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今日も言霊が飛び交うこの世界で。  作者: 袋小路 ちぇしゃ
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〇転校生は幼なじみ

 

 無我夢中に空気中の酸素を自身の肺へと流し込む。


「はっはっ……はっ……」


 春の優しい風を感じながらも、遅刻という厳しい結末を迎えんとする俺達は、そうならないように、追い風による支援を貰い必死で校門へとひた走る。


 俺こと、暮野時雨は順風満帆な生活を求める平凡な高校生。

 そんな俺の最近のニュースと言えば二年生に進級したことくらい。そんな平凡な毎日。

 だが、今日は少々スリルのある登校だ。


 なんとか間に合いそうだ。


 校舎に入り、玄関で靴を履き替えると同時に時計に目をやる。


「あっぶな! 本鈴のチャイムギリギリだぞ」

「ホントにギリギリ一分前! 早く行くよ! 時雨!」

「お、おう」


 焦りながらも俺の名前を呼び、珍しく寝坊をして寝癖を気にする暇もなかったのか、ぴょこんと髪が跳ねているコイツは、中学の頃に知り合った俺の数少ない友達の一人、帆波ありかだ。

 そんな遅刻寸前に、一緒になって奮闘する友達、ありかと共に教室までの残りの道のりを駆ける。


「はっ……はっ……ふー……」

「なんとか……はっ……間に合っ……たな……」

「なんとか……ね……」


 すぐさま、俺達は自分の席に着く。

 教室の壁掛け時計に目をやると秒針は丁度、九を過ぎるところだった。

 秒針が十二を過ぎる。

 そして本鈴のチャイムが鳴る。


 いや、ガチでギリだったな。

 ありかの席に目をやると目が合った。

 おそらく同じことを考えているのだろう。


 本鈴が鳴っても、教室に担任の教師が入ってくる様子はない。

 生徒より教師が遅刻してんじゃねーか!

 チャイムが鳴ったと同時にホームルームが始まる……はずなのだが……。


 突然後ろから、ねねっと右肩をポンポンされる。


「今回はかなり危なかったね」

「まあな。今回は流石に焦ったわ」


 俺は声の主の方へと体勢を変える。

 声の主は俺の信頼出来る数少ない友達、水上咲也だ。

 咲也は超がつく程の善人。しかも容姿も文句無し。

 まるで、ラブコメラノベにありがちな、主人公をサポートする良いヤツキャラみたいな人間。

 これまで何度も色々なことで助けられてきた。


 そう考えると俺は主人公なのか!

