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生徒会

side エクソシスト

 七篠蒼月は、退魔の家系の生まれである。


 彼自身も退魔の能力を持ち、世間ではエクソシストと呼ばれる存在だ。退魔士という言い方が由緒正しいのだが、現在では世間に合わせてエクソシストという呼称を用いることが同業者の中でも一般的だ。


 世界にはエクソシストの組織が多くあるが、蒼月と彼の一族が所属している組織は『十神家』という名前だ。同業者には『宗家』と呼ばれ、日本最大規模の退魔組織である。一般的に世界が魔獣を認識するようになったのは百年前とされているが、『宗家』は千年前から異形と戦ってきた由緒ある組織だ。


 一絶ひとたち二締ふたしめ三織みつおり四束したばね五床いつどこ六炭ろくずみ七篠ななしの八波はちなみ九道くどう


 九の家系で構成されており、それを当主たる十神とおがみぜろが統括している。


 主な役割は異形を殺すこと、そして人を守ることだ。


 世間には各家の名称は勿論、『宗家』という通称さえ知られず、その規模も実態も不明なものとして扱われている。これは『宗家』が特別なのではなく、どのエクソシスト組織も同じである。例外はヴァチカンの聖十字部隊くらいなものだ。


 蒼月の両親も『宗家』の出身だ。父は七篠本家当主の実弟の息子であり、一級の実力者だ。母は三織分家の三笠みかさの出であり、蒼月の生まれ故郷である空無そらなし市を守護していた。


 だが、八年前、怪獣災害が発生した。


 あのような天変地異、防ぎようがないし予想のしようがない。誰もが第二の怪獣という可能性など忘れていたし考えないようにしていた。だが、発生してしまった以上、責任や過失がないとしても誰かが責任を負わなければならなかった。


 空無市の管理権は、七篠から『宗家』へと変わった。怪獣災害の後、どういうわけか魔獣が異常発生することが多くなり、両親だけではどうやっても守り切れなかったことが大きい。


 第一次怪獣災害の時、世界中で魔獣が発生した。『ドラゴン』討伐後のニューヨークにも魔獣は出現したが、世界中が似たような状況であったため、ニューヨークだけ魔獣が多かったという記録は残っていない。


 だが、第二次怪獣災害の際は空無市にだけ魔獣の大量発生が確認された。空無の周辺地域はその余波を受けたが、世界中の他の場所で魔獣出現率が変化したという記録は見られなかった。この差が何なのかは専門家にも分かっていない。『ドラゴン』と『タイタン』では、出現の条件が根本的に違うのではないかという見方が一般的だ。そもそも同じ怪獣と分類して良いのかさえ答えが出ていない。


 もっとも、空無の魔獣出現は四年前に急に落ち着いた。四年前に何があったのかは分からない。これもまた専門家の頭を悩ませていることだ。何せ前提条件が怪獣にまつわる話だ。条件の整えようがないというのが実態である。


 それでも、空無の管理が『宗家』から七篠に戻ることはない。怪獣出現の原理が分かるまで、あの土地は『宗家』が管理することになるだろう。あるいは未来永劫、管理権が変わることはないのかもしれない。


 それを理解した時から、蒼月の夢はあの土地を取り戻すことになった。『宗家』から取り戻すのではない。魔獣から、怪獣から、魔王から、あらゆる異形から奪い返すのだ。


 親愛なる幼なじみたちと一緒に、あの町に帰る。


 それこそが現在『宗家』の若手ナンバーワンエクソシストと評価されている七篠蒼月の夢であり、絶対的な人生の目標であった。当然、幼なじみを含めたあらゆる人々の生命と安寧を守ることも誓っている。それが稀代の才能を生まれ持ち、怪獣をこの目で見た自分の使命なのだと確信しているからだ。


 第一の怪獣が出現したのは百年前のニューヨーク。実物を見た人間など『宗家』にはいない。第二の怪獣である『タイタン』にしても、目撃者は『宗家』では現場にいた蒼月と母だけだ。あの日、父は外部の魔獣討伐の救援に出かけていた。


 怪獣がいなければあの町は平和だったから、管理者が町の外に出ることを誰も抵抗がなかった。万が一魔獣が出たとしても母が対処できるはずだった。危険なことなどあるはずがなかった。胸騒ぎなど何も起きていなかった。


 当日に父ひとりがいたとしても何ができたかは分からない。だが、土地の管理者から外されることはなかったのではないかと思ったことは一度や二度ではない。誰が予想で来たわけでもないし、予想したところで一体何ができたかも分からないが、とにかく、ただ後悔だけが残った。


 災害後、土地の管理権を失った蒼月たち七篠一家は全国を転々とした。汚名を返上するために。名誉を挽回するために。責任を感じているのは父だけではない。母もそうだ。そして、蒼月自身も鍛錬を重ねた。最後に一家がまともに会話をしたのはいつだろうか。


