10.その時、不可思議な光景を目にした@過去編
過去編です
去年の入学式の放課後に、クラスの全員で親睦会なんてものに行こうと言う流れがあったのだけれども。
そこで俺は夕方放送のアソマンパンのために帰る宣言をして―――――、つまりはヘマをかまして、見事ぼっちとなった。
そしてその翌々日の木曜日、昼休みのことだった。
ぼっち飯を早々に終わらせて、俺は自分の机に突っ伏していた。
―――――やべえよやべえよ………。
まあ、友達なんていらないしぃ? どうでもいいしぃ?
とか思ってみるものの、本音的にクソ焦る。
このままだと三年間のぼっち化が確定する。
しかし、クラスではすでにグループが確立してしまっているようで、ぼっち飯を貪った俺に声をかけてくる風変りな奴もいなかった。
腕の隙間から、時雨沢がいる方をちらり。
…………あいつ、一人で本読んでるじゃん。
ちょっとした連帯感を感じた。
やったぜ。嬉しくねえ。
なんて思っていると、俺の視界に影が落ちた。
「お前、寝すぎじゃね?」
「……………ん?」
顔を上げると、そこにいたのはいかにもリア充ですと言った風貌の、金髪イケメン。名前は知らん。
ただ、一昨日の親睦会で音頭を取っていた奴だった気がする。
「えーっと、誰だっけ」
「神殿悟、神様の殿に、小さいに吾ってかいてサトルな。そっちは確か、杉ヶ町………アイタカだよな?」
「綾鷹な、アヤタカ。言葉の綾に、鳥の鷹」
「そうそう、タカな、タカ!」
「アヤタカな」
「だから、タカだろ?」
「…………」
人の名前馬鹿にしに来たのか、こいつ。じゃなければ、すげー馴れ馴れしいわ。
他のやつも引き連れているのかとも思ったけれど、こいつの後ろには談笑しながら昼食をとっている女子生徒の姿が見えるだけ。
どうやら、このリア充一人らしい。
「お前、すげえよな!」
唐突になんか言い出した。
「急に何言ってんの?」
冷静に返した。
「だってお前、アソパンマン好きってみんなの前で告白したじゃん?」
「……………えっと、それが何?」
「俺にはあんなことできねえなって思ったんだよ」
わかった、こいつは馬鹿にしに来たんだな。
んじゃ、とりあえずサッカーする? お前がボール役な!
などと言えるはずもなく。
「あっそ」
「釣れねえなあ」
ほっとけ。つーか、奥の女子がこっち見てるじゃん。
俺みたいな陰キャ君は注目集めたくねえの。そこのところわかる?
わからないよね。君は見るからに陽キャだもん。
「俺達、いい友達になれると思うんだよ」
「…………あ?」
いかん、つい声が低くなった。
陽キャの言う『友達』には二種類ある。
一つは、世間一般の友達パターン。これは別にいい。
もう一つは、『友達だろ?』とか言いながら、そっと小馬鹿にしつつ、自らの引き立て役として道具のようにこき使うパターン。
あるいは、いじめのターゲットを見つけたパターン―――――、とはいえ、時期的にこれではなさそう。
入学早々に虐めて、周りからの好感度が下がるようなリスクを冒すとは思えないし。
多分、さりげなく馬鹿にされると見た。
そんな奴とお近づきになりたくはない。
「そういうのはいいわ」
再び腕枕に頭を沈めて、これ以上は話すことはないとアピール。
陽キャ君は「そっか」とか、少しだけ残念そうにすると、
「またくるからな!」
などと言い残して、足音を遠ざけていった。
いや、こないでいいから。
その日の放課後。
「タカ、遊び行こうぜ!」
教科書類をカバンに突っ込んでいると、さわやかな笑顔を浮かべる神殿が、手を振りながら駆け寄ってきた。
俺は待ち合わせしてる彼女かっての。
当然ながら、待ち合わせの約束などしていないし、彼女もとい彼氏でもない。
