〇声
俺は秋野先生と先生の休憩部屋――いや相談室の出入口前で別れ、図書館へと足を進めていた。
「ちょい遅れるぞこれ」
足早に移動して、玄関で靴を履き替え、校門を後にする。そして俺は謝りと協力者増員のお知らせのメールをありかと咲也に送りながらも、必死に走る。
「あれは……」
少し走ったところで、俺の走っていた歩道の反対側の歩道で青木さん、有野さん、愛奏が談笑しながら喫茶店に入るのが目に映る。
放課後のティータイムか。楽しそうにしているのが見受けられるので何よりだ。
……放課後にティータイムを楽しむ女子高校生……。うむ、絵になるな。
少し声をかけたくもあるが、図書館を目指すのが最優先だ。二人に申し訳ないからな。ただでさえ予定より遅れてしまっているのだから。
「はっ、はっ、すまん、はっ、遅れたっ」
学校から出て十分くらいだろうか。学校と図書館はそこまでの距離はないので短時間で着いたものの、遅れたことには変わりないので二人に謝る。
「ううん、全然大丈夫だよ。むしろ朗報じゃないか。秋野先生まで協力してくれるなんて」
「うんうん。大人が一人加わるだけで結構違ってくると思う」
「そうそう、とりあえず座りなよ時雨」
「そうか。ありがとな二人とも」
秋野先生のことは二人には電話をした際に既に話していた。
俺は二人に促されて椅子に座る。
今俺たちがいるのは図書館でも隅の方の席なので集中して作戦会議が出来るだろう。この図書館は学生の勉強スポットとして有名なだけに座る席の確保が難しい時があるので、先にこんなに良いスポットを取っていてくれていてとてもありがたい。
「じゃあ、始めようか」
咲也の宣言とともに作戦会議がスタートする。
「まず、つきかんだな。ありか、夜の分ってもうわかるか?」
朝、昼は問題なかった。が、夜も問題無しとは限らない。
時刻は六時を少しすぎた頃。つきかんの観測結果が更新されているのではないだろうか。
「えーっと、ちょっと待ってねもう少しで更新されると思うから」
「わかった」
「ねえ、時雨? 猫屋敷さんはどうしてるの?」
咲也の問は自然だろう。この件の主要人物は今どうしているのか。それは俺達側として気になるところであろう。
「ここ来る途中で見たんだが、ウチのクラスの青木さんと有野さんと一緒に喫茶店入るとこ見たぞ」
「へぇー」
ありかが自分のスマホでつきかんのサイトを弄りながら言う。
「青木さんと有野さんか……。いつもはもっと大人数で行動してたイメージだけど……」
続いて咲也が本棚から見つけた妖怪の類の本を読みながら言ってくる。
「言われてみればそうかもな……」
「まああの二人が特に猫屋敷さんを好きになったってだけだと思うけど――」
突如、ガタンと勢いよく椅子を引く音がする。
「ありか、どうした? もしかして――」
「……これおかしい!!」
そう言ってありかは自分のスマホを俺と咲也にわかるように見せてくる。
「「……っ!?」」
俺と咲也は驚嘆する。
「確か今は半月くらいの形のはずだよね……」
「そう、咲也の言う通りで、通常なら今は半月辺りの形になっているはず。それが今は満月にかなり近い。この形は明らかにおかしい」
そのスマホに映されている月の形は満月……に近い。欠けている部分が一割も満たしていない程度。
「月の満ち具合が早すぎるよな」
「おそらく明日には満月になる。決戦は明日になると思った方が良いかもしれない……」
「……もし戦うならやっぱり武器はニンニクと十字架になるよね? いくら危害を加えないっていってもね……」
そうだ。そこの問題だよな……。
「私もそれは思ったよ。でもそれ以外だと猫屋敷さん本人の過去のトラウマのケアをしていくしかわからない……」
俺もありか以上の答えは出てこない。
俺達には鬼に立ち向かう術を知らなさすぎる。
――それでも。
「それでもやるしかないと思う俺は。……すまんな協力してもらっておいてどの口が言ってんだって話だが……」
「ううん、そんなことないよ。僕達や先生だっているんだから」
「あんまり卑下にならないで時雨。みんな自分から望んでやってる事なんだから。私もまた今日の内に考えてくるよ」
「……二人ともありがとな」
ぱん! と咲也が手を叩く。
「よし! とりあえず今日はお開きにして明日に備えよう」
「そうだね」
「おお。あと、先生には俺から言っておくよ」
先生の連絡先は前に交換していたので俺が情報を共有することを提案し、今日の作戦会議は終了した。
結局、作戦会議と言っても出来ることが普段より増えたわけじゃない。それがもどかしいが、仲間を信じる他ない。
俺は二人と別れ、帰路への道を歩む。
決戦はおそらく明日。
それは浅水川さんの教えてくれた情報やさっきの作戦会議の考察を元にして予想すると正しい推測だと思う。
相手の対処法が不安でもやるしかないんだ。
そう決心した俺は図書館から学校近辺へと戻り、そこから自分の家へとまた歩く。
歩いて二十分くらいだろうか。
帰路の途中で、歩道の横手に見えるビルの解体跡地にふと目がいく。
そこはまだ解体されたのが最近らしい。その痕跡として解体後のバラバラになったビルの資材が所狭しとまとめられている。
「ん……あれは……」
辺りを見回す。
ふと、資材の影に人影が見えた気がした。
「――グァウォォォォォォォォォォォン!!」
突如、跡地の方から奇声のような今まで聞いたことがないような声が夜闇の跡地に響く。
それは動物の鳴き声でもなく、はたまた機械音でもない。
機械音では表せない生々しい声。だが野生動物の生々しい声とでは比べ物にならない程の声でもある。
それを聞くと、この世のものではないと思ってしまう程の不気味さを感じてしまう。
一体なんなんだよ!!
「――なんだ!?」
あまりにも不気味だったので思わず反射的に声が出る。
とりあえずこの奇声の探るヒントであるだろう人影に近づくため、俺は恐る恐る解体跡地へと足を踏み入れる。
「……、」
段々と人影に近づいていく……。
そして人影は街宵月の灯りに照らされ、その正体を露わにする。
そしてその正体を知った時、俺は絶対にその人影の正体が奇声を発したのではないと確信した。
「――あ、愛奏……!?」
そしてその少女は震えながら口を開く。
それは、あんなに元気の良い自己紹介をした少女とは比べ物にならないくらいに怯えていて。
声にならないような、生気のないような少女の声が俺の名前を呼ぶ。
「に、逃げて……時雨。早く……」