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何でも屋を始めるそうです。4


街の入り口を目指していたユートだが、杖と本の重さに耐えかねて一度休憩することにした。

広場にあった石の椅子に座って、行き交う人々をぼーっと眺める。


「それにしても、高い買い物しちゃったな」


傍らに立て掛けた杖、『黒翼の杖』の宝珠が陽の光を受けて深い紫色に輝いている。きょろきょろと辺りを見回して、魔術師であろう人間を探し出して、げっ、と小さく声を出した。

明らかに、自分が持っている杖がアウェーすぎる。


「いくらなんでも高級品って丸わかりだよ!!あそこの人とか金属製の棒に小さな宝石はめ込んである杖もってるだけだしさ!!」


思わず声を荒げてしまった。普通の魔術師が持っている杖の様体と違いすぎて、目立ちすぎている。

はぁ、とため息。


「……さっさと帰ったほうが良さそう……変な人に話しかけられるのも嫌だし」


とも思ったのだが、傍らに持った本の中身も気になる。

そういえば、こういう物品ってステータスとかあるのだろうか、とRPGに侵された脳みそが思考とはまったく異なった行動を命令する。

自身のステータス板を開いて、ある天恵を見出す。


「そういえば『観察眼』って天恵があったっけ……アクティブスキルだし、今この場で使えないかな?」


どうすればアクティブスキルが使えるのか、『観察眼』の長い説明文を確認してみると、最後の欄に書かれていた。


「えーと……対象を指定して『チェック』って発言すれば天恵を発動可能?へぇ……」


横に立て掛けてある『黒翼の杖』をちらりと見る。ゆっくりと手を伸ばして


「『チェック』」


一言呟いた。すると、その瞬間自分のステータス板の横に新たな透明な板が現れた。

そこに膨大な文章が書かれているのが分かり、少々躊躇いながらも目を走らせていく。

大切な情報のみを抜き出してみると、そこにはこの杖の性能が記載されていた。


黒翼の杖(レイヴンズ・ケイン)

希少度99

MP+2000 INT+190 DEX-20 AGI-20

属性:光・闇

起源樹の根元にて、幾度となく魔力を蓄えることで完成する魔法具。

術者の力量によってその力を変質させ、選ばれた者にしか扱えない霊域の魔杖。

制限:ランク8以上のジョブ:「魔術師」

恩恵:『終告げる逢魔ヶ刻(レイヴンズ・クライ)

   解放条件:???(条件を満たした後に恩恵の情報を取得可能)


「希少度99……どこまでが上限か分からないけど、凄い杖ってことか」


これは、手に余る物品を買ってしまったのでは。

恩恵という枠が気になったが、その先の情報は『観察眼』の天恵をもってしても見ることはできなかった。


そして、手に持っていた本にも『観察眼』を発動させる。


???(名称不明)

希少度??

タイプ:魔法書

誰かの手によって編纂された無銘の魔法書。


意外にも少ない文字数に、ユートはおや、と首をひねった。


「固有名詞を持ったものじゃないと詳しいことは分からないってことかな?」


ふむふむ、とユートは腕組みをする。なんだかんだで、自分の身に備わっている天恵は全てが万能という訳でもないようだ。

擦り切れた表紙には何も書かれていない。ユートは表紙を開いて中身を確かめた。

もくじを見てみると、それぞれの属性に分けて魔法の詳細が書かれているようだ。

地水火風、治癒、幻術、召喚、変性、光、闇とずらりと魔法の属性が並んでいる。


「……これは、帰ってから読んだほうがいいかな」


今ここで読める量ではない。はぁ、とため息をもう一度吐いて、杖と本を抱えながら立ち上がる。

が、その瞬間だ。


―――天恵「第六感」が自動起動しました。


左下に走ったログに、え、とユートは小さな声を出す。

一体なんだろう、とログを確認すると、更なる一文が出現する。


範囲五十メートル以内に、こちらへ敵意を向ける存在が確認されました。対象をマッピングしますか?


そのログ出現と同時に、目の前に「はい」と「いいえ」の確認欄が表示された。


一瞬硬直したユートは、恐る恐る「はい」のボタンを押す。

奇妙な音を立てて、視界の右下に周辺の地図のようなものが出現した。そして、ユートの現在地と、赤い丸で表示される謎の存在、その数五つ。


「ど、どういうこと!?」


ごくり、と唾を飲み込む。後ろを振り向こうとしたがすぐに思い留まった。

こちらが気付いていると分かれば、相手も強硬策に出るに違いない。


(っていうかなんで!?僕に敵意を向ける人には『全能ノ気』が発動するはずなのに!?)