付け加えると、同性愛の趣味はない。
「………………」
「おい!? 無視して帰ろうとすんなよっ!」
「え、俺に話してたの?」
「お前以外に誰がいるんだよ! いいから、二人でカラオケとかで遊ぼうぜ?」
神殿は俺の肩を掴むや否や、逃がさないとばかりに指に力を籠め始めた。
こいつ、体育会系だな。力強ええ……。
「そういうのは他の奴と行けよ。もっといるだろ」
「今日はみんな、部活の見学に行くっていうんだよ。俺一人残ったってわけ」
「お前はいいのか?」
「俺はいいの! 見学なんてしなくても、バスケ部って決めてるしな」
「じゃあ、練習に参加させてもらうとか、あるだろ」
俺も中学はバドミントン部だったからわかるけれど、体育会系のノリってのは、上下関係に非常に五月蠅い。比較的個人競技であるバドですら、割とその傾向があったのだから、チームプレーがモノを言うバスケなんかは、その最たるものだろう。
つまるところ、先輩との関係づくりが非常に大切だ。バスケ部に入ると決めているのなら、なおさら仲良くなっておいて損はない。
正式入部の前に練習に参加しておくことは、実力をつける以上の意味がある。
流石に、こんな誰にでもわかるようなことを、バリバリの陽キャが分からないってわけじゃないだろうし。
「そんなの、決まってるだろ?」
神殿は白い歯を見せながら、
「そんなことより、俺はお前と友達になりたいってことだよ」
恥ずかしげもなく、宣った。
◆ ◇ ◆
流石に部活の見学より優先されておいて、無視して帰るというのも気が引けて、俺は神殿ともに街へと繰り出した。
どうせ家に帰ってもゲームをやるかスマホを弄るかしかやることもないし、やりたいようなこともなかったというのもあるのだけれど。
「タカ、どこ行きたい?」
「行先決めてたんじゃねえのかよ……」
計画性皆無とか、なめとんのか。人の時間を奪ってる自覚ある?
ないんだろうな。時間が無限にあるとすら思ってそうだ。
「じゃあ、カラオケとか?」
カラオケか。無難だよな。問題は、
「俺は歌える曲がないから聞き専になるぞ」
音楽とか聞かないし、知っているのなんて十数年前のアニソンくらいだ。
「え、でも、知ってる曲の一つや二つあるだろ?」
「そうだな。しいて言えば、アソパンマンマーチなら歌詞を見ずに歌えるな」
「それはそれですごいな………」
だろ。俺の数少ない特技の一つだ。
唯一と言ってもいい。悲しいことにな。
「んー、そうなると、ゲーセンとか、買い食いとか…………」
「まあ、無難なところはその辺だろ。ゲーセンならスロットもあるし」
「スロット好きとはまた珍しい」
「一人で何も考えずできるからな」
「………………なるほど?」
と、苦笑いを浮かべる神殿。
これを言うとなかなか理解されないから、不思議なものだ。マジで楽しいのに、あの空虚な時間。
なんて会話をしている時のことだった。
「………………ん?」
俺たちの進行方向、歩道のど真ん中を歩く、ランドセルを背負った小さな女の子がいた。
黄色い帽子をかぶって、水色の子供服にスカートと言った格好。まあ、ちょっとだけ背伸びをしていそうな、低学年くらいの子供だった。
「あの子、なんかおかしくないか」
「え?」
俺が指を指すと、神殿はそれに誘導された。
「…………そうか? 別におかしくないだろ。ただ歩いてるだけだし」
「神殿、考えてみろ。今の時間は?」
「えっと」
神殿はスマホを開くと、
「17時すぎだな」
「小学生はとっくに授業を終えて、帰ってる時間だろ」
「え? ……………あ」
神殿は女の子の姿を二度見して、気づいたように声を上げて、
「そうだよ。なんであの子、この時間にランドセルなんて背負ってるんだ?」




