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魔獣警報

side 魔法少女

 現代社会において、国家の文化・文明レベルの指標の例として、魔獣警報が挙げられる。


 読んで字のごとく、魔獣が市街に出現した際に発生する警報のことだ。隣の藻取町では年に一度鳴るか鳴らないかと言った具合だが、宝刀市では週に一度は高確率で発生する。一週間に二度発生する時期もあるが、二日前に鳴ったばかりなのに鳴るというのはかなり稀なパターンだ。


 少なくとも、魔法少女『アンカー』貝塚かいづか苗美なえみが宝刀市の魔法少女になって七年の間には初めてのことだった。否、自分が魔法少女になるよりも前、物心がついてからの記憶にはない。幼少期は魔獣警報のペースなど気にしていなかったため、本当になかったかと言われると確証はないのだけど。


 周辺の通行人たちも同じ思いなのか、少し驚いた顔をしている。一昨日のキマイラの群れの襲撃は全国ニュースになるほどの大規模なものだった。記憶が薄れる間もなく警報が鳴れば、どれだけ魔獣警報に慣れた現代人であっても若干の不安は感じようというものだ。


「あれ、珍しいね。一昨日も鳴ったばっかりなのに」


 しかし、苗美の隣にいる少女、一山みかはそうではないらしい。のほほんとした様子で他人事のように言っていた。町で魔獣警報が鳴っても他人事で済ませる人間は少なくないが、彼女の場合は事情が違う。


 みかは、苗美と同じ魔法少女なのだから。


「みかさん」

「あ! なえみん、今日からは先輩と呼んでよ。同じ高校に通うんだから」

「はあ……」


 溜め息とも返事ともつかない声を吐き出して、苗美は目の前にいる『高校の先輩』にして『魔法少女の同僚』である一山みかを確認する。


 宝藻大学付属高等学校二年生、一山みか。またの名を魔法少女『テンペスト』。担当は通っている高校がある宝刀市ではなく家がある藻取町である。しかし、藻取町では滅多に魔獣警報が鳴らないほど魔獣が出現しない。変身・戦闘は宝刀市から救援要請が有った時だけになる。そのため、魔法少女『テンペスト』は世間的には宝刀市の魔法少女と認識されている。『テンペスト』だけではなく、周辺地域の魔法少女はほとんどそうであろう。


「では改めて、先輩。今日は任せていいですか?」

「あれ? 今日は私ひとりでいいの?」


 確認の形を取っているが、苗美がどういう答えを出すかはすでに確信があるような態度だ。


 この宝刀市担当の魔法少女は『アンカー』だ。そのため、担当魔法少女である『アンカー』の許可なしで他の魔法少女が戦闘行為を行った場合、後に問題になることがある。


 魔法少女同士の縄張り争いは過激な地域もあるが、この宝刀市付近はそうでもない。少なくとも、苗美は隣合っている町の魔法少女の誰かが宝刀市で魔獣退治をしていても、問題行動さえなければ抗議するつもりはない。横取りとなると話は違ってくるが。


 というのも、この宝刀市を除いた周辺地域は魔獣警報の頻度がかなり低いのだ。人前に魔獣が出没するようになってからそうだったらしいが、四年前から偏りが極端になってきた。この町にばかり出現して他の町には現れなくなってきた。


 あまり自分ひとりで魔獣を狩っても仕方がない。周辺地域の魔法少女にやっかみを買うことは必至であるし、自分ひとりで対処しきれない規模の大群が出現した場合、戦闘経験のない魔法少女に救援要請を出しても仕方がないのだから。


 特に、一昨日のキマイラの群れに関してはほとんどがヒーローグループ『プレシャスファイブ』に倒されてしまったため、魔法少女側は経験値を稼げずにいる。


 通信魔法で他の魔法少女から救援要請の要請が入っていたら少し悩んだであろうが、今のところ連絡はない。早く決めてしまった方が色々と簡単になるため、苗美は頷いた。


「いいですよ。今回はお譲りします」

「え? 一緒に行かないの?」

「行きませんよ。この間のキマイラの時は私が出ましたけどね」

「ふーん。そういえば、ニュースだと魔法少女のことに触れてなかったね。どうしてだろ?」

「そりゃ世間にとって魔法少女は扱いづらいからですよ。まして、ここはヒーローが有名な町ですから圧力がかかります。ネットじゃ話題でしたけどね」


 ヒーローのようなランクも、エクソシストのような階級も、魔法少女にはない。命令系統自体が存在しない。基本的に立場に上下はないことが、魔法少女の特徴の一つだ。


 魔法少女に規則はあっても統率はない。魔法の得手不得手、魔力の強弱はあれど、優劣の差はない。魔法少女には頂点も底辺もない。共通の信仰なく、共通の信念なく、共通の未来なし。


 全ての魔法少女は対等だ。故に『魔法少女同盟』。


 ……もっとも、『同盟』が宣言されたのは、百年前の第一次怪獣災害の時だ。魔法少女自体は四千年も前から存在したことを考えれば、つい最近の話になる。それまでは本当に規則もへったくれもなく、近隣の魔法少女との不文律が唯一のルールだったらしい。


