回想録(2)
モニターの光に照らされた薄暗い部屋の中、男はマウスのホイールを回す手を止めて、先程まで開いていたテキストファイルを閉じた。
「順番、無茶苦茶だな。更新の日付は時系列とは関係ないのか……」
本人が読む上でわかればいい。彼が読んでいた『回想録』とでも言うべき文章の並びからはそんな意図がにじみ出ている。男は「整理、苦手そうだしな……」と呟いてから、彼の背後に広がる汚い部屋を一瞥した。
静かな部屋にパソコンの冷却用ファンが時折まわる音だけが響く。時折アパートの近くを通る車のエンジン音がそこに混じってくるだけで、やはり静寂である。
「高校、社会人、中学ときて大学時代……もしかして人生全部振り返ってるのか」
男は左腕を上げて腕時計を確認する。深夜とはいえ、まだ時刻は深まりきっていない。少なくとも朝まではまだまだ時間がある。
「あいつは今年で社会人二年目だよな……」
再びマウスを操作し、いくつものテキストファイルが入ったフォルダの中を漁る。更新の日付が内容のヒントにならないのであれば、唯一中身を推察できる情報はファイルの題名のみ。
しかしそれも、『擦り切れる夢』や『人影』など、具体性に欠けている。
「こんなわかりにくいファイル名つけて、会社でちゃんとやってんのか」
少し苛立ちを見せた男だったが、しばらく乱暴にマウスを動かした後で微笑んだ。
「いつも必死なのは、あいつらしいか。……ん、『銀色の落とし物』、ね……」
男は目についたテキストファイルを開く。そして、問うように独りごちる。
「どこまで知っているんだろう。もしかしたら『銀のペンダント』の在り処の手がかりもあるのか……」
そして今度は、自らで答えるように呟いた。
「……そんなはずはないか。まあいい。もう少し、読んでみるか」
モニターの光が変わらず部屋を照らす。
まだ朝は遠い。




