癒しの一杯『水割り』(後編)
何とか書き切った。
これくらいのペースで今後も書き続けられると良いんですけどね。
「むっ!?」
「これはっ!?」
一口飲むと、二人は未知の美味さに思わずグラスから口を離し、感嘆の声を漏らす。グラスに満たされた淡い金色の『水割り』を見つめ、もう一度グラスを口へと運ぶ。
まずグラスを近づけることで漂ってくる梨のような熟した果実の爽やかで甘い香りが鼻腔をくすぐる。そして口に含むと、ほんのりと滑らかな甘みがふわっと口の中に広がり、次いでほのかな苦みと微かに酒精独特のピリピリとした刺激が舌に広がる。しばらく舌の上で転がして飲み込むと、驚くほど抵抗なく滑らかにスルっと喉を通り胃へと落ちていった。
飲み込んだ後も口の中には微かな甘味と苦味、麦の香ばしさと木の香りが余韻として残り、二人は何とも言えない充足感にしばらく浸っていた。
「いかがでしたか?」
清水の声にはっと我に帰る二人。
「う、うむ。確かに美味い。水で薄めたとは思えんほどしっかりとした味であった。本当にただ水で薄めただけなのか?」
マリーの疑問に清水は首を横に振る。
「いいえ。今回お出ししたグレンフィディック12年の『水割り』は通常の水割りよりもさらに薄く作っています」
「な、なにっ!? 通常よりも薄くだと!?」
リーネが信じられないと声を上げ、グラスに満たされた淡い金色の『水割り』をまじまじと見つめる。
「はい、通常のレシピですと、ウイスキー1に対して水は2から2.5です。そのレシピですと荒れた舌には強すぎると思い、加水して酒精を下げることにしました」
「む?」
清水の荒れた舌という言葉にマリーは違和感を感じた。
「バーテンダー……シミズと言ったな。シミズよ、なぜ我らの舌が荒れていると思った? 確かに我らは傍目から見ても酔っているが、それだけで舌まで荒れていると分かるのか?」
「お二人ともお疲れのご様子でしたので」
「ほお、そうか……貴公には我らが疲れているように見えたか」
「はい、とても。詳しくは存じ上げませんが、堂々とし佇まいや風格から恐らくお二人とも多人数に対して指示や命令を出すといった立場にある方たちに見えましたので」
二人の姿はどう見ても町娘のそれだが、清水は臆面なく言い切る。
「はは、正解だ。リーネよ初めて変装がばれたぞ、よく見ているな」
「はい、バーテンダーですので。さらに付け加えると、疲れの原因は部下との意見の衝突や部下同士の対立ではないかと」
「ははは、まったく貴公には驚かされてばかりだな。その通りだ」
マリーは天井を見上げ自嘲気味に笑う。
「マリー様……」
リーネはそんなマリーを憂いた目で見つめる。しばらくするとマリーは清水に向き直る。
「話は戻るが、我らが疲れていると分かったとして、何故舌が荒れていると?」
「まず疲れが胃に現れ痛み出します。次に胃痛により夜も満足に寝れない日が続き、眠りにつくために酒を呷る。そんなことが連日連夜続けば必然的に舌が荒れます」
「なるほど、確かに道理だ。そして、そんな我らのためにこの『水割り』を……」
「はい、無理矢理眠りにつくためではなく、体を労り、癒すための一杯となればと」
「癒すための一杯か……」
マリーと清水が沈黙したところで、今度はリーネが疑問を投げかける。
「シミズよ、貴公は通常の水割りよりもさらに薄く作ったといったがこの『水割り』は味も香りもしっかりしている。これは一体どういうことなのだ?」
「氷です」
「氷?」
「純氷と呼ばれる固く溶けにくい氷を使用することで、加水により酒精を落としても味と香りのバランスが崩れないようになっています」
「そ、そのような氷が……」
「ふふ、そこまでの気遣いと手間暇をかけられては、最早この『水割り』をただ水で薄めただけの酒とは言えぬなリーネよ」
「はい。これがカクテル、なのですね」
「お気に召しましたか?」
「ああ。シミズよ、貴公の気遣いに感謝を」