 そんな考えが頭をよぎる。


 まさか。


 自問自答をして、恥ずかしくなる。

 ラノベの世界じゃあるまいし。今、俺らが生きている世界が紛れもない現実なんだから。


 それはそうと咲也のことだ。

 咲也はその()善人の性格と容姿から、数多の女子や、中学時代の自分の担任だった女性教師からも告白された経験がある。すべて断ったらしいが。

 咲也こそ、サポートキャラなんかじゃなく、ラブコメラノベ主人公に適任なんじゃないかと思ったり。


 けど、妬んだりはしない。

 だって、咲也はいいヤツだから。


 理由はそれで事足りる。

 何をするにしても正当な理由で、他人を思いやって行動する。

 そんな咲也だから俺も助けらた。


 そんなことを思い、改めて感心していると、咲也が口惜しげに手を合わせて言う。


「今日はごめんね。委員会で朝早くからの登校だったから一緒に登校できなくて……」


 謝意を表す咲也だが、咲也に悪い部分などどこにもない。

 完全に俺らの落ち度。俺は単なる寝坊、ありかは真夜中のネットサーフィンをして寝坊。


「今回は完全に俺らの方に百パー落ち度があるんだ。咲也は色々と気を回しすぎだぞ。全然気にすんな」

「んー……? そうかな?」


 咲也以外にこんな善人、世界のどこを探してもいるかどうか……。

 つくずく咲也には頭が上がらないな。

 この思っていることを言葉にしても咲也は謙遜するだろうな。

 そんなことを想像していると、咲也が疑問を呈してきた。


「ねね。そういえばさ、今回の遅刻ギリギリの登校、時雨に関してはなんかもう違和感ないけどほなみんもって珍しいね」

「ああ。アイツ、いつも見てるオカルトサイトで気になる情報があったらしくてな。徹夜でどっぷりだったらしい

「なるほどね。ほなみんのオカルト好きは相変わらずだねー」


 そう、俺の友達。いや、俺らの友達である、帆波ありか(咲也はほなみんと呼んでいる)は、生粋のオカルトマニアだ。

 なぜ、そんなにも熱狂的なマニアになったのかは聞いてないが。


 その後も咲也との話に花を咲かせた。


 俺らが話し込んで約二分。

 やっと担任の秋野絵里香先生が教室に入ってきた。


「すまん。少々転校生の手続きで遅れた」


 ん? 転校生の手続き?

 俺と咲也は顔を見合わせる。

 当然、他のクラスメイトもざわついている。


「じゃあ、紹介するぞ。入ってこい」


 いや、いきなり過ぎやしませんかね先生。

 クラスの反応を一顧だにせず、秋野先生は教室のドアの向こうの転校生に手招きをする。


「はーい!」


 元気よく放たれた声は、どこか懐かしさというかノスタルジアを感じさせられるようなものだった。

 他のクラスメイトからはカワイイ! とか、おぉー! などと、ありがちな言葉が教室を飛び交う。


「ぇっ…!」


 そして、その理由は姿を見れば直ぐに答えが出せた。


 あの子は愛奏だ。猫屋敷愛奏だ。


 あの教室の全体に響きわたる淀みのない透き通った声に見目好い顔立ち。誰もが美少女と認めるであろう人間だ。

 どの部分においても変わっていない。

 むしろ、さらに躍進しているくらいだ。


 じゃあそんな眉目秀麗な彼女をなぜ俺は知っているのか?

 それは簡単だ。


 有り体に言うと、俺と彼女は幼なじみだからだ。

 生まれた頃から小学校卒業までの幼なじみ。

 だが、小学校卒業を境に親の転勤で海外へ行ってしまったので、今まさに4年ぶりの再開を果たしたわけだ。


「猫屋敷、自己紹介を頼む」


 そんな回想をしている間に、彼女はこちらには気付くこと無く、自己紹介を始めた。


「はい! 猫屋敷愛奏といいます! 最近父の海外転勤から戻って久しぶりに日本に帰国することが出来ました! これからみんなと仲良く出来るよう努力するので是非仲良くしてください! よろしくお願いします!」


 いかにも、文の一つ一つにエクスクラメーションマークが付きそうな自己紹介だった。


 うぉー! と歓声の豪雨が降り注ぐ。

 どうやら美少女の自己紹介が、上手く生徒たちにクリティカルヒットしたようだ。

 あの叫び声からすると、男子に人気が偏っているかと思ったが、以外にも女子も声には出す生徒こそ少ないが、皆、歓迎している様子だった。

 大抵こんな時、女子は嫉妬の念みたいなものを抱くものではないのか?

 いや、偏見はよくないな……。

 それどころか笑顔で、何話そー! と、嬉々とした高い声の言葉が耳に入ってくる。

 このクラスで過ごすのは一昨日の始業式を入れれば三日目で、クラスの雰囲気というものがまだ把握しきれていなかったが、どうやらうちのクラスは平和な方の優しいクラスなのかもしれない。

 そんなことを思い、胸を撫で下ろす……までは行かないが、安堵の溜息を零す。


「ん……え!?」


 今度の美少女転校生愛奏は文にエクスクラメーションマークだけではなく、クエスチョンマークも追加されてそうな言葉を放つ。


「も……もしかして時雨?」


 どうやら、愛奏は俺を見つけたらしい。

 クラスのほぼ全員が美少女から俺の方へと方向転換する。

 いや、てか数人、誰? とか言ってる奴いるけどどいつだ?

