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邂逅

 謎のヒーロー、キープレート。


 通常、『謎のヒーロー』などという存在は有り得ない。ヒーローは誰しもがヒーロー協会に所属しているためだ。所属する際に身分を登録される。例外はない。無論、ある程度の理由や特権があれば世間から正体が秘匿されることはある。


 だが、それだけだ。秘匿されるだけで、ヒーロー協会の奥の部分にはその人物に関する記録がある。


 故に、ヒーロー協会が情報を持たないヒーローなど存在しない。そのはずだった。


 そのただひとりの例外こそが、キープレート。


 今よりちょうど一年前から目撃されてきた、正体不明のヒーローである。


 ある時は他のヒーローより現場に駆け付け魔獣を一刀両断した。ある時は魔法少女と共闘した。ある時はどこかへの移動中を目撃さた。


 こうして多くの人々の目の前に現れるのは初めてのことだった。存在そのものが都市伝説じみており、捏造ではないかと言う人間も決して少なくなかった。この場にいる人間ですらキープレート参上を現実として認識するのに数秒を要した。


「――さて」


 巨大ライカンスロープを両断したキープレートは、静かに周囲を見渡した。


「く、ぐぅ……」


 大地に伏したままのシャイニングレッド。自力で起き上がることはできないようだが、致命傷は受けていないようだ。骨くらいは折れているかもしれないが、直に治療部隊も来る。ランクSヒーローならば最新の魔力治療を受けられる。宝刀ならばその医者も設備も問題ないため、明日には後遺症なく動き回ることができるだろう。


「き、キープレートだ!」

「本当にいたんだ、謎のヒーロー!」

「す、すげえ!」

「キープレート様ぁ! こっち向いてェ!」


 必死にケータイを向けてくる野次馬たち。彼らの写真やら動画やらはネットやテレビに流れることになるだろう。これは無視していい。自分の存在はあまり世間に知れ渡るべきではないが、こうなってしまった以上は仕方がない。大体、その手の葛藤は一年前、配信動画に映り込んだ瞬間に無意味になっているのだ。


 感情論を抜きにしても、こうして大衆の面前に出るなど論外だ。キープレートというヒーローはあくまでも不確かな存在でなければならない。まだ時期尚早なのだ。世間に自分の正体がバレるのはもう少し後でなければならない。


 しかしながら、それはあくまでも自分本位の考え方に過ぎない。


 未だに起き上がれそうにないシャイニングレッドを見る。無力な市民の希望でなければならないのに、地に伏した情けないヒーローを見る。


 町を代表するヒーローの死と、キープレートの存在の確定。


 どちらを取るかは明らかだった。こんなところでシャイニングレッド――プレシャスファイブが敗れるのはキープレートにとっても都合が悪い。ヒーローは市民の希望であり、平和の象徴であり、安心安全の指標でなければならない。


 まして、ゲ―ティアシリーズの敗北は歓迎できない。


 これらはキープレートと言うよりは、その中身である湯上一黄の事情であると言う方が正しい。事情というより感情と言うべきかもしれないが、そうなると一黄以外の事情も絡んでくるため定義が難しい。そこまで考えて、どうせ誰に言うことでもないと、一黄は思考を切り替えた。


 優先すべきなのは、自分の感情ではない。シャイニングレッドの治療でもなければ野次馬へのファンサービスでもない。


「…………」


 野次馬からの声は完全に無視しているが、キープレートは感知していた。


 自分の近くに、エクソシストがいることを。そのエクソシストが敵意と殺意を放っていることを。


 気配を感じる方角を見るが、何もない。少なくとも自分の目には何もないように見える。だが、確かに何がいることは明白だ。


「早めに失せるとしようか」


 エクソシストとヒーローが戦っても仕方がない。そこに意味はないとキープレートは知っている。


 観衆の目の前に現れたのはこれが初めてだが、魔法少女やエクソシストとは『キープレート』として対面したことがある。その時の誰かかもしれない。あまり肯定的な感情を抱かせるような接触ではなかったため、この敵意は当然のものとして受け取るしかない。


 こうして無防備に立っているにも関わらず相手が攻撃してこないのは、此方と同じ思惑だからか、単に警戒しているだけか。


 他に魔獣もいないようだ。流石に特異個体の群れなど相手にできない。倒すことは可能だろうが、先程までの危機的状況でも逃げずにいた野次馬を守りながらとなると話は違ってくる。


