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第一話part2

いじめの描写あり、ご注意を。

自殺相談所レスト1-2




登場人物

五月女チヨ……JK。身長145cm。

嶺井リュウ……大人。身長175cm。





 嶺井の事務所は雑居ビルの三階にあった。入口のドアは半開きで、『Rest』とだけ書かれたプレートが付いている。彼はドアを開け、チヨを促した。


「ようこそ。自殺相談所レストへ。」


 応接室はこざっぱりしており……なんというか、ものが無い。部屋の中央にガラス張りのテーブルとソファが据えられ、クリーム色の壁には、森の中を描いた風景画が掛かっている。しかしそれ以外の物は一切ない。


「どうぞ座って。なにか飲むかい?」


 嶺井はろくに答えも聞かないまま、奥の扉を開けて消えていった。チヨは仕方なく、ソファに腰掛けた。


 なんかついて来ちゃったけど、これで良かったのかな……


 嶺井の印象は今のところ、『爽やかだが、掴みどころがない』、だった。危険な香りがしないのが、逆に危険かもしれない。チヨは小柄な女子で、相手は大人の男。襲われでもしたら太刀打ち出来ないだろう。


 でも、なんか大丈夫な気がする……


 それはこの応接室のせいもあった。この部屋には余計なものがない。現実世界から隔離されているかのような孤独感と安心感があるのだ。


「アイスティーでいいかな。」


 嶺井がグラスを乗せた盆を持ってきた。ガムシロップだけでなく茶菓子もある。チヨは突然、喉の乾きと空腹を思い出した。


「ありがとう……」


 グラスに口を付け、ヒヤリとした紅茶を喉へ流し込んだ。体の奥の方の火照りが和らぐ。嶺井もアイスティーを一口飲むと、話し出した。


「今日は21日だから……学校はそろそろ夏休みに入った頃かな?」


「まだ……来週から休み。」


「そっか。チヨちゃんは、そこまで待てずに飛び降りしようとしてたから……それほど辛い出来事があったんだね……おそらく、今日。」


 鋭い。


「そう……裏切られたの、あたし。最後の味方だったやつに。」


 口にした途端、チヨは惨めな気分を思い出した。


「今まではその子が庇ってくれてたの?」


「芝山くんは庇うっていうより、こっそり助けてくれる感じ……でも今日、芝山くんから……こんなキモイ女、て言われて……」


 アイスティーで落ち着いた気持ちがもう昂ってきた。言葉と共に涙も出てくる。


「二人でいるところ、写真撮られてたみたいで……誰かがそれをLINEに流して、私は芝山くんに媚び売ってる証拠だ、身体を使ったんだろって、栗島さんが言い出して……」


 嗚咽に言葉が飲み込まれた。今日のグループトークに流れる悪口や嘲笑の数々が思い出され、チヨは吐き気がした。


「その芝山くんが、弁明のために君を切り捨てたわけだね。」


 嶺井が言いたい事を汲んでくれた。


「先生も私の事バカにしてるし……親は私の事なんて気にかけてくれない……私……もうどこにも居場所ない……私ただ、みんなと仲良くしたかっただけなのに……私の何がいけなかったの……??」


「チヨちゃんは何も悪くないよ……辛かったね。」


 嶺井はチヨの肩を優しく叩いた。チヨにとってそれは、初めて感じた、人の温もりだった。ますます涙がこぼれ落ち、チヨは泣きじゃくりすぎて、自分が何を言っているのかさえ、分からなくなってしまった。


 ひとしきり泣いた後、嶺井が勧めるままに、チヨはテーブルのチョコレートを食べた。


「美味しい……」


 そう呟いてしまうほどにチョコレートは美味しかった。


「お菓子もアイスティーも、高いものを揃えてあるからね。今日はもう遅いから、一旦帰りなさい。家まで送るよ。」


「うん……」


 五分後、チヨは嶺井の車の助手席に座っていた。


 チヨの父は単身赴任、母も夜勤で家には誰もいない。見知らぬ男が娘を車に乗せていることも知られはしないだろう。


「この道をまっすぐ?」


「はい。」


 チヨがナビをしながら、家に向かう。そろそろ日付が変わる時間だった。目的地までまだ少しあるので、チヨは、聞きそびれていたことを聞いてみることにした。


「ねぇ……嶺井さんは……」


 嶺井のことは、さん付けで呼ぶことにした。ついでに、タメ口も改める。


「嶺井さんは、自殺の相談をやってるんですよね?」


「うん、そうだよ。」


「でもさっきは、私のいじめの話を聞いただけでしたよね。」


 おすすめの飛び降りスポットを紹介されたりするものだとチヨは思っていたのだ。


「たった一回の相談じゃ何も決められないからね。今日はまず、君の話を聞くだけで十分なのさ。自殺の時期や方法は、また次回。」


「次回って……また来てもいいんですか?」


「もちろん。君のことは今、依頼人として扱っている。ビルの場所はわかるよね?あそこで一年中やってる。朝十時から、夜の十時まで。基本は予約制だけど、いきなり来ても大丈夫だからね。」


「はい。あの、料金とかって、」


「相談だけなら無料だよ。」


「相談だけなら?」


「実際に自殺を手伝うこともある。その時は代価を頂くことになる。詳しくは次回話すよ。」


 嶺井はまた、『次回』という単語を使った。不思議な感覚だ。チヨは今日で人生を終わるつもりだったのだ。『次回』があるなんて。


 やがて二人はチヨの住むマンションに到着した。車を降りたチヨを、嶺井は呼び止めた。


「これ、僕の名刺だ。」


 そこには『自殺相談所レスト』の電話番号やメールアドレスも記載されていた。


「何か辛いことがあったら、そこに連絡して。くれぐれも、このマンションの屋上から飛び降りたりしないようにね。」


 嶺井は冗談めかして言ったが、どこか、チヨの自殺を牽制しているようにも聞こえた。


 変なの……自殺相談所なのに。


「はい、ありがとうございます。」


「それじゃ、おやすみ。」


 嶺井は帰っていった。チヨは、嶺井の車が視界から消えるまで、その場に立っていた。


「なんだか、夢みたい。」


 チヨは急に眠くなってきた。


 


皆さんは知らない人についてっちゃだめですよ。

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