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虚ろの追従(1)

 中学二年生の春頃の話だ。


 当時、テレビの影響か何かで都市伝説が流行っていた。

 お札に隠された暗号についてや、昔からある童謡の本当の意味だとか、ベッドの下の男など、いつ自分の身に降り掛かってもおかしくないような噂話。そして、友達の友達という独特の距離で伝えられていく奇妙な怪談。

 いわゆる『オカルト』と呼ばれる類型に入れられてしまう物語たちに、中学生の頃の俺はクラスメイト以上にどっぷりとのめり込んでいた。


 それでも、まだ当時の俺は携帯電話も持っておらず、怪談や都市伝説の蒐集はそれほど出来ない。そんな俺にいろいろな話を教えてくれたのが、橋山一樹という男子生徒だった。


 彼とは二年生に上がるときのクラス替えのタイミングで転校してきて同じクラスになり、その直後の不思議な出来事をきっかけに仲良くなったのだが、それはまた別の話。

 今回ここに記すのは、この頃に一緒にオカルトめいた体験をした仲間のもうひとり、今はもう、どこにいるのかもわからない『柏崎燕』との出会いのきっかけとなった話である。



「輝、こんな話を知ってるか」


 一樹が、その手に持つ菓子パンを一口かじって飲み込んだ後、そう言った。

 とある月曜日、気怠い午前中の授業を終えた俺は、一樹と一緒に昼食をとっていた。通っていた中学校には給食制度が存在せず、一樹は菓子パンを、俺は母の作ってくれた弁当を食べる。

 雨の日の教室の隅、やはり気の乗らない午後の授業に向けて腹ごしらえをしている途中で、肴のように一樹が都市伝説や怪談を話し、それを俺が聞くのが俺たちの定番だった。


「どんな話?」


 今日も始まった。

 毎日作ってくれている母には申し訳ないが、一樹の話が気になり、弁当を食べ進める箸を止めてしまう。その様子を見て、一樹が満足そうに笑みを見せて一言。


「怪談の作り方」


 と、言った。

 一瞬、俺は頭を働かせる。怪談の作り方、と言われて咄嗟に思いつくのは二つだ。

 一つは物語の制作技法としての怪談の作り方。怪談の起承転結にはそれぞれどんな要素が入っており、怪談の怪談たる所以である怪奇はどのようなものがいいのか。怪奇のどの部分に人は恐怖を感じるのか。……人を物語で怖がらせるための技術的な方法だ。

 そして、もう一つは、実際に怪奇現象に出会うという方法。これはもう、そのままだ。体験談自体は、普通の人間であれば日々の生活で常々友人や家族に話しているものだ。であれば、その内容が怪奇現象であるだけで立派な怪談の出来上がり。

 俺は、半ば自信を持ってその二つの方法を一樹に伝える。しかし、彼は首を横に振る。どうやら、彼がこれから話すのは三つ目の方法らしい。


「カクテルパーティー効果って、聞いたことある?」


「名前はどこかで……テレビか何かで聞いたのかな」


「人間の聴覚における選択的注意が起こす現象の名前だ。名前の通りで、カクテルパーティーの様なうるさい場所でも、自分と会話している人間の言葉は聞き取ることが出来る……という現象」


 どこかから持ってきた知識を話す一樹。カクテルパーティーがなんなのかは二十歳を迎えていない俺には知る由もないのだが、興味深い現象だ。

 音は受動的に得ていると思われる情報だ。見たいものを選ぶ視覚とは違って、聴覚には選択性のイメージがない。


「へえ……。だったら、俺たちの今の状況も、一緒だな」


 俺は周囲に目をやってみせる。昼休みの教室は――雨の日で生徒が室内にいることも相まって――件の『カクテルパーティー効果』が発動するに充分すぎる騒がしさだ。それでも俺たちは、雑音にフィルターをかけるがごとく、相手の話の方へ耳を傾けさせることが出来る。便利な機能だ。

 今、俺が傾けている先の一樹がゆっくりと頷いた。


「そうだな。まさにその通りだ。そこで、『辻占』を行うんだ」


「辻占……?」


「古典的な占いの一種だよ。本来は夕暮れ、逢魔が時に辻に立って、通行者が話した言葉を兆しとして占いを行うものなんだ」


 段々読めてきた。

 カクテルパーティー効果とは、自分自身で聞きたいものを選べる理性の範疇の話。一方で、辻占というのはその聞きたいものの選択を理性から外れたものに任せる行為だという話。