 愚かだと呆れる反面で、そういうヒトたちも守らなければならない者こそがヒーローであると、一黄は知っている。


 それでも手くらいは振っておこうかと思った瞬間だった。


「ああああああああああああああああああああああああああああ!」


 突然の大声。悲鳴じみた、嘆きの声だ。


 キープレートも野次馬も姿を消しているエクソシストも、声のした方を見る。


「わ、私の経験値ー!」


 そこにいたのは、魔法少女。この宝刀市で目撃されることが多い魔法少女のひとり、『テンペスト』だ。警戒レベルはB。


「計器にも五感にも引っかからないから、魔法少女ってやつは……」


 魔法少女の特徴の一つ、認識阻害。


 その能力は、最新鋭のステルス戦闘機よりも隠密行動に特化したヒーローよりも上だとされている。自分から何らかのアクションを起こさない限り、魔法少女を認識することは誰にもできない。目の前の『テンペスト』のように大声を上げるのが一例であるが、ほぼ確実に攻撃の初手を取れるというとんでもないアドバンテージがあるのだ。……もっとも、魔法少女には、名乗り癖があったり騎士道精神が高かったり攻撃のチャージに時間がかかるといった問題のある者が多く、このアドバンテージを全力で活かせていないのが現状である。そういう者しか魔法少女になれないのか、魔法少女になったらそうなるのかは不明である。


 存在を感知できないだけではなく、認知にも影響を及ぼす。


 例えば、魔法少女の顔を見る。その顔を元に、魔法少女に似ている顔の少女を探すというのは不可能なのだ。何故ならば、認知できないから。魔法少女が『少女である』と認識することは可能だ。だが、具体的に『どういう顔の少女なのか』と認識についてはぐちゃぐちゃになる。髪の長さは分かる。目の色は分かる。肌の白さは分かる。だが、それを繋げて認識することはできない。映像越しに見ようと、絵にスケッチしようと同じだ。


 顔だけではなく体格や声に関しても同じだ。おおかまな特徴――『ハスキーボイス』『英語の訛りがある』『巨乳』『筋肉質』などは認識できるが、そこに踏み込んだ要素を入れると途端に認識できなくなるという不思議な能力だ。


 目の前にいる『テンペスト』に関しても同じだ。キープレートは『テンペスト』の顔を直視しているはずなのに、それがどんな顔なのか具体的に観測することができない。なんとなく美少女であると伝えることは容易だ。しかし、それを口にすることは何故か非常に抵抗がある。別段、キープレート個人に魔法少女を褒めることに抵抗があるわけではない。『テンペスト』のみに抱く奇妙な感覚だ。


 この認識阻害が具体的にどういう論理の能力なのかはよくわかっていない。


 認識阻害だけではなく、魔法少女が行使する『魔法』についてはほとんど謎なのだ。怪獣級に謎の存在と言われる所以である。


 エクソシストの使用する『魔術』に関しては最新の魔力学で解説が可能である。『魔術』と『魔法』が全く違うテクノロジーであることは明白であり、この二つは全く別の能力として考えられることが学会の主流だ。


「あっ! しかもキープレートじゃん。『アンカー』も来ればよかったね。あの子、ファンなのに」


 人を珍獣みたいに言いやがって、と内心でイラっとしたキープレートこそ湯上一黄。しかし、相手に交戦の意志がないと判断したため、無視して立ち去ることにした。早くしなければ『プレシャスファイブ』のレッド以外のメンバーが来てしまう。キープレートは魔法少女のように認識阻害など使えないのだ。変身を解除するためにも、早くこの場から立ち去る必要がある。


 そう判断して踵を返した。と同時に、背後に熱と光を感じた。嫌な予感がして魔法少女を見れば、光るステッキの先端を此方に向けている。


「『マジックキャノン』!」


 認識阻害や空中浮遊に並ぶ魔法少女の標準装備的な能力、ビーム攻撃。『テンペスト』のビームはこの近隣の魔法少女の中でも比較的威力が高いことで知られている。ランクCの魔獣を二撃で倒すほどの威力だと資料で読んだことがある。


「っ、一刀防御『陽炎』!」


 ビームに対して、キープレートに回避という選択肢はなかった。すぐ近くにはまだ動けないシャイニングレッドがいる。彼の命もそうだが、彼が装備しているベルト『アンドロマリウス』まで道連れになってしまう。こんなところでゲ―ティアシリーズの一本が装備者ごと失われるなどあってはならないことだ。


