〇直撃
「はっはっはっ……大丈夫かっ? 愛奏?」
膝に手を置き、息を整える。
俺は街灯を頼りにするしかない程の暗さの中、愛奏をお姫様抱っこであの鬼から全速力で走った。
愛奏は小刻みに震えている。ここは一旦休んだ方が良いだろう。
「とりあえずそこ座ろう」
ここは以前、浅水川さんと出会った河川敷の橋の下。俺はすぐ傍にあったベンチに座るよう愛奏を促した。
「うん……」
愛奏がベンチに座り、それに続き俺も愛奏の隣に座る。そして小刻みに震える愛奏を横に俺は言葉を投げかける。
「まず落ち着こう」
二人の間に沈黙が走る。
聞こえるのは川の流れる音とプラスチック製のベンチの軋む音だけ。
おそらくそれから二、三分経っだろう。
愛奏の震えも止まり、落ち着いたのだろうと思い、俺はこの静寂を破る。
「なあ、愛奏。ゆっくりでいいから俺の話を聞いてくれないか?」
こくん、と愛奏が小さく頷く。
「まず、本当にごめんな。あの時助けられなくて」
「……」
「愛奏が海外であったこと、それに鬼のことも」
「……」
何で俺は今そんな事を話しているんだろうか。
そんな事を話している場合ではないのに。鬼から逃げているのに。
けれども、今謝らなきゃならない気がした。あの時の事を。
「あの時俺が助けてあげられてたら……」
俺には愛奏の過去の件については気付きようがなかった。けれど、俺には謝るしか選択が無いんだ。
「助けて欲しかった……あの時みたいに……。あの約束を……」
愛奏は涙を零しながら、俺に思いを直撃させる。そしてまた小刻みに震え始める。
ごめんな、ごめんな愛奏。
あの時の約束、守れなくて。
「ごめん……時雨。わかってるんだよ? 時雨が悪くない事は。でも、どうしようもなく怖かったの。心が苦しかったの……」
「ごめん、愛奏。あの時の約束守れなくて」
愛奏の気持ちはわかる。自分が危機の時誰か信頼できる人に助けを求めるのは何もおかしい事じゃない。
「わたし――」
ズドン!!
突如、上空から河川敷の川めがけて何かが落ちて来る爆音が耳の奥にまで響く。いや、着地の方が正しいだろう。
そしてその爆音により、愛奏の言葉は遮られる。
「グゥオオオオオオオオン!!」
もうバレたのか!
「もう気付きやがったかコイツ!!」
「愛奏!! 逃げるぞ!!」
鬼は俺たちの元へ走りより、拳を俺たちに振るってくる。
は!? 心の鬼じゃねえのかよ!!
なんで殴ってくるんだよ!?
それなら尚更愛奏を連れて早く逃げないと!!
……? 愛奏?
「……」
「早く立ってくれ!!」
愛奏はベンチから立とうとしない。
その顔は怯えて絶望に満ちていた。
愛奏……!
拳の方向は愛奏の方へと。
そして拳が当たるまでの距離はもう僅か。
――やるしかないか!!!!
愛奏の方へと向かってくる拳を防ぐため、少々強引だが、俺は愛奏の肩を掴み、少しでも遠くの草むらの方へと突き飛ばす。
その瞬間、俺の背中に鬼の拳が直撃した。