 この二つを組み合わせる。それも、この騒がしい教室内でだ。そして、『怪談の作り方』と銘打って始められた実験。そこから導き出されるのは――。


 ――『無意識下で騒がしい教室内の言葉を拾って、怪談を作る』ということ。


「雨の日の教室は、これ以上無いくらいに都合がいいな」


 一樹がぼやくように言った。俺は周囲を見渡す。

 普段は校庭へ出て遊んでいるような活発な男子生徒も、今日ばかりは外へ出ることは無いだろう。昼食を終えたら、雑談をする人の割合も増えそうだ。


「じゃあ、早速、怪談でも作ってみようか」


 一樹が、怪しく笑いながら俺に目を閉じるように指示する。

 俺は、小さくため息をついてから、まぶたを閉じて、視界に真っ暗な暗幕を落とした。


 ざわざわ。

 話し声が聞こえるが、特定の言葉は聞こえてこない。同世代の声たちの周波数が、俺の選択的注意を逸らす。

 それから、頭の中でイメージした。昔、カメラが趣味の父親に教えてもらった、レンズを絞るという行為。本当に撮りたいものにあわせて露光する光の量を減らし、解像度を上げていく。

 しかし、被写体の選定をするのは俺ではない。何か、超常的なものだ。幽霊でもいい、守護霊でもいい、神と呼ばれるものでも、運と呼ばれるものでも、あるいは、このクラスに居る誰かの無意識でも――。


「――けて」


 俺の中のラジオアンテナが、電波を捉えた感覚。周波数調整をするがごとく、徐々に精度が上がっていく。


「――た、す――」


「――け?」


「――てー。ぼち――」


「――の? か――」


「げぇ! ――」


「がっついて――」


「来る」


「――柏崎ぃー。――」


「夜」


「うしろ」


「――ねえ、ちょっといい? 久喜くん」


 俺は目を見開く。視界には、同じく『怪談作り』に集中している一樹。最後に聞こえた声のした左を見ると、一人の女生徒がプリントを持って俺の方を見ていた。


「二人して、何やってんの? 寝てんの?」


「いや、寝てるわけじゃ……。えっと……」


 俺はこの『怪談作り』を説明しようか迷ったが、未だに目を閉じている一樹を横目に見て、それが面倒になった。

 しかし、目の前にいる女生徒はその俺の様子を別の意味に捉えたらしく、居住まいを正してから軽く頭を下げてきた。


「あ、初めて話すよね。私、同じクラスの柏崎。君は久喜くん、で合ってるよね?」


 背筋に冷たいものが走る。

 先程の『怪談作り』で聞こえた言葉の中に、彼女の名字が有ったからだ。


「あ、ああ。うん。合ってるよ。何か用かな?」


 うろたえながら答えると、柏崎さんは手に持っていたプリントを渡してくる。


「さっき、先生が来て『渡せ』って。入部届。どっか入んないの?」


 言われながら、プリントの内容をざっと洗う。白紙の入部届と、付箋。付箋には『四月中には提出してください』といった旨のことが書かれている。なるほど。先程『怪談作り』中に聞こえた柏崎さんを呼ぶ声は、先生のものだったのだろう。


「うん……面倒だしさ」


 俺は部活動に所属していない。言った言葉に嘘はなく、面倒以外に特段理由は無い。この時期の入部しろしろ攻撃も四月を過ぎてゴールデンウィークが終わる頃には弱まり、梅雨の時期には誰も何も言わなくなる。それまでの辛抱だ。

 それよりも、気になったのはさっきの『怪談作り』。柏崎さんが目の前にいるが、俺は忘れない内に聞いた言葉を頭の中で組み立てた。


 ええと、確か。

 た、す・け・てー。ぼち・の? か・げぇ・がっついて・来る・柏崎ぃー・夜・うしろ。

 助けて。墓地の影がついて来る。柏崎。夜。後ろ。


 俺は、目を見開いて柏崎さんの顔を見上げる。長い髪をゴムで一つに束ねて左肩から前へ流している髪型の彼女は、胸元にあるその毛先をいじりながら、疑問を示すように小首をかしげた。


「どうしたの?」


「……あのさ」


 俺は、思わず話し出してしまう。好奇心で、興味本位で。


「夜、何かがついてくる、みたいなこと、無い?」


 一瞬。柏崎さんの表情が固まる。しかし、彼女はまたすぐに笑いだした。


「あはは、ナニソレ。ストーカーみたいな?」


「いや、墓地の影、とか」


 言うやいなや、柏崎さんが俺の肩をすごい勢いで掴んでくる。手が、震えている。


「……何か知ってるの?」


「……いや、何も――」


「――でも!」


 俺の言葉を遮るように、今までだんまりを決め込んでいた一樹が大きめの声を出した。

 俺も柏崎さんも、驚いて彼の方をみる。彼はというと、目を輝かせていた。


「何か力になれるかもしれない。聞かせてくれよ、その話」

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