 縄張り争いや獲物の取り合いによる同士討ちが絶えなかった、と苗美を魔法少女にした『精霊』は言っていた。百年前まではそれで問題がなかったというのだから恐ろしい。苗美は自分が魔法少女の中でも強い方だと認識している。だが、決して最強だとは思っていない。


 最強の魔法少女とは、かの怪獣災害で活躍した先輩方のような存在を指し示す言葉だ。苗美が精霊から魔法少女の勧誘を受けた時、かの魔法少女『デスメタル』や『トゥルーゲート』への憧れが脳裏にあったのは語るまでもない。


「――コロッテ!」

「呼ばれて参上だわん!」


 みかが手を叩くと何もない空間から突如、パグのような謎の生物が出現した。顔は間違いなくパグなのだが、骨格の作りが明らかに犬のような四足獣ではないし、ファンシーな天使のような翼が生えている。


 異世界からの訪問者、精霊だ。通常の動物とも魔獣とも違う。当然、人間とも怪獣とも違う。全く地球とは異なる世界からやってきた魔力を持つ生物。


 魔法少女とは、この精霊たちと契約した少女たちのことを指す。……すでに二十年以上魔法少女をしている魔法少女もいるため、絶対に『少女』ではない魔法少女も世界には少なからず存在する。そのあたりの詮索をしないのも同盟の規則である。


「行くよ、メイクアップ!」


 みかの全身から光が発せられる。光が止むと、そこにはオレンジを基調としたヒラヒラとしたリボンやレースが特徴的なコスチュームを身に包んだ魔法少女がいた。手にはファンシーなデザインのステッキを持っている。


 モチーフに差はあれど、魔法少女の衣装はだいたい同じだ。『かわいらしさ』や『美しさ』が強調されたデザインになっている。時折、宝塚ばりに『カッコよさ』が重視された魔法少女もいる。


 魔法少女『テンペスト』はかわいらしさ重視の衣装だ。魔法少女としては王道の姿と言える。


 見た目は普通の女子高校生が突如として発光して魔法少女に変身したというのに周囲の人々は全く此方を見ない。意識すら向けていない。


 これは魔法少女の基本能力の一つ『認識阻害』のおかげだ。流石に大きな魔法を使用すれば気配を隠すことは不可能だが、変身してそこにいるだけならば認識を完璧に阻害する。そこにいないものとして、同胞である魔法少女を除いて、誰もが認識できない。この認識阻害があったからこそ、魔法少女は四千年近く世界からその存在を隠して活動できたのだ。


 道のど真ん中にも関わらず、道行く人は精霊の出現にもみかの変身にも気づかない。強制的に認識をずらされている。


 これは顔についても同じだ。


 魔法少女は顔を隠さない。だが、誰も魔法少女の変身前の姿を見つけられない。それはこの認識阻害のおかである。顔を見たにも関わらず、それが変身する前の人間と一致しないのだ。写真や映像などで見ても同じである。声にも同じように認識阻害が入るようになっているため、あらゆる手段で同一人物の特定は不可能なのだ。


 魔法少女同士は例外である。当然、お互いの正体がバレないようにすることはマナーであり規則である。これは魔法少女も精霊も注意していることだ。『魔法少女同盟』の最重要機密と言えるため、守れなかった魔法少女には罰が下る。


 精霊との契約が切れ、魔法少女の資格を失い、魔法少女に関するあらゆる記憶を消すという罰を。


「じゃあ行って来るね、なえみん」

「変身した姿で変身していない者に普段の態度で話しかけるのはマナー違反ですよ」


 わざわざ言うほどのことでもないため同盟の規則には記されていないが、四千年続く不文律の一つであろうに。


「おっと、『下敷きに物々しい蟻』だったね」

「は?」

「それを言うなら『親しき者にも礼儀あり』だわん」

「そう、それ」

「適当に言い過ぎでしょ」


 あるいは、最初から適当に覚えているのかもしれない。どうして国どころか生まれた世界が違う精霊に、純日本育ちの女子高生がそれほど難しいわけでもない言葉を訂正されるのか。


「早く行かないとブレブレファイブに先を越されるし、急ぐね。と言っても、気配を探さないといけないんだけど」

「プレシャスファイブですよ。地元で一番有名なヒーローグループの名前くらい覚えましょうよ」

「ん~。私にとって一番のヒーローはいっちゃんだからな~」

「だから正体を特定するようなワードを出すのはやめましょうね」


 苗美は頭痛がしてきた。『いっちゃん』とはみかの幼なじみ、湯上一黄のことだ。みかの話でしか知らないが、魔力欠乏症なのにヒーローになった変わり者だ。写真で見た限り、顔は中の上くらいだろうか。もう一人の幼なじみである七篠蒼月は上の上だが。


