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お前を見ている(3)

 翌日、俺は朝っぱらから電車に乗って立川さんのマンションに向かっていた。

 同じ路線の沿線沿いに住んでいたので、そこまで移動に時間はかからず済んだのだが、そもそもが堕落しきった大学生である。社会人の立川さんが出社するために家を出る時間に間に合わせる事自体が一苦労だった。

 昨日と同じマンションの下までたどり着くと、すでに千島さんと宮間さんがいた。朝の挨拶と、二言三言を話した後にマンションから離れる。近くにある公園のベンチの近くで、マンションの出口を見張ることにした。

 距離を置いたのは恩田さんを警戒してのことである。彼が昨日見せた表情を思い出すと、その警戒は納得。捜査の邪魔をされてしまったら面倒だ。


「あ、立川さんだ」


 ベンチに座っていた宮間さんが小さな声を出す。隣に座っている千島さんがマンションの出口に目を向けるのと同時に、ベンチの近くで座らずに立っていた俺も目を凝らした。


「特に、変なところはありませんね……」


「ああ。それにしてもキレイなひとだな……」


 呟いた千島さんの膝を宮間さんがつねる。


「いで!」


「嫉妬しちゃうなあ」


「違う。立川さんはキレイ系で、明里は可愛い系だ。それぞれ違う良さがある」


 俺は言い合う二人を放っといてベンチを離れる。


「あ、そろそろ見切れちゃいますよ。行きましょう」


 俺たちは揃って立川さんについていく。特段変わりはなく、周囲にも怪しい人物はいない。駅が近づくに連れて通勤や通学の人も三人ではすべてを把握できないほどには増えてきてはいるので、絶対というわけではないが。

 駅の改札を通過したのを見届けた後、三限より少し早めに大学へ向かう用事がある宮間さんと別れ、俺と千島さんは立川さんの乗っている車両の隣へ乗り込む。彼女の働いている都心の駅まで満員電車による責め苦を堪能した後、俺と千島さんは立川さんの後をつけてオフィス街にある大きいビルまでたどり着いた。


「ここから先は入れませんね。どうしましょうか?」


 続々と集まってくるスーツの人間を眺めながら俺は千島さんの判断を仰ぐ。彼は腰に手を当ててため息をついてからビルに背を向けた。


「警察のお世話になる覚悟があれば別だけどな。ま、とりあえず近場の喫茶店にでも入るか。退勤のタイミングで連絡を入れてもらうように伝えてあるし、『待ち』だな」


 それから千島さんが予め調べていた立川さんの職場近くにあるチェーンの喫茶店に入る。千島さんはコーヒーを頼んでいたが、相変わらず苦いコーヒーは苦手な俺はココアとモーニングのサンドイッチを頼んだ。

 時刻は八時半。社会人になったらこんな早い時間に職場について置かなければならないのだと思うと自分の未来にげんなりする。それでも立川さんの働いているような大きい会社であれば勝ち組なのだろう。俺には到底入れるとは思えないし、そもそも雇ってくれる場所が見つかるようにも思えない。思えないが、生きていくためにもいつかは俺もどこかに勤めるのだろう。

 ……俺は社会人になったとしても、すぐに音を上げて退職してしまいそうだな。


「すげえでかい会社だったな」


 向かいの席でコーヒーをすする千島さんが言う。俺はうなずいた。


「ですね。あんな会社入れるなんて、立川さんって凄い人なのかも……そういえば、千島さんもそろそろ就活ですよね」


「その話はやめてくれ。胃が痛い」


 千島さんは苦虫を噛み潰したような顔で首を振る。


「就活サイトのCMとかバナー広告とか見るたびに体調が悪くなる」


「あはは……。自分の二年後だと思うと、俺も心苦しいです」


 俺は言いながらリュックの中に入れていたノートPCをテーブルの上に出した。立川さんの退勤まで時間もある。大学の課題レポートでも片付けておこうか。

 俺はレポート作成に集中し、千島さんは真っ白な履歴書をテーブルに置いたまま読書に耽る。立川さんは昼食もお弁当を作ってきてそれで済ませているので昼時も外出することはなく、俺と千島さんもそのまま喫茶店でカレーライスを頼んで済ませる。

 PCのモニターを睨み続けているものの、若干眠くなってきた俺が千島さんの履歴書に目を向けると、相変わらず雪原の如く真っ白であった。「それで良いのか就活生」と考えていたら、遅れて駆けつけた宮間さんが一喝していた。


「まだ時間はあるけど、悠斗もそろそろ将来のこと考えようよ!」


 宮間さんが来たことにより三人グループとなった俺たちは四人がけのテーブル席に移ってから引き続き立川さんの退勤の連絡を待つ。

 三つレポートを片付けた俺が四つめのレポートに手をつけ始めた頃、隣に座る宮間さんに睨みをきかされた千島さんが履歴書に名前を書いていた。何だか親子のようで少し笑ってしまう。

