13
古い蛍光灯があるだけの薄暗いコンクリートの室内に、手足を縛られ、口にガムテープを貼られて床に転がる男と、それに向かって罵声を浴びせるユキの後ろ姿が見えた。
「ユキ」
声をかけると、彼女はぴたりと動きを止め、振り返った。目に涙はなかった。その目にはただ、怒りと憎悪が燃えているだけだった。さながら悪鬼のように。
「コウ。起きたのね」
「ああ、おかげさまで」
「お医者さんに怒られちゃったよ。銃弾の跡よりも、刺し傷の方が治療に苦労したって。コウがしくじったせいだからね」
「ごめんて」
そんな風に話していると、うう、と縛られた男が呻いた。俺はしゃがみこみ、男の口に貼られたガムテープを勢いよく剥がした。俺の行動に、ユキは少し戸惑ったようだったが、俺は構わなかった。
「久しぶりだな、クソ親父」
話しかけると、男はハッとした表情になる。充血した目が、縋るようにこちらを捉えた。
「コウ……頼む、許してくれ。本当に悪かったと思ってるよ。でも仕事で、どうしても断れなかったんだ。お前だってわかるだろ? とにかく話を聞いてくれ、頼む……」
はあ、と思わずため息が出た。片手で頬杖をつくと、傍に落ちていた、ユキが使っていたらしいナイフを手に取り、男の頬を撫でる。
「それはどうかな。だって俺は化け物だから、人間様のあんたと話が通じるかどうか、わからないよ」
「そんなことはない! お前はちゃんとした人間だ。俺が保証する。ひょっとしてあの時のこと、根に持ってるのか? あんなの、嘘に決まって……!」
「でもま」
微笑みながら、ナイフの刃先を男の腹に当てる。男の瞳が、恐怖に見開いた。
「どんなことでも、最大限努力はするべきだ。そうだろう?」
穏やかな気持ちで、刃を、皮膚の内側へ入れる。
誰にでも、秘密はある。
だからこれまでも、そしてこの先も、これは————壊れた世界と秘密の話。