「お、あっちに魔力の乱れを発見したよ。よし、しゅっぱーつ!」

「待つんだわん!」


 今度こそみか――もとい、魔法少女『テンペスト』は魔力の乱れを感知した方向に飛び立つ。相棒のコロッテもそれに追従する。


 認識阻害やビームと並ぶ魔法少女の基本能力、『飛行』である。認識阻害はともかく、飛行とビームは個人のセンスが大きい。飛行のテクニックに関しては『アンカー』が上だが、ビームの威力や飛行の速度に関しては『テンペスト』が上だ。


 と言っても、魔法少女の性能の個人差はヒーローやエクソシストほど大きくはない。


 例えば、ヒーローであれば変身ベルトの性能と装着者の元々の身体能力・魔力に変身後の能力が左右する。プレシャスファイブの『赤』、シャイニングレッドなど良い例だろう。ゲ―ティアシリーズに適合するだけの魔力を持ち、身体能力も高い。若さゆえの実戦経験の少なさはあるが、それもこの宝刀市ならばすぐに克服し、将来的には世界屈指のヒーローになるというのも夢ではない。


 エクソシストに関しては情報が少ないが、似たようなものだ。生まれつきの魔力や修行量、実戦経験などが戦闘能力に大きく左右する。更に、どの組織に属しているかにもよるが、エクソシストにはその積み重ねた歴史がある。ほとんど道具に頼っているヒーローに比べて、魔力の扱いに関しては一日の長があるだろう。


 だが、魔法少女に関しては変身する少女の元々の魔力は当てはまらない。身体能力も経験も適応されない。と言うのも、魔力自体は精霊のものだからだ。そして、精霊の魔力はこの宇宙とは全く違う仕組みらしく、変身前の人間の能力の差など微々たるものなのだ。


 おまけに、最強のヒーローや最高のエクソシストであっても、平均的な魔法少女と性能面では大した差はない。むしろ一般的な魔法少女より強いヒーローやエクソシストなど世界的に見ても両手で数えられると言われるほどである。魔法少女は絶対数こそ少なく、ヒーローやエクソシストのような社会からの直接的な援助こそ認められないものの、個体としての強さは一騎当千なのだ。


 だからこそ、苗美は何の心配もしていなかった。


「苗美、いいのかにゃん?」

「あ、ニャンパス」


 苗美の肩に、マンチカンのような猫っぽい精霊が乗っている。


 苗美こと魔法少女『アンカー』の契約した精霊ニャンパスである。先程のコロッテと同じように、見た目は地球上の生物に近いが、明らかに既知の生物とは違う箇所がいくつもある。しかし、知性を感じる表情などから魔獣とも違う存在であるとは明らかだった。


 周囲の一般人に珍獣だと騒がれないように認識阻害をきちんと発動させつつ、ニャンパスは言う。


「『テンペスト』に任せておいて大丈夫? あの子、だいぶドジっ子じゃない?」

「大丈夫でしょう。ドジと言っても日常生活であって、戦闘だとヘマらしいヘマはしてないし。万が一でもコロッテがフォローしてくれるだろうしね」


 ほんの数日前にキマイラの群れが出たばかりである以上、群れの討ち漏らしでほぼ間違いない。違ったとしてもオーガとゴブリンの群れか、ユニコーンくらいだろう。『テンペスト』は無事に魔獣を倒して戻ってくる。プレシャスファイブが早く動いて横取りされるくらいはあるかもしれないが、あの落ち着きのない同僚にはそのくらいのダメージがあっても良いだろう。それはそれとして、日常生活でも『同じ高校の先輩後輩』という繋がりが出来たのだから、イケメンの幼なじみを紹介してもらってもいいかもしれない。


 そんなことを考えていた。露程も自分も行くべきであるとは思いつかなかった。


 この時の彼女を責めることは酷だろう。予想できない事態が発生していたのだから。予知できない時代が始まろうとしていたのだから。


 精霊がこの世界にやってきて四千年。魔法少女が魔獣と戦い続けて四千年。人類が魔獣を認知しない間も戦い続けた彼女たちであるが、魔獣とだけ戦うことが魔法少女たちの目的ではない。あるいは、魔獣との戦いは精霊の目的の副産物に過ぎない。寄り道で、堂々巡りをしているとも言える。


 精霊と魔法少女の真の目的。それは、五千年前に精霊の世界から地球に逃げてきた魔王アンノウンを見つけ出し、滅ぼすことに他ならない。


 今日まで魔王アンノウンは痕跡を確認こそされど、その実態を掴めたことはなかった。すでに別世界に逃げたとも、死んでいるとも考えられた。魔法少女の中には魔王の存在を半信半疑である者も多く、精霊たちも魔王を見つける日を諦めていた。だから、苗美がそれが今日であると察知するのはほとんど不可能であったと言える。


 四千年の停滞が終わり、五千年の夢想が目覚める。


 人類の歴史が動き出す瞬間に立ち会えなかったことを、貝塚苗美は魔法少女をやめるまで後悔することになる。


 そんなことを知らない苗美は軽い気分で呟くのだ。


「あーあ。キープレート様が来てくれるなら私も行くんだけどなー」

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