 だからこそ、キープレートは『陽炎』を使った。対魔力攻撃に用いる防御技。魔術だけではなく魔法にも対応できる技となると限られる。性質の違う二つの技術だが、根本には魔力がある。そのため、魔力に対してほぼ完璧に防御できる技ならば防御が可能なのだ。魔力と物理を合わせたら話はまた違ってくるため、他の技を使用する必要がある。


 ビームの着弾に合わせて、応援団が大旗を振るうような動作で、大剣を回すキープレート。すると、ビームは電気が切れた明かりのようにかき消えた。


「え!? いま、何やったの!?」


 驚く『テンペスト』。それがキープレートの感情を余計に煽った。


「何をやったの、じゃねえ。そっちの方こそ何をしやがる!」

「え? あ、ごめんなさい……」


 抗議に対して返ってきた言葉は謝罪だった。まさかすぐに謝ってくるとは思っていなかったため、キープレートは面食らった。周囲の野次馬も隠れたままの『青龍皇子』も同じだった。


「だって、私を無視したから殺していいんだって思って、つい……」


 そして、『テンペスト』が口にした言葉にドン引きした。言葉や態度の所々に『まさか怒られるとは思ってなかった……』という心の声が込められていた。攻撃的ですらない。無視されて怒ったわけではなく、殺して良いと判断したから攻撃したわけだ。


「やべー奴だな、おまえ」

「え? そうだよ。私はやべーくらい可愛い奴なのだ!」

「……私は私の家に帰りたくなりました」


 頭痛のあまり、キープレートとしてではなく湯上一黄としての素が出てしまう始末。


 魔法少女の人格など、一部の例外を除いて、個人では把握していない。名前と出現地域、戦法を覚えるくらいだ。湯上一黄としては魔法少女を目撃した経験すらなく、キープレートとして接触した経験も一度だけで、それは『テンペスト』ではない。だが、このような人格の魔法少女は極めて稀であると断言できる。


 もっとも、一黄がそう思っているだけで、案外、このような性格が魔法少女の中では平均である可能性は否めないが。日本ではそうでもないが、魔法少女の過激な行動が社会問題となっている国は珍しくない。


「……それで、帰っていいか?」

「え? うーん? どうなんだろう」

「首を傾げるんじゃねえ」

「だって私には難しいことは分からないから。魔獣じゃない以上は倒さない方がいいのかな。でも、横取りされたから仕返しはしたいし。ねえ、コロッテ。どう思う?」


 自分では判断しかねると思ったのか、『テンペスト』は御供の精霊に問う。魔法少女のすぐ近くを浮遊する謎のパグっぽい生物だ。


 精霊。異世界からやってきたとも言われる、魔法少女の相棒的な存在。魔獣以上に冗談のような生態をしていると学会でも話題の生命体だ。本当に生命なのかは分からないが。魔法少女と同じく、怪獣災害以来の百年間で研究が進んでいないことの一つだ。


「別に、どうでもいいんじゃないかと思うわん」


 コロッテと呼ばれたパグ擬きも、深く考えた様子はない。適当極まりないと言った様子だ。そこにはこの状況もキープレートも特別だとは欠片も思っていない印象を受ける。


 これは魔法少女や精霊に割とありがちな傾向の一つだ。


 彼女らにとってヒーローなどどうでもいい存在なのだ。変身ベルトができる四十年前と比較すればどうでもないのかもしれないが、基本的に、魔法少女はヒーローを軽視する。ヒーローだけではなくエクソシストも見下している。これは一種、必然的なことだ。


 魔法少女ひとりの方がヒーローやエクソシストの集団よりも圧倒的に強いのだから。


 勝っているのは数だけである。加えて言うなら、社会的な権力か。


「じゃあ、帰るから。――走法『島風』」


 ひゅん、と一陣の風となってキープレートはその場から消えるように立ち去った。


 ずっと隠れたまま、しかし攻撃に備えていた『青龍皇子』も、「逃げ足はやーい」と嘯く『テンペスト』も同じようにこの場を後にした。


 彼らは気づくはずもなかった。


 この瞬間から自分たちや世界の運命が大きく動き出したことを。


 そして、それ以上に、この場に心底愛する幼なじみがいたことなど全く予想だにしていなかった。

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