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1 気付けばそこは

「ねぇ、ちょっと。大丈夫」


とんとんとん、と肩を叩かれている。大丈夫、と返事をしたいけど声が出ない。


ところで何故背中が床についている感触があるのだろう。ぼんやりとしながら身体を起こす。さっき声を掛けてくれた子がため息をつく。


「階段踏み外すとか何やっての。本科生に見られなくて良かったね」


うん、と頷いて私が落としたのであろう教科書と筆記用具を受け取り歩き出す。廊下の端の端を歩き、角は直角に曲がる。前を歩く彼女が入った教室に続けて入る。彼女の名前、なんだったろうか。彼女の斜め後ろになんとなく座ったが、席は合っているのだろうか。というか、ここはどこなのだろう。私は病院で寝ていたはずじゃなかったかしら。


そう考えたところでチャイムが鳴り、先生と思われる女性が入ってきた。明るい茶髪をさらりと下ろし、姿勢よく歩く姿にうっとりする。


「では、今日のテーマは1980年代のアメリカでしたね。各自調べてきましたか。ニューヨークのカフェという設定でやってみましょう」


男役と娘役はくじ引きで決めましょう、という先生の言葉に思考が停止した。男役?娘役?そう気づくと自分の着ている制服がグレーの憧れの物だと気付く。教室も自分が知っているものとは違うが、それらしい雰囲気だ。思わず立ち上がる。


「ここ、宝塚音楽学校じゃないっ」


ガタっと音を立てて立ち上がった私を教室中が見ている。どうした、何言ってるんだ、という視線が突き刺さる。いや、しかし私も聞きたい。何故自分がここにいるのか。私はただのファンだったはず。


呆然とする私に先ほど、教室まで一緒に来た彼女が立ち上がり先生に声を掛ける。


「あの、実は高橋は先ほど階段で転びまして。頭をぶつけました」


それでちょっと様子がおかしいのかも、と続ける彼女の声を聞いて自分の名前が高橋だと知る。そうだ、高橋華17歳。宝塚歌劇団に唯一入団出来る音楽学校にこの春入学した。中学2年生で母親に連れて行って貰った宝塚にドはまりして、自分も入りたい!と受験すること2回目。なんとも運良く合格出来た。


一次試験で「46番。たかはしはな 2回目」と言ったこと、二次試験のバレエでしっかり振りを覚えられたこと。合格発表の掲示板の前で母親と飛び跳ねたこと。ちゃんと覚えている。なのに、頭の中の私は別人だ。


そこに思い至って私は意識を手放した。またしても、彼女に「大丈夫」と聞かれるが答えることが出来ないまま気を失った。


目を開けると白い天井が見えて、あぁ寮の部屋だな、と思った。そうだ、今日ずっと一緒に居てくれた彼女は同室の須永結衣ちゃんだ。大分寝たのか頭がすっきりしている。今の自分は17歳の宝塚音楽学校予科生(2年通う内の1年目、新入生ということだ)だが、私には所謂前世、過去の記憶がある。よくあるお話なら今世は異世界だったりするが、これはどう考えても未来に生まれ変わったようだ。


過去の自分はただの宝塚ファンで、最後の観劇は星組さんの「さくら/シークレットハンター」。その観劇の2週間後、急に倒れて病院に運ばれた。くも膜下出血だったようで、病院に運ばれたものの間に合わず、あっさりとこの世を去った。享年68歳。そう、別に若くして死んだ訳ではない。病院の枕元には夫は勿論、息子夫婦や娘夫婦、息子に孫も来ていた。喋ることは出来なかったがぼんやりと覚えている。子供たちや孫ともう少し一緒に居たかったし、水夏希さんのエリザベートはとっても楽しみだった。宝塚歌劇団100周年までは元気でいるぞ!と観劇する気満々で居たから後悔が無いと言えば嘘だ。でも、しかし。生まれ変わってタカラジェンヌ(まだ音楽学校生だが)になるとは誰が思うだろうか。いや、思わない。


「って、いうか今2060年ってことは100周年なんてとっくに終わってるじゃない」


衝撃。なんてこった。100周年の時のトップスターは誰だったのかしら。今の私の記憶には最近の出来事しか頭にない。ファンになって3年ほどじゃそりゃそうだ。多少過去の作品を見てはいるがその程度。名作を少し押さえたくらいだ。


気になる!まだ授業中なのか静かな校内をこっそり速足で歩き、図書室兼資料室に駆け込む。中には一般図書の他に宝塚の雑誌やパンフレット記録資料がたくさんある。取り急ぎ100周年の2014年前後の資料を端から手に取る。


「花組明日海りお?月組龍真咲?雪組早霧せいな?星組柚希礼音?宙組凰稀かなめ?」


待って待って待って。私の記憶と組が合ってるの月と星だけでは??みりおちゃんが花組さん??ちぎちゃんが雪組さん?かなめちゃんが宙組?!何故???逆なの??混乱の極みである。その過程を見られなったことが残念でならない。夢中になって雑誌や書籍を読み漁ってから部屋へ戻った。

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