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パトロール

 現代のヒーローは原則として『ヒーロー協会』に所属している。


 正確には、ヒーロー協会に所属する隊員をヒーローと呼ぶのだ。事務職や研究職なども、広義ではヒーローと言える。無論、世間的には戦闘職や防衛職といった花形こそヒーローという認識である。


 ヒーロー協会は国際機関である『国際対魔獣機構』を頂点として、東アジアやヨーロッパなどの大州に分かれ、その下に国がつき、更に地域に分かれる。具体的にどのような形態で運営されているかは国・地域ごとに変わる。民営に丸投げしている国もあれば国営としてほぼ軍隊や警察と同じ扱いの国もある。


 日本では民営寄りだ。国や自治体が税金でヒーローを雇っている形になる。税金だけでは経営できるはずがないので、地域企業をスポンサーにしていることがほとんどだ。あるいは、探偵の真似事や便利屋じみた仕事などヒーロー以外の仕事にも手をつけている。


 他の業種であれば法律が面倒臭いことになるような形態だが、『国際英雄法』はそれらを無視できるように設立された。設立当時は面倒事が起きることを承知で、後に改定することも視野に入っていたはずだが、今更その部分を変えると世界各地で支障が出るような状況になっている。そのため、地域の企業や有権者とずぶずぶな支部・出張所も多いとか何とか。


 日本のヒーロー協会は大きく東と西に分かれ、その下に政令指定都市に支部が置かれ、その他の市町村に出張所が配置されている。つまり、一黄の所属を正確に言えば、『東アジアヒーロー協会西日本宝刀支部藻取出張所』になる。


 支部には最低十人の変身ヒーローがいるが、出張所には多くて三人ほどで、変身ヒーローがいない出張所も全国的には少なくない。藻取出張所は変身ベルトがないタイプの出張所である。研究好きの変人がいるため、ベルト以外のヒーローアイテムには困らないが。


 そんな平和な町のヒーローの主な仕事はパトロールだ。低位の魔獣退治だけではなく地域住民のお悩み相談、ボランティアへの参加も入っている。有償になるが、人手が足りない店舗やイベントのヘルプも行う。いわゆる『ヒーロー』らしい仕事よりも、そういった便利屋じみた仕事が多いのが現状だ。


 本日は依頼された仕事もなく、上司から実験の協力も願われなかったため、一黄はパトロールを行っていた。上司の手で改造されたママチャリに、ヒーロー七つ道具の入ったリュックと弁当箱を積み、特に異常もなく、顔なじみの地域の人々と挨拶を交わし、正午を迎えた。


 小さな町と言っても、細かい場所まで見ていれば時間はかかる。ほとんど一日仕事だ。ちょうど半分ほど回ったため、時間的にはちょうど良いペースである。


 住宅街の外れにぽつんとある小さな公園のベンチで、愛妻弁当ならぬ愛妹弁当を広げる。お重のような弁当箱にはハンバーグをメインとして栄養バランスも考えられた食材がいっぱいに入っている。ただでさえ男子高校生という食べ盛りな上、肉体労働がメインのヒーローをバイトにしているのだからこの程度はぺろりと食べられてしまうのだ。味が極上ともなれば箸も進む。


 どれから食べようかと目移りしていると、携帯端末が起動し、着信アリの表示を出す。画面に映し出された送信者の名前を確認し、一黄は一度箸を置いた。


「はい、湯上です」

『お疲れ。蒼月だけど』


 画面に表示された通り、相手は七篠蒼月だった。みかと同じ一黄の幼なじみである。


「はい。お疲れ様。それでどうした? 入学式の手伝い中だろう?」

『入学式はもう終わったよ。その報告ってところかな』

「いや、いいよ、別に。何で俺に報告するんだよ。話したいことがあるなら晩飯の時にしようぜ。あ、それとも行けないとか? だったら桜にも連絡しといて欲しいけど」

『そうじゃないよ。ただ、一黄はどうしているかなって思ってさ』

「俺は貴方が気持ち悪いと思います」

『何でそういう反応するかな!』


 語訳文のような喋り方であるため、蒼月は一黄が本気で言ったのだと理解した。言葉の意味もそうだが、口調が口調だけに余計に距離を感じる。面と向かっていたら物理的に一歩引かれていただろう。