 あ? 昨日じゃんけんで最後の最後まで負けてクラス委員長にされた暮野時雨だよ! ちゃんと覚えとけ!? やっぱ優しくなんてねーわこのクラス!


 やっとクラス全員が俺を認識し、目で捉えた。

 やっぱそろそろバレる頃合いだよな……。

 いや、でもこのタイミングと人の多さはちょっと……恥ずい。

 普段大多数と関わらず、少数の友達としか絡まない俺なので少々萎縮してしまう。

 くッ……! 腹を括るか!


「お、おお! 久しぶり! 愛奏。げ、元気してたか?」

「え……! ホントに時雨!? 久しぶり! 元気だよ!」


 や、やべぇ。あの眩しい笑顔には勝てねえ。

 断腸の思いで発した空元気の発言は、愛奏の返事ひとつで跳ね返された。


「お前ら知り合いだったのか」


 ようやく秋野先生がここで俺たち二人の間に言葉を挟む。


 そして俺はその返事に答えようとしたが……。


「はい! 時雨とは昔からの幼なじみなんです」


 愛奏が答えてくれた。


「そうか」


 急になんでそんな塩対応!?

 まあ、最初から興味のあるような言い方で質問をしていたわけでもなかったが。

 だが、相変わらず秋野先生は考えが読めない。

 先生とは去年も担任だったので教師の中でも交流はある方だ。

 まあ、こちらから話しかけられる教師は秋野先生くらいなものだが。


「それじゃあ、あそこの席に座ってくれ」


 あそこの席なんで空いてんのかと思ったらそういうとか。

 指定された空席の位置は教卓を正面にして左後ろの角の一つ前。


「猫屋敷は君ら同様、始業式の日から登校する予定だったが飛行機の時間が大幅に遅延したらしくてな。それで今日という訳だ」


 なるほどな。始業式の日と昨日の二日間、何人かの生徒があそこの席について疑問を秋野先生にぶつけていたが、先生はいずれわかると答えていたのを思い出した。

 生徒を驚かせたかったのか。確かに、始業式の二日後に転校生が来るなんて誰も思わないからな。

 これは秋野先生なりのサプライズなのか。

 この先生、根はいいんだが、上手く考えを表に出すのが不得手だからな。

 表の態度が少し接しずらい口調なのもあって生徒の間では多少怖がられているらしい。もっと気軽に誰とでも接することが出来ればな……。


 そんなことを考えていると、愛奏は空席、言い換えれば俺の一つ前の席に座る。

 そして俺の前席のご近所さんは早速、後ろを振り向く。振り向きざまに、俺が唯一知っていた、グレープフルーツに砂糖をかけたような匂いのシトラスの香水がほのかに鼻腔をくすぐった。


 耳元に近い距離で愛奏が甘く囁く。


「ねね、放課後にじっくり話さない? 時雨も色々聞きたいんじゃない?」


 愛奏は図星でしょ? と言わんばかりにニヒヒと笑ってみせる。


 的確な判断だな。

 授業の合間の休み時間は、ほぼ確実と言っていいほど他のクラスメイトから質問攻めされるからな。それに加えて他クラスからも来るかもな。

 まあそれが転校生の宿命というやつだ。

 普通に幼なじみとして、色々聞きたいのは確かだからな。

 俺はおう、と答えると愛奏も笑顔で返事をして正面に視線を変えた。

 そして俺にとって、一悶着あったホームルームは幕を閉じた。


 だが、少なくともこのホームルームでの愛奏には違和感というか、多少疑問が残った。


 愛奏。お前、()()()()()()()()()()?

今回のお話ではまだ物語があまり前進しませんでしたが、これから主人公たちは動いていきます。


やっば同じ体制でばかり書いてるとシビレが……。いでで


ではまた次回で。

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