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癒しの一杯『水割り』(前編)

久々の投稿、不安しかない。

それでも、書きたい欲を抑えきれませんでした。

 深夜の帝都を二つの影が並んで歩いている。

 裏路地に入ったところで、片方の影が動きを止めた。


 「見ろリーネ!! 昨日まで空き家だったはずの店になんとも立派な扉が付いているぞ!!」


 頬を赤く染め、笑いながら路地の突き当りを指差すマリー、その指差した方向を千鳥足のリーネが怪訝な表情で見つめる。そこにはかつては何かの店だった名残がある石造りの家と、昨日まではなかった重厚な造りの漆黒の扉があった。


 「確かにあの簡素な空き家には不釣り合いなど立派な扉ですね」


 二人は吸い込まれるように扉へと歩を進める。

 扉の確かな輪郭と細かな装飾が見えてきたところで、リーネが扉に取り付けられた銀色のプレートに気が付く。


 「看板が付いていますがこれは……見たことのない文字ですね。何処の国の文字でしょうか?」


 「私も知らん!! はっはっはっ!! だが新しく出来た酒場かもしれん。よし、入ってみるとしよう!!」


 「はっ!! お供いたします!!」


 マリーはリーネの疑問を一笑に付すと再び歩き出し、リーネもそれに続く。

 実はこの二人、すでに酒場を五軒ほど飲み歩いており、完全に出来上がっていた。

 扉の前まで来ると、マリーは取っ手を握り勢いよく扉を開けリーネと共に中へと入る。

 中に入った瞬間、深夜の屋内とは思えないほどの光に二人は一瞬目が眩む。


 「いらっしゃいませ」


 数秒して目が光に慣れた二人の耳に低い男の声が静かに響き、眼前には石造りの家の中とは思えない空間が広がっていた。

 広さはそれほどでもないが、磨き抜かれた一枚板のカウンターと二台のテーブル、丸椅子はカウンターに八脚、それぞれのテーブルに四脚並べられ全て座面は黒い革張りで統一され清潔感がありよく手入れされていることが一目でわかる。

 室内全体が淡い暖色の光に照らされており、カウンター側の壁には一面に棚が置かれ、多種多様な色や形をした瓶が規則正しく並べられていた。


 「おお……」


 あまりの光景に二人は思わず息を漏らす。マリーが何度か店内を見渡すと、カウンター席の一番奥にローブを纏った青い髪の女が一人腰掛けていたことに気が付いた。さらに、視線をカウンターを挟んだ向かい側に移すと白いシャツに黒いベストを着た黒髪の男と目が合った。

 マリーはこの男が店主か店員で、先程の声もこの男から発せられたものだと理解した。そして、男の後ろの棚に並べられた数多くの瓶からこの店が自分の願望、もとい予想通り酒場に違いないと踏んでリーネと共に男に歩み寄る。

 カウンターの向こうにいる男はまっすぐ二人の方へと向き直る。


 「改めまして、ようこそバー『一期一会』へ。当店のオーナーバーテンダーを務めております、清水健(しみずけん)と申します」


 そう言って清水は微笑みを浮かべて深々と頭を下げる。対してマリーは聞きなれない言葉に当てが外れたのではと少し残念そうな表情。


 「バー? イチゴイチエ? バーテンダー? 何だ、この店は酒場ではないのか?」


 「いいえ、酒場ではあるのですが当店の場合は―――」


 「この店じゃお嬢ちゃんたちのよく知る酒場みたいに酒をそのまま出すこともあれば、酒に様々な材料を混ぜて作る『カクテル』も出してくれるのさ。そして客に合わせた酒を選んでもてなしてくれるのが『バーテンダー』、つまりはお嬢ちゃんたちの前にいる男のことってわけ」


 奥に座っていた女が二人の会話に割り込んできた。


 「ほう、カクテルとな?」


 またしても聞きなれない言葉だったが、マリーはその『カクテル』という言葉に強い興味を抱いた。対してリーネは少し不安げな様子。


 「面白い!! ではそのカクテルとやらを私と連れに一杯ずつ頼む!」


 注文を終えたマリーは清水の目の前の席に滑り込み、リーネにも座るようにと手で促す。リーネは渋々といった態度で隣の席に座った。


 「マリー様、よろしいのですか? 初めて入った店でそのような得体の知れないモノを頼んで」


 特に声量を抑えることもなくリーネがマリーに問い掛ける。その言葉に青髪の女は吹き出し、清水は苦笑を浮かべた。


 「ふふふ……、言うに事欠いて得体のしれないモノ呼ばわりとはね。ひどい言われようだねケン?」


 「初めてのご来店ですし、仕方ありませんよ」


 「ははは!! 許してくれ、連れは嘘がつけない性分なのでな」


 「お気になさらず、慣れておりますので」


 気まずい雰囲気になるのことを避けるため、マリーと清水はお互いに軽く頭を下げる。

 

