散となった。


 龍一は少し重くなった鞄を肩にかけて、ついさっき駆け上った階段を下っていく。

 学校に行っても友達がいるわけでも無いし、委員になるほどの人望もない。配布物を受け取るだけなら、別に急いでくる必要もなかったかもしれない。


 次の電車を待って、後で職員室へ行くだけ。そっちの方が、結果的に悪目立ちすることなくその場を切り抜けられた気がする。



 元気のいい男子生徒が龍一を追い越していく。

 さっき、学級委員に任命された須郷だ。


 彼は龍一を見て大きく頭を下げる。どういう意図があってそういう行動を取ったのかは謎だったが、龍一も自分にできる最大限の愛想笑いを返しておいた。その後彼が脱兎(だっと)のごとく階段を駆けおりていったのも、謎のままだ。



 龍一は消えていく坊主頭を引きつった愛想笑いで見送って、再び冷たい階段を降りていく。そして、最後の一段をおりきった時、突然後ろから声をかけられた。


「――あの! 花田先輩!」


 振り返ると、そこには電車であった女子高生が立っており、彼女の後ろに数人の女子高生が顔を覗かせている。おそらく、彼女の友達だろう。


 何故、「花田先輩」と彼女が自分の名前を知っているのかと一瞬疑問に思ったが、それよりも朝の余韻(よいん)が残るいま、彼女の顔を直視することは、龍一にはできなかった。


「……あぁ、今朝の」


 龍一はぶっきらぼうにそう答える。泣いている顔が連想されて、彼女を直視できないというのも一つの理由だが、何よりもこの場で人と話したくなかった。

 しかし、彼女からすればそんな龍一の心情など知ったものじゃない。ゆっくりと近づいて来ると、下から龍一の顔を覗き込む。


 まだ彼女の方が一段上にいるのに、龍一を見上げる構図になってしまうほど、龍一と彼女の間には身長差があった。


「あの、その……、大丈夫でした?」


 龍一の顔色を伺いながら、彼女はそう尋ねる。

 純粋な目からは龍一に対する申し訳なさと、心配とが映し出されていた。おそらく、急に電車から飛び出したことに対して、何か気に(さわ)ることでもしてしまったのかと心配しているのだろう。

 実際、彼女が原因で電車を飛び出したわけだが、それは龍一の過去に問題があっただけで、彼女自身には何の問題もなかった。


「別に大丈夫だ」

「え、あ――」


 そう言い残して去る龍一を追うように、彼女も階段をおりきる。

 龍一の一歩に対して、彼女は二歩要する。故に、龍一が普通に歩いていても、彼女からすれば小走りしないと追いつかないのだ。


 しかし、彼女は追ってきた。振り返らなくても、彼女の小さく細かい足音でついてきていることはすぐに分かった。


「さっきはホントにありがとうございます。その、花田先輩が何もしてなくても、あ、あたしは助かったので!」

「……もういいよ、別に」


 龍一はそう呟く。別に助けるつもりはなかった。

 彼女との出会いは、龍一の恨むこの顔が引き合わせたものであり、それは龍一にとってはあまり喜ばしいことではなかった。

 もし、彼女と全く違う出会い方をしていたら、もしかしたら違う接し方ができたかもしれない。いつにもまして、自分のこの容姿が憎らしい。


 龍一の声の調子から彼女は表情を(くも)らせる。


「あの、……あたし、迷惑ですか?」


 彼女の言葉に、龍一は振り返る。

 セーラー服の左胸あたりに桜色のコサージュがつけられている。大きな目は真っすぐと自分を見つめ、引きこまれてしまいそうな魅力があった。

 身長が低いからか、上目遣いで見つめる仕草は実に愛らしい。つい、彼女の手を取りたくなる衝動に駆られる龍一だったが、先月の一件が、龍一の心の影を地面に縫い付ける。


 いつか、彼女も自分を見捨てる。それは龍一のトラウマであり、つい最近再確認した事実だった。


「……あぁ、そうだな」


 龍一はただ一言そう答える。すると、彼女は足を止める。

 徐々に開いていく距離。それは龍一と彼女の心の距離を指し示していた。


「……はぁ。どうせあの子もすぐに聞くよな」


 誰にも聞こえないような小さな言葉が漏れる。

 顔だけじゃない、数々の噂話。それらが彼女の耳に届くのはそう遠くはないだろう。そうなったら、またあの時の様に拒絶されるのだ。


 そう。これでよかったんだ。龍一は自分の胸にそう言い聞かせる。



 タッタッタッ



 誰かの足音。それは徐々に近づいて来る。

 そして、背中に衝撃が伝わる。突然の突撃に驚きつつ、ぱっと視線を向けると、綺麗な髪は乱れ、頬を赤らめた彼女の姿があった。


「――あの! あたし、椎名こころって言います! その、あの……また明日!!」


 小さな女の子――椎名こころは、大きな声でそう言うと、恥ずかしそうに両手で顔を覆いながら去っていく。

 その背中は小さい。しかし、何となく優しくて、何となく懐かしい。

 龍一はあっけにとられながらその背中を見送るが、すぐに笑いが込み上げてきた。


「――はっ、恥ずかしいなら大きな声出さなきゃいいのに」


 龍一は椎名の顔を思い出してそう呟く。

 真っ赤な顔をどうにか龍一に見られないように隠していたが、あの小さな手では自分の顔を隠しきるには少々足らない。真剣な彼女の動きも、龍一からすれば、漫画の一(ページ)のようなものであった。


 龍一はすさんだ、重苦しい気持ちが少し軽くなるのを感じる。


 ――また明日、か。


 龍一は彼女の高い声を頭に響かせながら帰路に立つ。

 彼女が自分を避けるようになるのか、それは分からない。

 もしかしたら、さっきのやり取りが最後で、もう話すこともないのかもしれない。でも、この一時だけはそんなしがらみを忘れてもいいのではないだろうか。


 龍一はそんな願望にも似た思いを抱きつつ、何度も何度も空を見上げた。


 4月の空は桜色だった。


今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


次は視点が変わりますので、ご注意ください。

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