第三話part1
今エアコンのない部屋にいます。暑い。
自殺相談所レスト 3-1
登場人物
五月女チヨ……JK。恋は攻めるタイプ。
関モモコ……嶺井の助手。まだ恋を知らない。
午後三時。チヨは今日も、「レスト」に来た。雑居ビルの三階に上がり、例のドアの前に立つ。いつものように、ドアは少し開いている。
チヨは今日、あることを言うつもりだった。先日の嶺井の、『僕らにはいつか別れるべき時が来る』という言葉に対する答えを持ってきたのだ。
ドアから中をのぞく。今日は予約ではなくサプライズの訪問だ。せっかくならびっくりさせたい。
しかしそこに嶺井は居なかった。一人の、白いタンクトップ姿の少女がいた。いつだかここで見かけた、嶺井のアシスタントをしている関という少女だ。
「せいっ!」
関は掛け声とともに拳を宙に突き出した。どうも何かのトレーニングをしているらしい。彼女はとても集中している様子で、なんとも入りづらい。チヨはしばらく眺めるしかなかった。
「よし、稽古終わり!」
関のトレーニングは突然終わった。緊張が切れたのがチヨにも分かった。
「汗かいたから匂い取ります!関モモコ!スプレー構え!」
関は右手に制汗剤、左手に除菌スプレーを持つと、片方を自身に、もう片方を部屋の壁や床に向かって吹きかけ始めた。
「しゅっしゅー!しゅっしゅっしゅー!汗のにおいをもみ消す~!」
まるで人が変わったかのように、関はくるくる回りながら部屋にスプレーしている。そしてドアの方を向いたとき、覗いていたチヨと目が合った。
「きゃあっ!」
関は一メートルくらい飛び跳ねて、着地に失敗し転んだ。
チヨはそっと中に入った。
「あの……大丈夫ですか、関さん?」
「あ、あなたは……五月女チヨさん……」
気まずい空気が流れた。お互い、状況が呑み込めないでいた。しばらく続いた沈黙を破ったのは、チヨの方だった。
「関さんは、ここで何してたんですか?」
「あ、やっぱり見てました?」
「はい。」
関はちょっと恥ずかしそうに小声で答えた。
「稽古……空手の。」
「空手!できるんですか?すごい!」
チヨには武術の知識はない。素人特有の称賛だった。
「べ、別にすごくないです、まだ一年しかやってないし……」
関がたじたじしているので、チヨはすっかり会話の主導権を握っていた。
「そういえば、関さんってお若いですよね?いくつなんですか?」
関は一瞬、何かを思い出そうとするように目が泳いだ。
「えっと、16、歳です……」
「え!同い年じゃないですか!敬語やめようよ!」
チヨは関に対し親近感を覚えた。同時に、関が同年齢なことで自分の提案も通るのではという希望も湧いてきた。
「はい……じゃない、うん……」
「関さんの下の名前教えてよ。」
「モモコ……」
「モモコちゃん、よろしくね。私のことはチヨちゃんでいいよ。」
「よろしく……チヨちゃんは、どうしてここに?」
「あ、私、リュウさんに大事な話があって。」
「で、でも……」
関は何かを言い淀んでいた。
「何?」
「予約、してない、よね?」
「うん、してないよ、サプライズだもん。」
「予約しなきゃ、だめ。」
「いいじゃん、リュウさんはいつでも来ていいって言ってたし。」
「予約なきゃ、迷惑だよ。」
迷惑という言葉を使われ、チヨは少しむっとした。
「そう……リュウさんはどこ?」
「嶺井ちゃんはいないよ、急用。」
「リュウさんいないんだ……」
「何の用?嶺井ちゃんに伝えとくけど。」
チヨは本当は嶺井に直接言いたかったが、伝言を頼むことにした。
「ねえ、モモコちゃん、私ね、ここで働きたいの。」
「えっ、」
「バイトとかでもいいの。リュウさんの力になりたい。私、家にも学校にも居場所なくて、レストに居る時が一番生きてるって感じがするの。だから、お願い!」
「ダメ。」
関は今度はきっぱりと言った。自分でも驚くほどの即答で、チヨはそれに気圧された。
「……なんで。」
「嶺井ちゃんはそういうの嬉しくないと思う。」
「なんでよ。モモコちゃんはここで働いてるじゃない。」
「私は事情があったから。」
「私にだって事情はあるもん!」
「とにかくダメ。」
関の突っぱねるような言い方にチヨは腹が立った。
「モモコちゃん、さっきからダメ、ダメ、ダメって、リュウさんのなんなの?!」
「え?」
「リュウさんのこと、ちゃん付けなのはなんで?レストで働いてる人、リュウさんとモモコちゃんだけだよね?そういう関係なの?」
「違うよ。」
「じゃあなに?どうしてモモコちゃんはここに置いてもらえてるの?何が特別なの?」
関も苛立ちを感じていた。
「特別なんかじゃないよ。でもこれだけは言える、チヨちゃんはこっち側の人にはなれない。」
チヨは熱くなった。
「何それ!私には資格がないってこと?!」
関はとうとう我慢できなくなった。
「そう!だからもう帰って!!迷惑だから!!」
チヨは急に、悔しそうな、悲しそうな表情になった。
「なんで?なんでいつも私ははぶられるの?」
チヨは踵を返し、半開きのドアから飛び出した。ドアの外にいたひげ面の男を突き飛ばし、半ば転びそうになりながら階段を駆け下りた。無我夢中で、駅まで走った。
関モモコちゃんの情緒どうなってんだど思うかもしれませんが、ちゃんと背景があるのでご安心を。