「俺の気持ちは言葉通りの意味です……じゃねえ、だ。脈絡もなくどうしているのか気になって電話するって、恋人か。俺は今、飯を食べるのに忙しいんだよ」

『さっき、みかにも同じことを言われたよ』

「じゃあ俺にも言うべきじゃないって気づいて」

『みかの対応の傷心を癒やして欲しくて』

「俺はあなたが気持ち悪いと思います」


 何か言い返される前に通話を切った。今度こそ食事を始める一黄。


『それにしても聞けば聞くほど不思議な関係だな、おまえたちは」

「はい?」


 一黄がミニトマトを齧った瞬間、連絡が切れたはずの端末から、そのような言葉が飛び出た。通信が切れていなかったわけでもなければ、蒼月がかけ直してきたわけでもなく、別の人間が通信を入れたわけではない。


 端末から発せられた声の持ち主は人間などではない。生物ですらない。


「突然、何の話だよ」

『七篠蒼月と一山みかのことを言っている』

「あの二人がどうかしたか?」

『おまえは先程七篠蒼月の態度を気持ち悪いと評したが、客観的に見ればおまえたち三人の距離感はそれぞれに気持ち悪いからな。仲が良すぎる』


 仲が良いか悪いかで言えば、良いのだろう。事情があるとはいえ、普通の幼なじみは毎朝毎晩一緒に食事など取らないだろう。気持ち悪いとまで言われるのは心外だが。


「同じ年に同じ町で生まれ、同じ土地で育ち、同じ災害を生き延び、一度離れ離れになりながら偶然にも再会すればこうもなるっての」


 湯上一黄も一山みかも七篠蒼月も、藻取町や宝刀市の出身ではない。


 ここから遠く離れた空無市の出身である。県どころか地方が違う。あの町も田舎であったが、都会である宝刀市の隣である藻取の方よりも更に田舎だった。バスや電車が一時間に一本は当たり前で、全国展開しているはずのコンビニやチェーン店は数えるほどしかなく、季節によっては虫や蛙の大合唱で眠れないほどうるさい。そんな町だった。


 一黄があの町を離れることになった契機は何を隠そう、かの第二次怪獣災害『タイタン』である。


 あの災害は全てを奪った。あの怪獣は全てを壊した。当たり前だったはずの日常はあっさり瓦解し、明日も続くはずだった平穏は呆気なく消え去った。


 あの日、一黄は文字通りの意味で全てを失った。その結果、何故か初対面のおっさんに「俺の家族にならないかい?」と誘われて、この町に来た。


 中学生の時、みかがこの町にやってきた時は本当に驚いた。成長して外見は随分と変わったが、中身はあまり変わっていなかった。みか曰く、それは一黄も同じだそうだが。これは高校生になって再会した蒼月にも言われた。


 高校受験が終わった後、春休みを利用して一度だけあの町に帰ったことがある。


 顔見知りの人間とは一人も出会えなかった。期待は最初からしていなかった。みかや蒼月が町にいないことは知っていたし、それ以外の同年代の顔や名前はよく覚えていない。連絡先も分からないから、呼び出すことができない。町をぶらついてすれ違っても全く気付かないだろう。此方も向こうもだ。親の知り合いなどどうやって見つけたらいいのかも分からない。両親の墓がどうなっているかなど分かるはずがないため、慰霊碑にだけ手を合わせておいた。


 二年前の時点で、災害の復興は進んでいなかった。災害後、魔獣の出没も多発していたそうだが、四年ほど前から落ち着いたそうだ。ニューヨークに次ぐ怪獣災害の被災地ということで観光客も来るので、あえて復興の速度は落としているという話をちらりと聞いた。


 もうすぐ、あの災害から八年になる。あの町で暮らしたのは生まれてからの八年間。この町で生きているのは災害から生き残ってからの八年間。あと一年で、人生の時間の割合は逆転する。あの町で過ごした時間はただの過去になる。もうなっているのかもしれない。


 おそらく、みかや蒼月との付き合いを続けているのはそういう面もあるのだ。あの町を、実の両親との時間を忘れたくないという感情が。別に、養父や義妹のことが嫌いなわけではない。ただ、一黄があの二人のことを忘れたら、何が終わってしまうような気がしてならないのだ。


 当然、蒼月やみかのことを友人として好きであるというのもある。目指すものがバラバラである以上、いつかはまた別れの時が来るとは思うが、それまではこの関係を続けていたいのだ。


