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ポケットに片手を入れながら、次の部屋のドアを開けた。
中には護身用のナイフが入っている。小さなものだが、切れ味は良い。ナイフの技術は、昔探偵になると決めた時、真っ先に磨き上げた。もちろん格闘技も練習し始めていたが、あの頃はまだ身体も小さく、「手軽で強力な武器に頼りたい」という気持ちが強かった。そして今も、あの頃に戻ってしまったように、己がとても無力で、ちっぽけな存在に思えた。
正面の壁に、テレビがかけてある。
その対面には二人用のソファとローテーブル。壁際には背の低いシェルフがあり、その上には写真立てがたくさん飾られているが、どれもガラスが割られ、倒されている。
「……ひどいな」
そんなことを呟いて、大インチのテレビに目を移す。通販番組をやっていた。紹介しているのは、シンデレラフィットの収納箱。番組終了三十分以内の申し込みで、通常価格の二割引。……明らかに他愛もない、退屈なプログラムだったが、何だかいつにも増して、タレントたちの声がうるさく聞こえた。明るく楽しく商品を説明する言語が、今や卑しい化け物の笑い声にしか思えない。
気分の悪さを感じて、ソファに再び目を向ける。
柔らかなクッションの上に、細かな破片が落ちていた。色は黒く、手に取って目を凝らすと、印刷されている字でかろうじてmicroSDの破片らしいとわかった。もしこれが強盗の類だとしたら、この中に、犯人にとって都合の悪い情報でも入っていたのか。だとすれば、そんな情報は一つしか考えられない。この部屋の中に設置されていたであろう、隠しカメラの映像だ。
しかし、そうだったとしても、写真立てを壊す理由がない。
それに、カメラの位置なんて、ふつう強盗にはわからない。もし知っていたとしたら、それは知人や家族などの身近な人物ということになる。でもどちらにせよ、チップを破壊した跡をこんなにわかりやすいところに残していくのはおかしい。自分が疑われるリスクを増やしているだけだ。
あるいは合理性など二の次にして、家主にただ恐怖を与えたかったのか——
「化け物め」
ふつふつと怒りが込み上げてくる。強盗であろうが何だろうが、彼女がこんな目に遭っていい理由などない。まして婚約者や兄弟との関係に悩み、誰にも頼れずに孤独で苦しんでいた女性を、どうしてわざわざ狙うのだ。俺は写真立てを調べることにした。この憤りは、何かしら調査をしていないと収まりそうにない。
全部の写真に、二人の男女が写っている。
もちろん一人はジェーンで、もう一人は歳の近い細身の男だ。身を寄せ合って親しげにしている。この距離感からして、きっとこれが婚約者……なのだろう。割れたガラスの中で微笑みを交わし合う、幸せそうな二人の姿に、じくりと少し胸が痛む。
全ての倒された写真を元に戻すと、何か妙な感じがした。
この感じは、事務所でメッセージカードを調べた時と似ている。明らかに何かおかしいのに、それが頭の中に浮上してくるのがありえないほど遅いのだ。意識だけが先走って、体がついてこない時のように。
写っている顔はどれも同じだ。
だが撮影場所は実に多様で、雪山や春めく川、紅葉の観光都市に賑わうビーチなど、春夏秋冬のあらゆるイベントが網羅されているように見える。もちろん他愛もない日常のスナップショットもある。本当に、完璧で、完全無欠。その一言に尽きる。
写真立ての一つが、棚の上から落ちていた。
床から拾い上げ、他に同じように戻そうとしてふと、写真そのものを見てみようと思った。つまり、ガラス越しではなく、額から抜き出してちゃんと見てみようということだ。もしかすると、写真立てに隠されているものが目当てで壊していたのかもしれない。
裏返してコルク板をずらし、中の写真を取り出した。
中には写真以外に何もなく、特にメモやドル札が入っているわけでもない。写真を裏返してみると、「一周年記念に」と、短い走り書きがされていた。
「……え?」
勝手に声が出る。何か変だ。いや、何かではなく、本当は俺はわかっているのだ。何もかも全部。それでも事実を認めたくない気持ちの方が強くて、それで何もかもめちゃめちゃになっている。
この筆跡は、これは——寝室の日記のものとは違う。
「う……」
とっさに吐き気が込み上げて、俺は慌てて近くの窓を開けた。外の空気が冷たく入り込んで、気分が少しだけマシになる。血も臓器もないのに、目の前が赤く見える。気持ちが悪い。気持ちが悪い。