 集中力の切れていた俺は無駄口をききたくなり、悪戯心を乗せて言葉を放つ。


「お二人はいずれ結婚するんですか?」


 質問の直後、頬を少し赤らめる宮間さんと、「何余計なこと言ってんだ」という想いが込められた千島さんの視線が対象的で、俺はまた頬を緩めてしまう。うーん、自分でも性格悪いな。


「……えっと。急だな」


 何か誤魔化す方法を考えているだろう千島さんのその場しのぎの言葉。追撃でもかけてやれと思って口を開いたら、千島さんからの反撃が来た。


「久喜の方こそ、ゲーセンの子はどうなんだ?」


「え、久喜くん、いい人いるんだ!」


 宮間さんも乗っかってくる。できれば、自分の彼氏が結婚の話をあからさまに有耶無耶にしようとしている現状に食いついて欲しかった。

 俺は弥亜さんのことを脳裏に浮かべてからそれを必死で掻き消す。この二人に察されてプラスになることなんて無い気がするからだ。


「ただの知り合いですよ」


「年上なんだろ? 久喜って年下好きだと思ってたから驚いたんだよなあ」


 千島さんが俺の否定を無視して言葉を重ねる。宮間さんも「へーっ! そうなんだ!」とはしゃぐこと女子供の如し。いや、女性だけど。


「いや、ホントにただの知り合いで……。俺、あの人のこと、殆ど知らないですし」


 弥亜さん……針谷弥亜とは、高校二年生の頃に学校の最寄り駅にあるゲーセンで知り合った。彼女は俺が持っている『不思議な力』について見識があるらしく、色々と教えてもらった。しかし、彼女自身のことはほとんど話さない。訊いてもいつもはぐらかされてしまうばかりだった。


「またまたー。そうは言っても……あ」


 容赦ない追及を続けようとする千島さんが会話を止めてポケットから携帯を取り出す。メッセージが来ているようだ。


「立川さんから。そろそろ退勤するってさ……運が良かったな、久喜」


 彼の悪戯っぽい笑みにげんなりしながら喫茶店を出て、立川さんの職場があるビルへ向かう。そしてビルから出てくる彼女の後ろを歩きながら、行きと同じく立川さんの乗る隣の車両に乗って彼女の自宅がある駅へ。

 ほとんど喫茶店にいて駄弁ったりレポートを書いていた俺が言うのはおかしいかもしれないが、ここまではこれといって怪しい人物は現れてこない。

 だが、ちょっとした徒労感に包まれながら電車を降りて立川さんの後をつけようとした時に彼女に接触してくる人間が現れた。


「あれ、知り合いかな」


 千島さんが改札を出たばかりの立川さんに近づいていく男を指し示しながら首をかしげる。

 男はパリッとしたスーツを着こなした長身で、顔立ちも整っている。距離を置いているので会話は聞こえないが、立川さんに親しげに話しかけていた。

 俺が「ナンパとかですかね」と呟くと、宮間さんが「違うね。あれは男だよ」と返してくる。


「そんな話、資料に載ってましたっけ?」


「載ってないけど……勘かな?」


 勘と言い放ったにしては、宮間さんの表情は自信たっぷりだ。

 何を根拠に……と思ったのも束の間、立川さんとその男は手を繋いで駅を出ていった。三人で後をつけていったが、そのまま真っすぐ家に向かっている様だ。


「ほら、当たりでしょ」


 得意げな宮間さん。俺は感心しつつも、次の行動をどうするべきか迷う。


「彼氏さんがついていっているならこれ以上の追跡は意味ないかもですね。どうしましょうか?」


「そうだね……解散する?」


 うなずいた宮間さんが千島さんに提案する。しかし、千島さんは首を横に振った。


「いや、ちょっと寄りたい場所がある。ついてきてくれ」


 彼に言われるまま、俺と宮間さんは夜道を歩く。立川さんの家に向かう路地を一本ずらした通りを進むと、駅前よりも人通りの少ない落ち着いた飲み屋街にたどり着いた。


「寄りたい場所って、居酒屋ですか?」


 素直に「ちょっと飲んで帰ろうぜ」と言ってくれればついていくのに……。と思っていたら、千島さんは並び立つ居酒屋には目もくれず、一目散に歩く。

 そうして到着したのは、道端にテーブルと看板を置いた街頭占いだった。


「ああ、なるほど……」


 立川さんの大学の友人が近所で街頭占いをしており、彼女は帰宅前に時折寄っている。……手がかりを集めるために話を聞こうというのだろう。


「場所、聞いておいたんだ」


 千島さんが街頭占いに近づいていくと、テーブルに座っていた女性が面を上げる。全体的に黒い服装を身にまとい、怪しい雰囲気を出しているが、その表情は朗らかだった。


「あ、お兄さんたち、占いやっていきませんか? 手相でも姓名判断でもタロットでも出来ますよ」


「そうだな。久喜、占ってもらえ」


 千島さんは俺を振り返る。「え、俺ですか?」と素直に疑問を返すと「良いから」と無理やり座らされた。

 占い師の女性は面と向かうと少し困ったような顔で「じゃあ、何で何を見ますか?」と問いかけてくる。

 唐突な展開ではあるがせっかくの機会だ。当たるも八卦当たらぬも八卦。悪い結果が出たとしてもそれはそれ。俺は「タロットで」と言ったあと、「物忘れが激しくて……治りますかね」と伝えた。


