〇教え子
豪雨の中、私は街灯を頼りに学校へと向かう。
走りながら考えるのは時雨のこと。
それだけを考えている。いや、それしか考えられない。
時雨、鬼に殴られたからああなっちゃったのかな。
だとしたら私のせいで時雨が……。
「しぐれぇ……」
私のせいで……私のせいで……。
視界がぼやけていても私は走る。走るしかない。
そして追い討ちのように雨が降ってくる。
お前のせいだと言わんばかりに豪雨が私を襲う。
「っ!」
一層雨が激しくなり、雨水の影響で転んでしまった。
「おや、大丈夫かい? 君」
突如、転んだ先から女の人の声が聞こえた。
声の方向に顔を上げると、傘をさした茶髪の大学生くらいの女性が立っていた。
「あ、あの……」
「どうしたんだい? こんな夜に。この豪雨の中少女一人は危ないね」
「だ、だいじょ……」
「ボクの住んでいるマンションがもう少しなんだ。とりあえず来るといい」
私の言葉を遮り、ぶっ飛んだ提案をしてくる大学生……? の女性。
「あの、それは――」
「いいからいいから。こんなにびしょ濡れになった女の子をそのままにして置いてはいけないよ。さあ!レッツゴー!」
「あの、え……」
その瞬間、女性は私の手を取ってマンションがあるであろう道に進み始めた。
・・・
「先生!! まだ学校にいてくれて良かった……」
「帆波……? どうしたんだこんな時間に。……もしかして鬼か?」
猫屋敷の様子を考えるとそう考えるのが妥当だ。
「はい! そうなんです!さっきつきかんで反応があって今満月に……これ見てください!」
そう言って帆波は自身のポケットからスマホを取り出し、画面を確認した。
「え、反応が消えてる……!? どうして……?」
驚きながらも帆波は私にその画面を見せてくる。
その画面にはまだ満月には早い欠けたつきが表示されていた。
「本当だ。確かに反応はあったんだよな?」
「はい……」
「何らかの理由で短時間で鬼が消えた……?」
「そういうことですかね」
「とりあえずだ。色々あって数分前猫屋敷に電話でここで待ち合わせして私の自宅で話をする予定なんだ。帆波にもお願いしていいか?」
「はい! ……で、あのちなみに話ってのはやっぱり……」
「ああ、暮野のことだ」
「……」
「それと、帆波。暮野に電話繋がるか?」
「それがさっき電話したんですけど繋がらなくて」
「やっばりか」
「何があったの時雨……」
連絡が取れないクレもそうだが、やけに猫屋敷、来るのが遅いな。待ち合わせの電話をしてからもう軽く三十分は経ってるぞ。
前にクレくら猫屋敷のマンションは学校からさほど遠くないと聞いている。三十分は少し違和感を感じるな……。
「すまん、一度猫屋敷に電話してみる。先程電話した時間からだいぶ経っていてな。少し嫌な予感がする」
「は、はい……。猫屋敷さん大丈夫かな」
プルルルルル。
電話をかけ、数十秒が経った。
「もしもし、猫屋敷か?」
『愛奏くんはボクの自宅で入浴しているよ』
繋がった。
だがそれは猫屋敷の声ではない。
その声音は猫屋敷のものとは全く違う、落ち着いたどこか貫禄のあるような、けれどどこかいたずらっぽい少年のような雰囲気も感じさせる。
そして懐かしい声。忘れもしない自分の教え子の声。
『お久しぶり秋野先生』
「お前、獄か……!? なぜお前が?」
獄 天音。過去の私の教え子。忘れもしない教え子。
『帰路の途中でたまたま雨でびしょ濡れの少女を見かけましてね。ただの善意ですよ』
「……そうか」
『安心してくれたま……してださいよ先生。おっとすみませんクセが』
コホンとクセを直し、間を置く獄。
『……何か愛奏くんと用事があるんでしょう? 本人もすぐにそちらに向かうと思いますよ。もう雨もやんでいますし大丈夫そうですね』
「わかった。感謝する。獄」
『いえいえ、教え子は大切ですからね先生。ではまた』
「お、おい獄!」
電話が切れた。
かけ直したが繋がらなくなった。電源を切ったのか……。
相変わらず何がしたいのかわからない教え子だ。
「先生どうしたんですか?」
「いや、たまたま昔の教え子が雨で濡れたを助けてくれたようだ。もうすぐこっちに来るらしい」
「よかった……」
過去の経験則から、今まででアイツが絡んでくると何かが起こる。
――何をしようとしてるんだ獄。
・・・
秋野先生との通話を終え、ボクは愛奏くんのスマホの電源を落とす。
そして数分後。
「お風呂ありがとうございます浅水川さん」
「いや良かったよ愛奏くんが風邪を引かなくて。そういえば待ち合わせをしてる人がいるんだろ? ボクが色々話してしまっていてあれだが、急いだ方がいいんじゃないか」
「はい。ありがとうございました。私今急いでて……何も出来なくてすみません」
「いや、君が元気になっただけでボクは嬉しいよ」
「このお礼はまた後日に。では……」
「愛奏くん」
「はい」
「スマホ忘れてるよ」
「あ、ありがとうございます。って電源切れてる」
「酷い雨だったから。誤作動でも起きたのかもしれない」
「そうですね、本当にありがとうございました」
私は玄関を出ていく彼女の背中見届ける。
「またね、鬼のお姫さま」