 「それで? どのようなカクテルを出してくれるのだ?」


 「はい、まずは今回お出しするカクテルのベースとなるお酒を紹介します」


 清水は二人に背を向けると、慣れた手つきで棚の中から一本の瓶を手に取るとカウンターに向き直り、手にした瓶を二人にラベルが見えるようにカウンターの上に置いた。

 まず二人の目を引いたのは瓶の色と形だった。爽やかな緑色に丸みを帯びた三角柱のような特徴的な形の瓶に雄々しい角をした鹿が刻印されており数秒ほど魅入ってしまった。

 見たこともない未知の酒にマリーのカクテルに対する期待が高まる。


 「こちらのボトルがベースとなるお酒、グレンフィディックの12年です」

 

 「ほほーう、ということはウイスキーベースのカクテルか」


 青髪の女が訳知り顔で頷く。


 「ウイスキー?」


 「聞いたことのない酒ですね」


 揃って首を傾げる二人に清水は説明を続ける。


 「ウイスキーは麦芽や穀物を原料として、それらを糖化、発酵させた後に蒸留して、さらに樽の中に入れて熟成させたお酒のことです。その中でもこのグレンフィディック12年はオークの樽で最低12年間熟成させたシングルモルトです」


 「シングルモルト?」


 「原料に大麦麦芽のみを使用して造られたウイスキーを『モルトウイスキー』、さらに単一の蒸留所で造られたモルトウイスキーを瓶詰めしたのが『シングルモルトウイスキー』です」


 「なるほど、造り手のこだわりが強い酒ということだな」


 「その通りです。では―――」


 清水は冷蔵庫からミネラルウォーターのボトル、カウンターの中からコースターを二枚、タンブラーを二個取り出し、グレンフィディックのボトルの横にミネラルウォーターの瓶を置き、さらにその横にコースターを敷き、その上にタンブラーを並べると顔から笑みを消し、一瞬で真剣な表情へと変わる。

 まず、氷の形と大きさを吟味し、選んだ氷をトングでタンブラーの中に組んでいく。次にバースプーンの螺旋部分を小指以外の4本の指で軽く持ち、タンブラーと氷の間に差し入れ、スプーンの背をタンブラーの側面に沿わせて軽く数回程回し、氷の角を取り、タンブラーをアイシングする。表面にうっすら霜がかかった時点で回すのをやめ、バースプーンを一旦取り出す。バースプーンで氷を上から押さえながら溶けた氷の水を切る。

 そこにメジャーカップで計ったグレンフィディックを注ぎ、再度バースプーンを差し入れ、始めはゆっくりと、徐々にスピードを増しながら十数回ステア。キュルキュルと僅かな音を立てる。またバースプーンを取り出す。

 仕上げにミネラルウォーターのボトルをゆっくりと傾け、軽く静かに数回ステア。

 マリーとリーネの二人へと向き直った清水は再び笑みを浮かべ、二つのグラスを軽く前へ押す。


 「どうぞ、水割りでございます」

 

 「水……割り……」


 「き、貴様ーーっ!! 何を出すかと思えば、ただ酒を水で薄めただけではないか!! 我々を馬鹿にしているのか!!」


 呆気にとられるマリー。対照的にリーネは声を張り上げながら立ち上がる。


 「まあ、落ち着きなよ金髪のお嬢ちゃん。確かに初めてのバーでいきなり水割りを出されたら怒りたくもなるだろうけど、ケンには何か考えがあって―――」


 「イヴさん」


 激昂するリーネを宥めようとするイヴと呼ばれた青髪の女を清水が目配せをして制する。


 「おっと、流石にこれ以上は無粋か。ま、騙されたと思って一口飲んでみな?」


 「それはまあ良いのだが、イヴと言ったか? 貴公、以前何処かで会ったか?」


 改めてイヴと呼ばれた青髪の女の顔を見つめるマリー。まだ酒が抜けきっていない頭にぼんやりとだが何処かでこの顔を見た記憶があるような気がした。


 「さてね、この店じゃ顔見知りに会っても詮索はしないか、初対面として接するのが客同士の暗黙の了解だからね。 あと客の名前も本名じゃなく、その客のお気に入りの酒やカクテルの名前で呼んでるね」


 そう言うと、イヴはもう言うことは無いとばかりにカウンターの方を向き、自分の手元に置かれたグラスを傾け始めた。


 「ふむ、左様か。では、いたただくとするか。リーネも、怒るかどうかは飲んだ後で決めよ。良いな?」


 「う……ぐ、わかりました」


 マリーに促され、不承不承ながら座るリーネ。

 二人はカウンターに置かれたそれぞれのグラスを手に取り口へと運ぶ。

読んでくださりありがとうございました。

後編に関しては気長に待っていただけると幸いです。

誤字脱字等ございましたら、お気軽にご指摘ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] バーテンダーさんの動作の描写が丁寧で、氷を入れる姿とステアする動きが鮮明に想像できます。 やはりバーテンダーが居てこそのバーなので、細かな動きの描写があるのは読んでいてとても嬉しいです。 …
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