「かしこまりました。……でも、あくまで占いなので、本当に問題が深刻なら病院で検査もしたほうが良いですよ」


「あはは、ご忠告ありがとうございます」


 礼を言うと、占い師の女性は「それでは……」とカードをシャッフルする。「まずはスリーカードで見てみましょうか」と言いながら三枚のカードを並べた。


「あなたから見て左のカードが過去、真ん中が現在、右のカードが未来を暗示します。めくってください」


「……わかりました」


 左のカードからめくる。車輪の図柄……運命の輪だ。天地は正位置。次に真ん中のカードをめくる。ピエロが描かれた図柄……愚者。天地は先ほどと同じく正位置。最後に右のカード。一瞬何が描かれているのかわからなかったが、天地が逆さまになった塔だった。

 高校時代に占いに関する出来事に巻き込まれたこともあり、このカードたちが何を暗示しているのかは何となくわかる。

 ざっくりとだが、左から、変化・再出発・未解決が主な意味だろう。記憶を無くすという変化。再出発というのはわからないが……最終的には未解決なようだ。

 そこまで考えてから、この結果が誰にでも一つくらいは当てはまるものを持っているものだと気付く。誰だって変化があって、再出発するようなこともあるし、……問題が未解決になってしまうことも大いにあるだろう。


「そうですね……」


 目の前の占い師の女性は言葉を探している。客商売で、客相手に悪い結果というのは話しづらいだろう。とはいえ嘘を付くのは客側が占いを知っている可能性を考えるとリスクが高い。

 ここから建設的な方向に解釈していくのが占い師の腕の見せどころでもあるのだと思うが、俺はわずらわしく思い、目の前のタロットカードを一つにまとめてから占い師の女性に突き返した。


「もう良いでしょう? 本題に入りませんか? 千島さん」


「ん、良いのか?」


 千島さんがすっとぼけた表情をする。その横で宮間さんは苦笑いしていた。


「まあ、あんまり良くなかったもんね……」


 女性のほうが占いに詳しいことが多い。わかっているということは宮間さんもその一人だったのだろう。

 俺は戸惑う占い師の女性を尻目に席を立って、千島さんを座らせる。千島さんは「まあ、そう言うなら……」とぼやいてから占い師の女性と相対する。


「からかう様な真似をしてしまい済みません。わたくしども、こういったものでして……」


 千島さんは懐からカントー総合情報事務所の名刺を取り出して渡す。訝しげな表情の占い師の女性に立川優奈さんのストーカー事件のことを伝えると彼女は「その話は知っています」と述べた。


「優奈から、相談を受けてましたので……」


 大学時代からの友人であったこの占い師の女性――石間佐織さんは、昼は立川さんと同じく会社勤めの女性だった。誰かの人生相談を聞くのが趣味だという彼女は、それを行いやすい街頭占い師をやっていたのだそうだ。

 千島さんが色々聞くことに対して石間さんは協力的だったが、あまり手がかりは得られなかった。強いて言えば一つ。彼氏に浮気を疑われていて、それが少し面倒だという話くらいのものだ。

 とはいえ、それもおそらく立川さんによる惚気話の延長線上の様なものだろう。今日も仲睦まじく二人で手を繋いで帰っていたのだし。


「優奈、可愛いから狙われやすいのかもしれないですね……晴馬くんも心配してると思います」


「晴馬くん……?」


 宮間さんが石間さんの告げる人名をリフレインする。


「あ、優奈の彼氏です」


「親しげですね。知り合いですか?」


 俺は純粋な興味から聞いた。すると、石間さんは「優奈と私と、同じ大学だったんです」と答えた。


「そうなんですね。それじゃ、余計心配ですね」


「ええ……。私、近くに住んでいるので、明日は一緒に駅まで行こうって話もしてて」


 不安げな石間さん。千島さんが懐から千円を取り出した。


「……そろそろお暇いたします。ありがとうございました。これ、占いの代金です。何かあったら名刺の携帯番号に連絡してください」


「わかりました。代金も丁度、頂戴します」


 石間さんは千島さんが差し出す千円札を受け取り、頭を下げる。

 うやうやしいその態度を見ながら、俺は今日一日の捜査における無意味さにため息をつく。立川さんに朝から張り付いていても何も変化は見て取れず、石間さんからも有用な情報は得られず。

 きっと石間さんにももう合うことは無いだろう。……そう思っていたのだが、その機会はすぐに来た。


 ――翌朝、石間さんから「ストーカーが現れた」という通報があったのだ。

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