12.親友
引っ越し作業で執筆できない日々が続いてます。すみません。
あらすじ
ゲーセン帰りに幼馴染に告白(?)された
学校近くの夜の公園は、怖いくらいに静かだった。
ジャングルジムと滑り台、ブランコがあるだけで、敷地は小さく遊具も古臭い。周りは林に囲まれていて、時折、車のヘッドライトやブレーキランプが隙間から漏れて見えるのが、まるで監獄の中にいるような錯覚を覚えさせられる。
昨今の節約ムードのせいか、公園に置かれている街灯のうち、明かりがついているのはたった一つ―――――塗装されたガタガタのベンチをぽつりと照らすだけで、我が物顔の虫共が、その光に引き寄せられて群がっていた。
そのベンチに腰掛ける俺はと言えば、街灯のおこぼれにあずかっている、さしずめ飛べない昆虫だった。
ふと地面を見てみれば、玉虫色の昆虫が羽も使わずに這いつくばって、せっせと足を動かしているのが見えた。
お前も行けよ、と思わなくもないのだけれど、今はこの独りの時間を紛らわせてくれる気さえして、仲間意識すらもふつふつと沸き上がる。
それが気のせいだと分かっていても、感じざるを得なかった。
――――かつかつと軽い足音を立てながら、時折、砂利が踏み鳴らされる音が聞こえてきた。
「よ、待ったか?」
俺様の役目はここまでだとばかりに、その声が響くや否や、昆虫は街灯へと飛び立つ。
ありがとよ、よくわからん虫。
「………おう」
街灯の光の円に侵入してくるサトルを見て、俺は小さく手をあげた。
つい先ほど別れたばかりだし、当たり前だけれど、サトルはまだ制服を着ていた。
多分、家に着く前に俺の呼び出しに応じて、ここまでやってきてくれたのだろう。来なかったらこちらから家まで押しかけていたところだ。
「どうしたんだよ、急に直接話したいことがあるって。夕飯までには返してくれるんだろうな?」
「それはお前次第だけどな」
「俺次第?」
素っ頓狂な声を上げて、サトルは眉を歪めながら、俺の隣に座り込む。
それすらも虚構のように見えてしまうあたり、俺もコミュ障を引きずっているなと思う反面、棘のような虚しさが、頭の中を駆け巡る。
ただの勘違いならそれでいい。でも、俺の考えた通りなら――――
その先の未来を想像してしまって、思わずため息を吐く。
それでも、俺はサトルを見据えると。
「―――――お前、時雨沢が好きって、嘘だろ」
その言葉を聞いて、サトルは一瞬だけ眼を見開くと、すぐに諦めたように苦笑した。
「バレるのはええよ……」
「そもそも隠す気あったのかよって、今考えると思うわ」
「そんなに分かりやすかったか?」
「わかりやすいと言うより、違和感だらけっていうのが、正しいだろうな」
サトルは「流石はタカだな」と続ける。
「どこでわかった?」
「そもそも俺に頼んだこと自体がおかしい」
「そもそもってことは、他にもあったかあ」
「………まあな」
サトルの性格なら、俺に頼むような回りくどいことはしないだろう。
最初こそ恋愛病のせいかと思っていたけれど、サトルの行動を見ていると、どうも違う。
時雨沢への態度が恋愛病患者のソレとは全く異なっている。
時雨沢と試合をしたり、俺に時雨沢の好きな人を聞かせようとしたりと、違和感だらけだ。
なにより、サトルらしくない。
俺の知るサトルなら、どこまでも愚直に、馬鹿みたいに、阿呆らしく、別の手段をとるだろう。それこそ、時雨沢からの好感度なんて度外視で、想いを伝えるなんてこともやりかねない。
例えそこに意味がなくても、誰かが困っているのであれば助ける。自己を犠牲にしてでも、それが正しいと感じるのであれば、それをとことんやり通す。
意味もなく、ただ母親が安心するかもしれないなどという不確定な人助けのために、4時間を無駄にし、馬鹿みたいに街中で叫び、挙句の果てには警察のお世話になるような真っすぐな馬鹿が、神殿悟と言う人間だ。
それに―――そこに壁があるのなら、例え勝ち目が薄くても、正面堂々と挑むことがやめられないような。
決して、親友に恋路を手伝わせるような、小賢しい真似をする男ではない。
「俺もまだまだだな」
「…………お前、時雨沢の気持ち、わかってただろ」
俺がそう言うと、サトルは目をぱちくりとさせた。
「―――まさか、告られたか?」
「好きかもしれない、なんてよくわからないいい方されたけどな」
「なんだそりゃ」
「俺だって知らねえよ、お前、少なからず気づいてただろ」
「まあ、あれだけあからさまにタカだけ態度が違ってたらな。本人に自覚がなさそう―――というより、俺もそれが好きなのかどうか、わからなかったんだ」
それに俺は気づかなかったわけだけれど……、というか態度が違っててなのかよ。
クール通り越して冷酷だわ。
「だから、確かめようとしたのか?」
「まあな。あわよくば、お前とくっつけられねえかなーって思ってた」
「余計なお世話だ、そりゃ」
人を好きになるなんて、打算的な感情でしかない。たとえ本人にその気がなくても、人間はどこまでも理性的で、計算的な生物だ。
恋愛感情なんて綺麗な言葉にしていても、結局のところ、自分に得があるのかどうかの判断でしかない。
俺が中学の頃に抱いていた恋愛感情とは、下半身に直結したものであり、クラスカーストの地位獲得という計算だった。
自己にすら暗示をかけ、陶酔させる。人間の生存欲求、あるいは子孫を残すという本能が、理性を支配している状態でしかない。
――――気持ちが悪い。
「で、返事は?」
「保留。時雨沢も『かもしれない』とか言ってたし、返事をするっていうのも変だしな」
「うわ、ひっでえやつだな」
「…………何より」
俺はベンチから立ち上がると、サトルを見下ろすように向き直った。
「お前に文句が言いたかった」
「…………文句?」
「ああ」
サトルは良い奴だと思っているし、それは今でも変わらない。 だが、この一件だけは見過ごせない。
「お前に黙って、時雨沢とくっつけようとしたのは悪かった、そう怒るなって」
「それはどうでもいいんだよ。俺が怒ってるのは、そこじゃない」
むしろ、そのこと自体は無駄に世話焼きなサトルらしいとも言えるだろう。
「じゃあ、なんだよ」
「………疑問に思ってる奴の顔じゃねえな」
「え?」
「まるで嘘がバレた子供みたいな顔してるぞ、お前」
ただ、まあ。
そんなんだから、俺は確信をもって口にする。
「お前、何がしたいんだ?」
「いや、だから――――」
「違う」
俺はサトルの言葉を、先んじて潰す。
そんな時雨沢の恋路のためなどという、上っ面だけの言葉を、聞きたくはない。
「少なくとも、お前は親友相手に嘘をつくような奴じゃない。それが時雨沢と俺の仲を取り持つためでもな」
――――――そこに何か後ろめたいことでもない限り、だがな
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