 大切な幼なじみたちがどうしているのかは知らなかった。災害後、無事であることはなんとか確認できたのだが、それっきりだ。


 だからこそ、とても驚いたのだ。宝刀市守護者補佐官として配属された高校で、一黄とみかに再会したことに。


 運命だと思った。


 一黄は苗字が変わっていたし、伊達眼鏡やら整髪料やらで似合わないオシャレをしていたが、中身はあまり変わっていなかった。『ちゃんとした日本語なのに違和感を覚える話し方』は健在だった。


 みかは幼少期と比較すれば落ち着いたかもしれないが、ハチャメチャな性格は相変わらずだった。肉体面で言えば、背も伸びていたし、かなりの美少女になっていた。


 逆に、二人は蒼月のことを「アイドルかよってくらい顔とスタイルがいいな」「眩いばかりのリア充イケメンオーラ……!」と評価していた。自分よりも二人の方がずっと素晴らしい外見だと思うのだが。


 守るべき物を見つけた。戦うべき理由が増えた。勝つための決意が強くなった。


 自分は必ず、あらゆる魔獣を倒し、人々の平穏を守り、災害たる怪獣や人類の敵たる魔王を滅ぼし、あの町に帰るのだ。一年前の、高校生になって一黄とみかと再会した日、慣れない制服にはしゃぐ二人に誓ったのだ。



「――――いや、重いわ!」



 入学式の翌日、四月二日。始業式後。生徒会室にて。


 入学式・始業式の反省会および新年度の行事予定の確認をした後、昼食を取りながら生徒会メンバーと歓談をしていたら、突然、生徒会長である一絶ひとたち斬勝きりまさがそんなことを叫んだ。


「どうしたんですか、会長。突然叫んだら驚くじゃないですか」


 斬勝は蒼月にとって先輩であり上司にあたる。生徒会としても、エクソシストとしてもだ。


 学校では全国クラスの天才として尊敬の意を向けられている斬勝であるが、エクソシストとしてはそれよりも重要な立場にある。何せ『一絶』本家の当主直系の孫であり、次期当主の有力候補だ。学生の身でありながら土地の管理者になっていることからも実力は明らかだ。しかも、宝刀市は『宗家』にとっても重要な土地の一つであり、蒼月の実家があったかつての空無市とは管理者である意味合いが違う。


 蒼月は自分自身のことを強いと自覚しているが、斬勝はその上を行く。蒼月の父よりも強い。斬勝よりも強いエクソシストなど、本家当主やそれに準ずる補佐官の歴々くらいだ。


 先日、一黄が斬勝を苦手だと言っていたが、確かに一般人にはこの超人オーラは耐えがたいかもしれない。蒼月は一黄も負けず劣らずすごい人物だと評価しているが。


「いや、『驚くじゃないですか』ではないぞ、蒼月。俺の方がびっくりだ。驚天動地の限りだよ。まさか食事中の話題として軽い気持ちで今年度の抱負を聞いたら、運命だの誓いだのという言葉が出てくるとは思わなかった」

「え?」

「何で分かってないんだ、こいつ」


 心底不思議そうな蒼月に、斬勝は顔を引きつらせる。何事にも動じないことを求められる一絶当主候補の彼にはあるまじき態度だ。無論、斬勝とて親しくない者や競争相手の兄弟の手の者の前ならばこのような顔はしない。油断していたというのもあるが、それだけこの場にいる三人に対して気を許しているとも言える。


「……会長。七篠のアレっぷりは今更ではないかと」


 そう言うのは、生徒会副会長、九道くどう美冬みふゆだ。高校三年生。外見的特徴を簡単に上げるなら、涼しげで切れ長の目が特徴的な美人。蒼月はあまり興味がないが、胸部の自己主張がすごい。本人は「かわいい下着が選べない」「肩がこる」「異性・同性を問わず視線が集まって面倒」とあまり嬉しくないようだ。


 彼女も『宗家』の人間で、九道本家の一人娘だ。腹違いを含めた兄弟が五人いる斬勝とは異なり、跡取りになることはほぼ確定だろう。現在の九道当主は彼女の祖母であるため、家を継ぐのは早くて二代後になるはずだ。


 生徒会では美冬の方が立場が上だが。エクソシストとしては実力も階級も土地の守護者補佐官の蒼月の方が上となるため、正直距離感が難しい相手である。美冬の方もそう思っているのか、現在の生徒会メンバーの中では唯一、蒼月を苗字で呼ぶ。


