第一話part4
1-4
登場人物
五月女チヨ……JK。中学の時はロングヘアだった。
嶺井リュウ……大人。お菓子は作る事もある。
「また会えて良かったよ。」
嶺井は気さくな笑顔で迎えてくれた。
「クッキーを焼いたんだ。食べながら話そう。」
チヨは涙ぐみながら今日の出来事を話した。嶺井は昨日と同様に、優しい表情で聞いていた。時折相槌を打ったり、共感したり、表現に詰まる部分を言語化したりしてくれるのがとても有難かった。
「私……中学の時友達全然作れなくて……そんな自分を変えたかったんです……高校では髪を切って、明るくなろうって色んな子に話しかけて……でもなんかそれが周りの子にウザがられるようになっちゃって……」
あれ……なんで私、いつの間にこんなことまで話してるんだろ……
しかし何もかも話す解放感は心地よかった。嶺井は、チヨの話を迷惑がらずに全て聞いてくれた。
「ごめんなさい嶺井さん……こんなに長いこと話っぱなしで……」
「気にしなくていいよ。ここに来る人達はみんな多くを抱えてるものだから。」
「嶺井さんはいつもこういう事してるんですか?」
自分のことをひとしきり話し終えたチヨは、嶺井に対する興味が湧いていた。
「うん。自殺を希望する人の人生の話を聞く。話すことでみんな心の整理ができるんだ。」
チヨは、ここが自殺相談所だと言うことをようやく思い出した。そう言えば、嶺井はチヨを依頼人として扱うと言っていた。
「あ、あの、私……」
泣いてスッキリしたからか、今のチヨは、自殺しようとしていたことが遠い昔のように感じられていた。
「自殺する気が失せた?」
チヨの心を見透かしたように嶺井が言った。
「わからないです……」
チヨが学校でも家庭でも孤独なのは依然変わらない。心に溜まっていたものを全て吐き出した爽快さはあったが、人生への絶望は消えてはいないのだ。
「また、死にたくなるような気もする……」
嶺井は以外にも、にっこり笑った。
「そっか。なら君に一応、この自殺相談所のシステムを教えておこうか。」
「……はい。」
それを聞くことは死へと一歩踏み出すことになるのではとも思ったが、嶺井への興味が上回っていた。
「うちでは自殺に関する相談全般を請け負うんだ。自殺の方法やタイミング、死体の処理なんかも。」
嶺井は生々しい内容を爽やかに言ってのけた。
「そして最大のサービスが、安楽死の提供だ。」
「安楽死?」
思わず疑問が口を付いて出た。
「うん。人間である以上、死ぬのって怖いし苦しいからね。それを取り除くのが僕の仕事。つまり君が望むなら、僕は君を安らかに殺してあげるってこと。」
嶺井の言葉は爽やかではあったが、本気だという重さが感じられた。
「ど、どうやって殺すんですか?」
チヨは、睡眠薬のようなものを思い浮かべていた。
「うん、そこは気になるよね。じゃあ、手を出して。」
言われるがまま手を出した。嶺井がその手を取る。大きくて温かい手だ。
「じゃあ始めるよ。」
「え?」
チヨは突然、酷い眠気に襲われた。抗えない。あっというまに眠りに……
「はい、終わり。」
嶺井の声で目が覚めた。さっきの眠気はどこかへ消えている。
「嶺井さん、今のは……??」
「信じて貰えないかもしれないけど、これが僕の『力』だ。僕は触れた相手を死なせることが出来る。」
「え……」
何を言ってるの?
「さっき君が眠くなったのは、僕がこの力を手加減して使ったからだ。あのまま続けていれば君は気絶してしまうだろうし、もっと続ければそのまま死ぬ。」
「ちょ、ちょっと待ってください嶺井さん、冗談、ですよね?」
「僕も最初はこの力を何かの間違いだと思ってた。でも本物だ。魔法か、神通力か、超能力か……呼び方はなんでもいい。僕は超自然的な現象を起こせる。」
嶺井は冗談を言っているようには見えなかった。
「なんならもう一度、体験してみるかい?」
嶺井が手を差し出した。チヨはその手に恐る恐る触れた。
再び、眠気がやってきた。意思が遠のき、思考が薄れていく感覚……
「チヨちゃん。」
嶺井の呼ぶ声で我に返った。
「気分はどう?」
「平気です……本物なんですね、嶺井さんは……」
嶺井は困ったように微笑み、頷いた。
「この安楽死サービスをする時は、依頼人の全財産の半分を、代金として貰うことにしてる。まあ、君は未成年だし、大した額にはならないね。」
「少なくても平気なんですか?」
「元手があまりかからないからね。お金は貰える時だけで十分なんだ。」
嶺井は謙虚、というより、最初から儲けを出すことには関心がなさそうだった。
「だからチヨちゃん。君がもし、本気で死にたいと思ったなら、僕はそれを叶えてあげられるよ。」
嶺井の言葉の重みが一段と増した。
「けど忘れないで欲しい。安楽死からは引き返せない。後悔や未練があるなら、絶対に生きた方がいい。」
「はい……」
突然、入り口のドアが開いた。
「嶺井ちゃん、おはよ……あっ、」
チヨと同い年くらいの少女が入ってきた。チヨを見つけ驚いた様子だ。
誰……それに今、嶺井『ちゃん』って言った?
嶺井がすぐに返した。
「おはよう、関。今ちょうど緊急の依頼人が来ててね。」
「あ、そうなの。でも今日この後、」
「分かってる。間に合わせるよ。」
「分かった。」
関と呼ばれた少女は、部屋の奥の戸を開け、姿を消した。
「ごめんねチヨちゃん、実はこの後依頼が入ってるんだ。最後になにか、聞きたいことはあるかな?」
「あ、えーと……今の女の子は……」
「ああ、関かい?彼女は僕のアシスタントをしているんだ。事務仕事なんかを一部任せてる。」
「へぇ……一人でやってるんじゃなかったんですね。」
なんでだろう、ちょっと嫌な気分……
「嶺井さん、私、また来てもいいですか?」
「もちろん構わないよ。予約は電話・メール、ホームページからもできる、名刺にQRコードがあるから。」
「はい、分かりました。じゃあ今日はありがとうございます。」
「うん、送っていこう。」
「あ、大丈夫です。今日は切符買って帰ります。」
本当は昨日のように車に乗せて欲しいとも思ったが、厚かましい女だと思われたくなかった。
雑居ビルを出たチヨは駅に向かう途中、自分の足取りが軽やかなのに気付いた。まだたったの二回だが、あの自殺相談所という場所が、自分にとって大切な居場所になったような気がしていた。
「嶺井、リュウさん……」
小さく名前を呼び、その語感を噛み締めた。