5.容赦なく・惨たらしく・えげつなく
「おらああ!」
恥ずかしげもなく大声をあげて、サトルが大きく腕を振りかぶると同時、カコンッ、と爽快な音が周囲に響き渡る。
そしてそれは、俺の懐の方へと吸い込まれていった。
「お前、帰宅部相手に本気すぎだろ……!」
「勝負には常に全力で挑むのが、俺のモットーだ!」
わっはっは、と得意げに笑うサトル。汗一つかいてないのが余計に腹立つ。
たかだかエアホッケー程度で本気を出すサトル様に、手も足も出ない俺であった。
額に流れる汗を軽く袖で拭っていると、宇喜多さんが、
「はい、これ!」
と、どこからか買ってきたらしいスポドリPETを持って駆け寄ってきた。
やだ、めっちゃ気が利く子……。
サトルの友達だけあって、人柄は良いのかもしれない。ぷちギャルっぽいところがマイナスポイントだけど。
「悪い、代金は後で払うから」
「お金はいいから! 私が好きでやってることだし!」
「いや、払う。金については後でもめるのめんどいし。ほら、金の切れ目が縁の切れ目っていうじゃん?」
「……流石に、たった百円ぽっちで縁切るほど私って心狭くないよ?」
「え?」
「ちょっと、なにその反応? 私、そんな人だと思われてたの?」
「ソンナコトナイヨ?」
「目を合わせてほしいかな!?」
ほんと元気だなぁ。陽キャっていちいち声を大きくして、疲れないのかね。
俺は宇喜多さんからスポドリを受け取って、ごくごくと。普通に美味い。
そうしていると、サトルがこちらに近づいてきて、
「次は時雨沢さんとシオリがやるんだろ? ほら」
サトルはエアホッケーのプッシャー――手に持つ部分のことらしい――を宇喜多さんに手渡す。
「うん! サトルっち、ありがと! あ、サトルっちにも、これ!」
と、サトルにもスポドリを手渡す宇喜多さん。
「お、サンキュ!」
サトルはそれを受け取ると、「シオリ、頑張れよ。応援してるぞ!」と激励して、宇喜多さんを見送った。
おい、お前は時雨沢を応援しなくちゃいけないところじゃねえの? 好感度ポイント的な意味で。
まあ、優しいサトルのことだから、贔屓するのは良くないとか思っているのだろう。ほんとどこまでもお人好しな奴である。
それに、恋愛病の進度はあまり進んでいなさそうだと、ちょっとだけ安心した。
仕方ないので、俺は自分の持っているプッシャーを、ホッケー台の脇で本を読んでいる時雨沢に渡すことにする。
てか、こんなところに来てまで本を読むあたり、もうね。
「時雨沢、ほれ」
時雨沢に近づいて、プッシャーを差し出す。
俺を一瞥した時雨沢は「はあ……」と憂鬱そうにして、本を閉じた。
「私、運動は苦手なのだけれど」
「うそつけ。お前、小学生の頃はバリバリ体育会系だったじゃん」
そう、時雨沢三徳という本の虫は、昔はかなり暴れてた。運動クラブを転々としては、上級生を完膚なきまでに叩きのめしていたのである。
無駄に高スペックなもんだから、そりゃもう神童だとか言われて、色々なクラブに引っ張りだこだった。
マジでやべー奴。
ただ、中学が別々になって、疎遠気味になっていたのだけれど、高校で再開した時は本当にびびった。
だって、大人しくなっていたかと思ったら、本の虫と化していたのである。
そりゃもう、本に恋でもしてるんじゃねーかってくらい。
「昔の話よ」
「たしかにそうかもしれないけどさ……ほら、宇喜多さんも待ってるから、な?」
「…………わかったわよ」
時雨沢は渋々と言った様子でプッシャーを受け取ると、そのまま宇喜多さんとは反対側の台にポジショニング。
プッシャーを台に置いたと思えば、ほぼ棒立ち。やる気ねえな、マジで。
俺の見立てでは、この試合はサトルの恋愛病治療の一助になるはず……、なんだけど、時雨沢がやる気を出さないとどうしようもない。
どうすっかなぁ。
「じゃあ、いっくよー!」
考えている間にも、宇喜多さんがプッシャーをパック―――サトル曰く、玉っぽいやつをそう呼ぶらしい―――の前で構えると、
「そぉい!」
なんて可愛らしい掛け声を上げながらの強打。
カタンッ、カン、カン、スコッ。
そしてそれは、壁に跳ね返りながら、そこそこのスピードをもって時雨沢のゴールへと吸い込まれていった。
「………あれ、宇喜多さん、上手くね?」
「シオリはよくみんなとゲーセンに遊びに来てたからな。結構慣れてるんだ」
「まじかぁ………」
このままでは計画に支障が出てしまう。
なんて思っていると、
「………………ふう」
時雨沢は懐からとりだしたゴムで髪を後ろに束ねはじめた。
そして、肩幅まで開かれる足。しっかりと落とされる腰。
明らかに臨戦態勢だった。
「………時雨沢?」
「なんか、やる気出したみたいだな」
時雨沢は落ちてしまったパックを拾うと、そのまま台の上に置いて、台の脇へと移動する。
ピンと伸ばされた手。しっかりと狙いを定める瞳。
次の瞬間。
カァンッ! スコッ!
時雨沢によってうち放たれたパックは、白い残像を残しながら、そのまま宇喜多さんのゴールへと掃除機のように吸い込まれていった。
「…………え?」
唖然とする宇喜多さん。しばらくして、自分がゴールを決められたのだと理解すると、そのままパックの回収口へと視線を落とす。
「…………え?」
そして、時雨沢を二度見。
「………すごいな、偶々やったようには見えなかったけど、時雨沢さんってエアホッケー慣れてるんだな」
「いや、わからんが……、多分、そんなことはないと思うぞ」
思い出されるのは俺とサトルの試合中、ずっと本を読んでいたらしい時雨沢の姿。
あの本の虫がこっそりエアホッケーはやりこんでるんです、なんてことがあるとは思えない。
「少しだけ、本気でやらせてもらうわよ」
あれで少しかよ。
「あ、あはは…………て、手加減して、ほしいなぁ?」
再び構えなおす時雨沢に対して、頬を引くつかせる宇喜多さん。
時雨沢のガチっぷりにドン引きである。
時雨沢が急にやる気を出した理由は不明だが、これでいい。
宇喜多さんには恨みはないし、悪いとは思うが、ここは時雨沢に完膚なきまでに叩きのめされてもらうとしよう。
時雨沢の容赦なく、惨たらしく、えげつなくの三拍子をもっての完全勝利を前に、ドン引かないやつなどいない。
はははははは! サトルよ、時雨沢の人を人とも思わぬ所業を前に、幻想を打ち砕かれるがよい!!
結果、試合は3分で終わり、7-1で時雨沢の圧勝だった。
あ、宇喜多さんは、なんかごめんね?
ブクマありがとうございます!