ぐるぐると目を回しそうになって、急いでステータス板を開き『全能ノ気』の天恵情報を確認する。

膨大な情報の中、一番下に書かれている言葉に目を瞠る。


制限:属性「魔獣」「霊」、ランク3以上の天恵属性「知識」を持つ敵対者

(「制限」以外の対象には、発動確率が大きく下がる)


「……」


そういうことは上の方に書いてもらわないと困る。

なんだそれ、使いにくいにも程がある、とユートが毒づく。その説明文に、森の中で起きた別の恐怖を思い出して身震いしそうになった。

―――あの獣みたいな声、『全能ノ気』が発動しなかったら……。


(と、とりあえず、相手は気付かれてないと思ってるから……森の中に入って全速力で逃げれば……)


と、そこでハッとする。


「って僕子供じゃん!?どうやって逃げんの!?」


自分が子供の姿だということを忘れていた自分に自己嫌悪。


「なんなの……なんで子供の姿に慣れちゃってんの自分……バカなの……自分バカなの……」


自己否定の坩堝に嵌りそうになって、ユートはずり落ちそうになる魔法書をもう一度抱え直して、街の外に続く大通りを歩みだした。

ちらりと視界右下の地図を確認してみると、明らかに5つの光点がこちらを追跡しているのが分かる。


(そりゃあついてくるよね……)


まあ、本当はただの勘違いです、なら良かったのだが。


「いやまてよ……そうだ、森の中で使ったあの魔法を使えばなんとかなるかな」


大通り端にあった分かれ道へと歩みを進めて、後ろから聞こえる足音を聞く。ある程度の距離はある。

それなら。


「『ヘイスト』!!」


左下に魔術使用のログが流れ、ユートの全身が光に包まれた。移動速度が上がった状態で、ユートは狭い道を全速力で駆け抜ける。


「おい、ガキが逃げたぞ!!」


「足力強化の魔法だと!?なんであんなガキが上位の魔法使えんだ!!」


「いいから早く回り込め!!絶対に逃がすな!!」


後ろから複数人が喚いている。ひぃ、と頼りない声を上げながら、杖と本をなんとか握りしめながら街の入り口へ駆け抜ける。


「ど、どっち!?街の入り口……こ、こっちか!!」


ばたばたと走る自分の速度が上がっているのは体感で分かる。だが、それ以上に杖と本が重くて腕からずり落ちそうになる。

入り組んだ路地を通り抜け、坂道を登って周囲を確認する。


「待てクソガキ!!」


「ひぃっ……!!ま、待てって言われて待つ人はいないって!!」


ヤクザたちに追われている気分だ。大した度胸もないユートは、後ろから聞こえてくる怒声に身震いしながら入り口へ続く道を駆け抜ける。


「よ、よし、ここを抜ければ……ってうわ……!!」


目の前の開けた道に抜けようと思ったら、いきなり割り込んできた人間二人に阻まれる。おそらく、回り込んできた暴漢達だろう。

足を止めて後ろを振り返れば、仲間の男たちが詰め寄ってくる。


「手こずらせやがって……!!」


「おい、殺すんじゃねぇぞ!金に変えるんだからな!」


「ちょ、ちょっと待ってください!な、なんで僕を襲うんですか!?」


「っは!店ん中で宝石なんて見せびらかすんじゃなかったな!どこかの貴族の子息だってのがバレバレなんだよ!」


「は、はぁ!?」


待てよ、店の中……と思案して、道具屋で宝石を換金したときのことを思い出す。そういえば、道具屋に他の人がいたような……


「あ、あの道具屋にいた……!!」


指を差したユートに、男たちがげらげらと笑った。


「お前を人質にして、金を巻き上げてやるからな。さっさと俺たちに捕まりな」


「……!!」


(ふ、ファイアーボール撃とうかな……い、いやでも人に対して流石に火は……)


武器に手を当てながらじりじりとにじり寄ってくる男たちに葛藤するユート。自分の置かれている状況がかなりまずい状況にもかかわらず、日本という平和な社会で生きてきたユートにとって、自己防衛に走る思考がほとんどなかった。


―――何か、風を切る音がした。


それは一瞬の出来事だった。


「え……うぇっ!!!?」


いきなり襟首をぐぃっと引かれたかと思ったら、自分の体が宙に浮いた。男たちも驚愕の表情でこちらを見たのが分かったが、視界は一瞬で変化し、空を飛んでいるかのような街全域の景色へと変わる。