「私からも感謝を」
「いえいえ、これがバーテンダーの務めですから」
そうして三者ともに頭を下げた後、マリーとリーネは『水割り』を飲み干し席を立つ。
「良い酒場、いやバーであったな。バーに出会えた。いずれまた来るとしよう。代金はこれでよいか?」
そう言ってマリーが懐から出したのは、帝国内で一般的に流通している金貨よりも一回り大きい所謂大金貨。それも二枚。
「い、いくらなんでもそのような大金は……」
清水が二人が来店して初めて困惑の表情を見せる。対してマリーとリーネは満足げに笑う。
「貴公の出した一杯に我らは心身ともに癒された。この大金貨はその感謝の気持ちだ。受け取ってほしい」
「……そういうことでしたら、受け取らせていただきます」
数瞬清水は考え込んだが、差し出された大金貨二枚を受け取ることにした。
「では、失礼する」
「いずれまた」
「はい、お待ちしております」
扉へ向かう二人を清水は頭を深々と下げて見送る。
「相変わらずよく見ているね」
二人が店から出ると、一人グラスを傾けていたイヴが清水に話しかける。
「私もあの二人がかなり出来上がっているのは分かったけど、それほど疲れているとは見抜けなかったね」
「お化粧で隠されていましたがお肌が荒れていましたし、目の充血や髪のパサつきなどの疲労のサインが出ていましたので」
「本当に、客をよく見ているね」
「バーテンダーですので」
「でもなんでグレンフィディックの12年だったんだい? ウイスキーならほかにいくらでもあるだろ?」
「バー、カクテル、ウイスキー、全てが初めてのお客様にお出しするとなると、まずなにより飲みやすいく、尚且つウイスキーが持つ個性を知るこのできるシングルモルトであることが望ましいです。そしてシングルモルトの中で水割りに適した銘柄を選ぶとしたら、私は軽く滑らかな口当たり、豊かで爽やかな味わいと香りのグレンフィディック12年を選びます」
「はは、大した気遣いだ。でも、ちょっと抜けてるところも相変わらずだね」
「はい?」
「扉同士が繋がるのは日が沈んだ後だってこと伝えてないだろ? あの様子じゃ二人とも昼間でも飲みに来そうに見えたけど?」
「あっ!?」
しまった、と清水は頭を抱える。
「ふふ、まあ扉の場所さえ覚えていればいずれまた来れるだろうさ」
笑いながらイヴは再びグラスを傾ける。
翌朝。
マリーことマリアンネ1世は天蓋付きの豪奢なベットで目を覚ます。
いつになく爽やかな目覚めにすぐに身を起こす。ベットから出ると隣の部屋に控えているメイドたちを呼び出し、身支度を整えさせる。
朝食をとった後、執務室へと向かう。
「陛下、おはようございます!!」
執務室に入ると近衛騎士団団長であるリーネことカロリーネ・フォン・バッハシュタインが待っていた。
「陛下、昨晩訪れたバーについてなのですが……」
マリアンネが椅子に座ると、他の侍る者たちに聞こえないように耳打ちする。
「今朝の巡回担当の騎士にあのバーについて聞いたのですが……」
巡回の騎士によると、確かに空き店舗らしき石造りの家はあったがマリアンネ達が見た黒い扉は無かったのだという。
「なに? 扉がない?」
「いえ、木の板で出来た扉はあったらしいのです」
「ふむ……」
マリアンネは考え込み、カロリーネは不安な表情を浮かべる。
「昨晩あれは夢だったのでしょうか」
「いや、あのバーで飲んだ『水割り』の味ははっきりと覚えている。それに何時になく体の調子も良い」
「私もです」
「であれば、今夜あたりまた城を抜け出して確かめに行かねばな」
「はっ!! お供いたします!!」
そう言って二人は笑い合い、マリアンネは政務、カロリーネはマリアンネの身辺警護と夜までの間それぞれの職務に努めるのであった。
カクテル作るときの描写とか、味の表現とか、なんでその銘柄なのかとかを読者の皆様に簡潔にわかりやすく伝えられているかが心配です。