 余談だが、斬勝と美冬は幼なじみと言っていい関係にある。生徒間の一部では恋仲ではないかと噂もあるが、近くで見ている蒼月からするとそれは絶対にないと言い切れる。この二人はお互いを友人あるいは同僚としてしか見ていない。強い信頼関係はあるのだろうが、それが恋愛感情になるかと言われたら別である。反面で、いきなり結婚すると言い出しても納得するだけの何かもある。


 閑話休題。現在は蒼月についてだ。


「アレっぷりって何ですか、副会長」

「……ちょっとは自覚したら?」


 美冬は本気で呆れたように溜め息を吐き出した。


「そういえば、一黄が以前、『副会長さんは溜め息吐き出すだけで絵になるよな』って言っていましたね」

「……それを聞いて私にどうしろと?」

「いえ、別に。ただ思い出したので口に出しただけです。ちなみに、それを聞いたみかが『いっちゃんもおっぱいが好きなの?』と聞いてたんですけど、『嫌いな奴がいるのかよ』って返していました。みかも発育が悪い方ではないんですが、やっぱり副会長と比較すると気にしちゃうんですかね」

「なあ、蒼月。我が副官。それを俺たちに話してどう言って欲しいんだ?」

「特に何か言って欲しいわけではありませんよ。ただ、二人のにこやかな日常の情報を共有したかっただけです」


 会長と副会長が「マジかこいつ……」という顔をしながら頭を抱えたり眉間を押さえたりする。そんな反応をされても、蒼月は解せないだけなのだが。


「そ、蒼月くん自身はどう思っているのかな?」


 口も箸も止まった二人に対して何か言うべきか悩んでいる蒼月に問いを投げかけてきたのは、三織みつおりゆらり。生徒会会計で、蒼月と同じ二年生。


 三織直系の娘であるが、相続権は下から数えた方が早い。エクソシストとしての実力も低く、性格も戦闘向きではないため、現場ではなく裏方の人間だ。


 この町のエクソシストで蒼月と同い年は彼女だけであるため、行動を共にすることは多い。この一年で一緒にいた時間は一黄やみかよりも長いはずだ。戦闘能力はないものの、非戦闘員ならではの立場から世話になっている。いわゆる「相棒」と呼んで差し支えない相手であろう。


 おどおどした態度で頼りない場面もあるが、芯の強い人間だ。


 時々、意図の読めない質問や行動をするため、以心伝心ができているとは言い難い。親の仕事の都合や自分の修行のために全国を転々としていた蒼月であるが、同世代の女子の言動には頭を悩ませることが多い。無論、自分は一般的な男子ではなく、ゆらりも一般的な女子ではないため、一黄やみかを参考にするのは難しい。


 よって、理解できない質問に関してはちゃんと意図を把握しておくべきだろう。質問者と回答者に認識の差があっては正しい回答などできるはずもない。


「どう思っている、とは?」


 蒼月が質問を理解できていないとは思っていなかったのか、ゆらりの顔に動揺の色が走る。


「だから、その、美冬さんのことをどう思っているのかな、とか」

「どうって……普通に優秀な女性だと思っているけど。ああ、世間一般の価値観で美人だとは思うよ」

「……引っかかる言い方ですね」

「すみません。僕は他人の容姿に興味がないので。人間、やはり内面ですよ」


 それを聞いて、斬勝は身を乗り出した。


「蒼月。なあ、蒼月。これはおまえの大好きな幼なじみ――眼鏡の方――の言いそうなことを代弁させてもらう形で言うんだがな」

「はい。何でしょう? 一黄の言いそうなことなら僕の方が詳しいと思いますけど」

「おまえの顔面偏差値と性格と人気で内面がどうこう言うのは嫌味にしか聞こえないぞ」


 自分の顔が上の上であるという自覚が薄い蒼月は首を傾げ、会長の言葉に心底同意しかないゆらりは深く頷き、お手上げ状態の美冬は溜め息を重ねた。


「……そこで自分の意見だと言わないあたり、会長もご自分の顔の良さと性格の悪さと人気の高さを自覚されているようで」

「まあな!」


 斬勝の顔が良いことは蒼月も反論しない。蒼月は容姿と能力と人格が全く別のものであると理解しているが、そうではない人間も多い。容姿も、人の上に立つ者に必要な要素の一つであろう。


「そ、蒼月くん。と、ところで、私のことはどう思っているのかな?」

「ちゃんと頼れる相棒だと思っているよ」


 嘘を言っても仕方がないし、迷う意味もないため、正直に答えた。だが、周囲の温度が下がったことを察知する。特に、副会長からの視線が冷たい。


「相棒……。相棒、かぁ。悪くは、ない。悪くはないんだけど、だけど」

「ひどいな、おまえ。ゆらりに恨みでもあるのか。おまえ、本当そういうところだぞ」

「……せめて『可愛い女の子』みたいなことを言えないんですか、この盆暗は」

「何ですか、皆して」


 ひたすら解せない蒼月であった。

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