「彼ら……あいつらは大切な友人だよ」

『そうであろうともな。話を聞けば聞くほど、運命的な再会じゃものな』


 端末から出ている声とはまた別の声が、一黄の脳内に直接響く。此方は端末から発せられるものとは違い、一黄にしか聞こえないものだ。


『だからこそ、儂は面白くない』

「そう言うなよ」

『おぬしたちだけの世界があるみたいで不愉快じゃ。面白くないものは面白くない。超つまらん! つーまーらーん!』


 そんなことを言われても困るのだが。


「しかし、私を最も理解しているのはあなたです」


 一黄の言葉に、『それ』は露骨なほどに態度を変えた。


『そ、その通りじゃ。おぬしのことを誰よりも分かっているのはこの身である。そこだけは譲らぬ。我らは文字通りの一心同体。努々忘れるでないぞ?』

「忘れたことなんかないよ、マゼンタ」

『うむ!』


 満足したのか、頭の中の声は聞こえなくなった。ちょろいなー、と思う一黄だが言葉にはしない。おそらく、口に出さなくても伝わっているからだ。


 端末から再度、声がした。


『一黄。あの蛇の機嫌など一々気にするな』

「……分かってるよ、シアン」

『どうだかな』


 端末からの音声もそれで途絶える。面倒な相方たちに溜め息が増える思いだが、一黄に自由にできる話でもない。できるのならばとっくにやっている。


 空っぽになった弁当箱を片付けて、一黄は自転車を走らせる。


 いつものコースをいつものように走る。


 下水道にスライムが湧いていないか。墓場にアンデッドが発生していないか。森近くにインセクトの巣がないか。神社にも顔を出し顔なじみの神主と世間話をする。商店街を回る時は路地裏のゴミ箱をゴブリンが荒らしていないか。時折、空を見て飛行型の魔獣がいないかも確認する。道路に不自然な亀裂や凹凸がないか。


 異常認めず。形だけの安全確認。平和そのものだ。


 春休みは休日以外、ずっとその繰り返しだった。学生でバイトのヒーローなどそんなものだ。


 隣の宝刀市ならばこうはいかない。あちらは週に一度は魔獣が出るような都会だ。町のパトロールも、単身ではまずやらない。必ず二名以上のチームで行うし、バイトヒーローでも対魔獣用の銃剣装備を許される。その認識の差が、藻取町と宝刀市の危険度の差だった。


 認識の差と言えば、魔法少女やエクソシストに対してもだ。ヒーロー協会の大きな支部がある町では、魔法少女やエクソシストは競争相手という認識だ。しかし、小さな町では魔獣が出現しても魔法少女やエクソシストに任せておけばいいと考える場所もある。世知辛い話だが、予算と人員の都合である。藻取出張所に変身ベルトを持つヒーローがいないのも同じ理由だ。


 ヒーローは高価だ。ヒーローベルトはもっと高価だ。魔獣が一年に一度出るかどうかという町が持つには、量産型であっても無用の長物である可能性が高い。


 安全は安くないと言うが、魔法少女とエクソシストは無料だ。エクソシストに関しては活動予算に国の税金の一部が使われているわけだが、つまりは警察と消防と同じだ。ヒーローと同じように魔獣が少ない地域では配置されている人員は少ないはずだが、彼らの戦闘能力は平均値がヒーローよりも高い。魔法少女など、ひとりでエクソシストの一部隊以上の力を持つ。


 それを考えると、魔獣の出現が少ない街に変身ヒーローがいるなど無駄でしかない。魔法少女やエクソシストを当てにするなど情けない、緊急事態に彼らを頼りにするのは危険だ、実際にどの町にもいるのかは確認できない、という意見もある。だが、他にどうしようもないのが実情なのだ。どうやっても、ない袖は振れない。


 それを考えれば、宝刀市は袖があるから振り回している。才能ある学生ヒーロー五人で結成された『プレシャスファイブ』などその最たる例であろう。全員がベルト持ちで、その内一人は量産型ではなく、かの『ゲ―ティアシリーズ』の所有者だ。


 山一つ挟んで隣り合っていながら、そこまでの差があることは割と珍しいらしい。あまりの格差に、出張所の所長が愚痴をこぼしていた。


 宝刀市のヒーローから見下されるのは気分が悪いが、平和なのは良いことだ。今日も何事もなく終わるであろうと一黄は思っていた。


 夕方、パトロールの九割が終わった。あと少しで、出張所に戻れるはずだった。日報に「異常なし」の書き込みをすれば終わりのはずだった。だが、そうはならなかった。


 町境の山沿いを走っていたら、小学生が近寄ってきた。


「おーい、ヒーローのお兄さん。あっちでスライムいたから退治してー」


 残業にならないといいなと思いながら、一黄は少年の指差した方に自転車を走らせた。

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