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ユウがそこで動画を止めたので、俺は深呼吸をして息を整えると、なんとか吐き気を収め、聞いた。
「なんだよ、これ。また殺し屋が襲ってくる……のか?」
「ううん。この子は殺し屋じゃない。『解体屋』さ」
動画に映っていたチェーンソウ男を「この子」と呼んだユウに、少しの違和感を覚えながら、また質問をした。
「違いがあるのか?」
「殺し屋はこの世に数多いるけれど、解体屋は、この子一人だけなんだよ。殺し屋としてやっていくには、あまりにも正気が足りない。要するにこの子は、本当にイっちゃってるのさ。人を見たら、病的に殺さずにはいられない。だから僕はこの子を『同業者』とは思ってない。襲ってきたら、容赦無く迎え討つよ。けど僕はできれば……この子とは戦いたくなかった」
ユウは悲しそうに目を伏せ、動画を早回しし、止めた。暗視ゴーグルをかけ、狂ったように笑うその男を、ユウは細い指で指差した。
「エレンのお店に行った時、ウィルってのがいたでしょ。あれ、情報屋さんでね。彼の情報では、この近くにどうやらいるらしいんだよ、この子」
「は? それって」
「そう。明らかに僕たちを狙ってるってことさ」
俺は一度キッチンに行くと、コーヒーを二人ぶん淹れて戻り、また話の続きを聞いた。
「僕は以前、情報屋の中でも変わり者の……なんていうか、裏の人間の過去を色々と調べるのが趣味の危ないやつと友達でね。このチェーンソウの男の子の話も聞いたことがあったんだ。事実かどうかはわからないけど、ちょっと嘘とも考えづらい話だったから、覚えてたんだ」
「あ、そう……」
危ない奴には危ない友達がいるものだ、とコーヒーを啜りながら密かに思う。
「この子は名前をシンというんだけど、元々は、日本のある名医の息子だったそうだよ。けれど、父親のあまりに厳格な躾は、周囲から『異常』と言われるほどのものだったらしい。けれど本当に権威と名誉のある医者だった父親には、周りの誰も口答えできるわけがなかったし、専業主婦の母親も、父親の命令には盲目的に従っていた。何より家という密室で何が起こっていたのか、周りにはまるでわからなかったそうだ。そしてシンには、姉がいた。リサって名前の」
「チェーンソウにもリサって呼びかけてたよな、こいつそういえば」
「ああ。でも、人間の方のリサは、あまりのストレスから難病を患って、中学の時にとうとう長期入院を強いられることになった。そしてその入院先で、自殺をした」
「病に絶望して、か」
「いや、違うと思う。彼女の主治医は父親だったんだ。きっと彼女は、自分が父親のモルモットにでもなった気持ちだったんじゃないかな」
「いや、それは邪推じゃ……」
「でも事実、彼女は自殺の方法に『焼身自殺』を選んでいる。周囲に恨みを持った人間が、もっとも選びやすい自殺手段とも言われている方法だよ。確かに父親がどんな態度で娘の治療に向かっていたのかは、部外者の僕らにはわからない。もしかしたら焼身自殺ではなく、ただの病院の火災事故だったのかもしれない。火をつけたのは実は弟のシンだったってこともあり得る。でも、元はといえば父親の躾がストレスで病になったのに、その張本人から治療を施される彼女の屈辱は、ひょっとしたら自ら命を絶つのに十分値するものだったのかもしれない。そんな風に思うんだ」
「それ、は……」
「人は、尊厳がなくては生きていけない生き物なんだよ」
ユウは悲しそうに笑った。
「そのあと一家離散し天涯孤独になったシンは、裏の世界に入り、色々あって拷問専門の殺し屋たちと組んで拷問屋を始めた。シンにはエンターテイナーとしての資質があったらしく、それはうまくいったけれど、あまりにも殺しに夢中で、仲間内で決めたルールも平気で破るので、他の殺し屋達とはやっていけなくなった。でもその残虐性を買ったある大きなマフィアが、シンを専属の拷問人として雇ったので、それ以来彼は一人で依頼を受けるようになった。
彼のど派手な拷問はよくビデオに撮影されて、牽制などに使われてる。本人も有名になるのはまんざらでもないらしい。そしていつも拷問にあのオレンジ色のチェーンソウを使うから、巷では『解体屋』と呼ばれるようになったってわけ」
「……」
話を聞けば聞くほど、それはまるでユウ自身のようではないか、という気持ちになった。多重人格者は基本的に自分しか愛せない、と彼は前に言っていた。同情の余地もなくはないとはいえ、異常に自分本位なチェーンソウ男と、まるで遊びのように軽やかに殺しをするユウは、どこか似ているような気がした。
「できれば闘いたくなかったっていうのは、奴が……自分とダブるからなのか?」
聞いてみると、ユウは苦笑した。
「まさか。僕は誰彼構わず殺したいとは思わない。僕はね」
「でもお前の中には……」
「大丈夫だよ」
コーヒーを啜って、彼はふぅと息を吐く。
「彼女には、ちゃんと見えているから」