「え、え……な、なにこれ……」


「いやー危なかったなぁ。あと少し遅かったら袋の中だったよ」


「ん、あ、え?」


意味を成さない言葉を繰り返す。そこで、聞こえてきた声の方向に顔を向けると。


「ったく、ばっちゃんに言われた奴探ってみたら、まだ子供じゃんか……あ、ちょい待ってなー、目ぼしい場所に降ろすから」


「い、えええええええええええええええ!?」


間違いなく、ユートは今、空中を飛んでいた。

飛ぶというより、跳ぶ、だが。

顔を上げると、バンダナを巻いた金髪の少女がこちらにニカッと笑いかけている。


「ちょ、おろ、おろおおろおおろ」


「な、何言ってるか分かんないけど……お、あそこでいいか」


真横へと働いていた慣性が、いきなり下へと変化する。


「い、いやあああああああああ!!!」


明らかに落ちている。ぐっと体を強張らせたユートに苦笑した少女だったが、一軒家の屋根の上に軽やかに着地する。


「よしっと、着地成功。どうよ、空の旅、楽しかった?」


「い、いいいい……」


ガクガクと身を震わせるユートは突如現れた少女にゆっくりと顔を向ける。


「なんだよー男の子だろ?空中散歩したぐらいでそんな怯えるなってばー」


―――空中散歩なんて、誰も味わいたくないと思う。


「いや、その……えっと……あ、ありがとう助けてくれて。き、君は……」


「ん、あたし?あたしの名前はエイシャ!エイシャ・エーレっての!よろしくね!」


白い歯を覗かせて、両腕を頭に回したままニカッと笑った少女、エイシャはそこでユートへと顔をずいっと近づける。


「でさ、助けたお礼にそれ、貰いたいんだけど」


「え?」


そこで、指を差された物品に目をむける。それはストラから貰った魔法書だった。


「ストラのばっちゃんにそれもらったんでしょ?」


「……そうだけど、なんで知ってるの」


「それ、本当はあたしが貰う予定だったんだよね。杖の素材集めたら、依頼達成報酬と一緒に貰うはずだったのに、なんかばっちゃんが他の人に渡したっていうからビックリしちゃってさー」


「え、そうなの?」


「そう、そうなんだよ。それは元々あたしのもの。だからそれ譲って欲しいんだけど」


食い気味に言ってくる少女に、ユートは圧倒されながら小脇に抱えた魔法書を手に取ってじっと見つめる。


「そっか。じゃあこれ返すよ。まさか先約がいたなんて思ってなくて……ごめんね?」


「……え?」


だが、魔法書を差し出したユートにエイシャは目をぱちくりさせた。

しばしの沈黙が流れる。

鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしたエイシャに、ユートは首をかしげる。


「?どうしたの?」


「ああ、いやー……なんか拍子抜けだなぁと思って。あたしの知ってる子供ってこんなに聞き分けよくないからさ。あんがとね」


エイシャが受け取った魔法書をしばし眺める。


「そういえば、キミの名前聞いてなかった。キミ、名前は?」


「あ、僕の名前は……ユート。よろしく」


「そっか、ユートって言うんだ」


そうポツリと言うと、ユートの頭を撫でる。


「キミ、いいヤツだね!孤児院にいるあいつらにも見習って欲しいぐらい」


ウキウキとした表情で魔法書を見つめるエイシャに、ユートは微笑んだ。

が、大切なことを思い出して、ゆっくりと片手をあげる。


「あ、あのー……」


「ん?どした?」


「……ここから降ろしてください」


涙目になっているユートにエイシャはまたポカンとした表情をしたがぷっと噴き出した。


「わ、悪い悪い!ちょっと待ってね、今降ろすから……」


魔法書をポーチへしまい込むと、ユートの脇に手を添えて、屋根の上からぴょんとジャンプする。

スタッ、と着地すると、ユートをゆっくりと地面に降ろした。


「はい、これで大丈夫。……キミ、やっぱりここらへんじゃ見かけない顔だなぁ。迷子?」


「え、えーっと……」


魔王から杖を買うおつかいを頼まれました、とは言えない。

どう説明しようか迷って、仕方なく表に出せる情報だけ言うことにした。嘘も交えてだが。


「じ、実は、この街の近くにある森の奥で、姉さんと一緒になんでも屋を始めたんだけど、食糧がなくなって買い出しに……」


「え?森って……あの離れにある森?」


「う、うん……」


うーむ、とエイシャの顔が悩ましい表情に変化する。


「あの森って、めちゃくちゃ危険な魔物いっぱいいるんだけど、あんなところで店開いたの?」


「そ、そうです……」


「ふーん……」


ふむふむ、とエイシャは何かを気にするようにユートをじっと見つめてくる。


「なるほど……嘘は言ってないのか……」


「え?」


「悪いね。あたし、情報収集に関する天恵持ってるからさ、他人がやましい状況になってると察知できんだけど、ユートは嘘言ってないみたいだなってさ」


(こ、こわっ!なにその天恵!?)


心の中で冷や汗をかきまくる。魔王のこと詳しく言わなくて良かったと安堵した。

んー、と小さく声を出していたエイシャは、よし、とユートに肩を置く。


「魔法書譲ってもらったし、そのなんでも屋の場所まで一緒に着いてくよ。あの連中もまだユートを狙ってるでしょ?」


「それって……」


ユートを送り届ける、と言っている。


(何か裏なんて……ないよね)


軽い人間不信のため、少し疑ってしまった自分に嫌気が差した。

もう一度ニカッと笑ったエイシャは、ユートの手を取る。


「よし、じゃあ行こっか!森にいる魔物はあたしに任せといてよ。絶対ユートを守るからさ」


「……はは……じゃあお願い」


快活に微笑む少女に、ユートは苦笑しながらエイシャの手をぐっと握った。


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