何でも屋を始めるそうです。3
◇
「うーん……」
ユートは悩ましい声を上げながら、視界の端に映るステータス板をちょいちょい弄りまくる。
天恵「全能ノ気」の恩恵を無効にしますか?
「無効にしてもいいんだけど、そういう人たちから無防備になるのはなぁ」
自分の見た目が子供だということもあり、ずる賢い大人から悪意を向けられても不思議ではない。そういう者から身を守るために、ユートはこの天恵の無効化をやめることにした。
シュン、と微かな音がしてステータス板が閉じる。
(……いや、それよりも)
ユートは懐に持った大金の入った袋を握りしめて、周囲をぐるりと見渡した。かなり大きな街で、行き交う人も様々だ。
通常の町人のように質素な服を着た人、鎧や剣、弓を装備している人、馬の手綱を握りしめて通りに消えていく人。
その中で、立ち尽くす小さな自分。
「杖を売ってる店ってどこ!?」
思わず叫ぶ。そうなのだ、魔法の杖を売っている店がユートには分からない。先程見つけた道具屋はあからさまにショーケースに商品が陳列されていたから分かったが、周辺の店の看板を見ても、一体どんな店なのか全然見当がつかない。
「どこの世界でも、難しい言葉使ってる店ってあるんだなぁ……」
実際、日本にもやたらと長い名前の店があったりするが、客引きに困らないのだろうか、あの中身が全然分からない店名で。
と、そこでユートはやっとそれらしい店を見つけることができる。
「あ、これかな。えーと、魔杖工房……ってまたそのままな」
店名も簡素だが、店そのものも中々に年季が入っている。古ぼけた木で出来た、隙間風が通っていそうなボロボロの店だ。
もしかしたら他にいい店があるかもしれないが、それで間違って全然違う店に入ってしまうのも恥ずかしかった。
おずおずと、ユートは店の扉を開ける。からんからん、と鳴り響いたベルが、工房内に来客の報せを届けた。
「あ、あのー……すみませーん?」
しかし、店の中はしーんと静まり返ったままだ。周囲に存在する棚に置かれているのは、様々な杖の数々。
ユートはその杖たちを見ながら、おお、と声を上げる。
「これが魔法の杖か。凄いなぁ、こんなのコスプレでしか見たことないし……」
ネットサーフィンをすると、イベントに出てくるコスプレイヤーの画像とかが上がっていたりするが、工房内にある杖の一つ一つは精巧な美術品であるかと思うほどに美しかった。
長さはおよそ1メートルほどのものから、通常の人間よりも大きい2メートルほどのものまで様々だ。
「―――おやまあ、珍しい客が来たものだ」
と、店の奥から嗄れた声がした。長い外套を引き釣り、杖を突きながらゆっくりと歩いてくる、片眼鏡をかけた老婆の姿。
「あ、ご、ごめんなさい、決して商品に触ったりは―――」
「良いんだよ、自由に見ていくと良い。ゆっくりとね」
と、よっこらせ、と声を上げて、一段高くなっている敷居の上に腰掛ける。
こちらをじっと見つめてくる店主の老婆に、ユートは気まずくなる。
「あ、あの……け、決して冷やかしとかではないんです。自分の杖を探していて……」
そこで、一応断りを入れておく。子供が迷い込んで珍しい杖にただ目を輝かせているだけと思われたくなかった。
が、返ってきた言葉は予想外の言葉だった。
「うむ、分かっておるとも。お前さんに合う杖は、そこの棚にはないがね。気に入った杖から見定めていくのも、魔術師として必要なことだよ」
「―――え?」
意味深な言葉に、ユートは目をぱちくりさせた。
その姿に、老婆がかっかっと笑った。
「面白い坊やだ。私が見た魔術師の中で、途方もない魔力を持っておるな。それに精霊の加護も与えられとるとは……まさに精霊の愛し子、と言った所かの」
「ぼ、僕のことが分かるんですか!?」
「おお、分かるともさ。その歳で魔術を極めるとは、なんとも末恐ろしい坊やだ」
ユートはぐっと身構える。まるで、自分のステータス情報を覗き見られているようだった。しかし、悪意は感じない。
そもそも、「全能ノ気」が発動していない時点で、この老婆は自身に悪意を持っていないことが証明されている。
皺の刻まれた顔をにこりと微笑ませると、老婆は杖を前に突きつけた。
「ふむ、だがまぁ……素人に杖選びは難しかろう。どれ、坊やの後ろにある棚の下から3段目の引き出しを開けてみると良い」
「え、3段目の引き出し……」
くるりと後ろを向いて、棚の下にあった引き出しの下から3段目の引き出しをゆっくりと開けてみた。
それは、美しく螺旋状に絡み合った無数の樹木が形作った杖だった。杖の先には深紫に輝く謎の宝珠が埋め込まれていて、そこから妖しい輝きが漏れ出している。長さはおよそ1.4メートルほどだろうか。ユートの身長とほぼ同じ長さだ。
「こ、この杖ですか?」
「あらゆる魔力流動に適性を持つ起源樹の木繊維を螺旋状に撚り合わせて、黒結晶に強力な補強術式を組み込んだ杖でね。『黒翼の杖』と呼ばれる杖だ」
……いや、いやいやいやいや。
「少しお聞きしたいのですが」
「なんだい、そんな化け物を見たような声を出して」
「やっぱりその……お金は」
「そりゃあ高いさ。世界に一つしかない稀少品だしねぇ」
―――やばい。
「む、無理ですよ!?そんな高い品物を僕みたいな子供に……!!」
「子供ってはね、自分を子供だと言いたがらないと思うんだけどね。お前さんが精霊に愛されているのも、その精神性のおかげかい」
「いやちょっと待って下さい。もうなにがなんだか自分でも分からないっていうか……」
「ぐだぐだ言うんじゃないよ。お前さんの力量に耐えられる杖はそれぐらいしかないのさ。他の杖を使おうものなら、魔法を使った途端壊れちまうよ」
「……マジですか」
他に聞きたいことは沢山あるが、他の杖で魔法を使うことはできないようだ。
懐にしまった金貨袋を覗き見る。
(レティから貰ったサファイアを換金したお金だし、無駄遣いできないしなぁ……)
どうなのだろう。もしこの杖を買ったとして、レティはどんな反応をするのだろうか。
「……逆にめちゃくちゃ喜ばれそう」
普通なら怒られるところだが、あの少女はどこか抜けている。
それに、全く使えない杖を持って帰ってもレティにまた買いに行けと呆れられる可能性が高い。
結局悩みに悩み。
「それ、買わせてもらいます」
折れることにした。
それを聞いた老婆がにこりと笑う。金貨袋を差し出すと、それに見合った金額をそこから抜き取る。ボッタクって通常の金額よりも多くの金額を持っていくかもしれないと警戒したが、『全能ノ気』が発動する気配はない。
「はい、毎度あり。杖が破損したらまた持ってくるといい。修理代もかかるが、完璧に直してやるからね」
「はぁ……どうも」
目の前に置かれていた『黒翼の杖』を握りしめる。先端に付けられた黒水晶がキラリと一瞬輝いた気がした。
返された金貨袋の重さを手で確かめてみると、相当な金額だったことが分かる。
(……まあいいか。帰ってレティの手伝いしないといけないし)
そこで、杖を目の前に立ててこちらをじっと見つめている老婆に確認したいことがあって口を開く。
「あの……どうして僕のことが分かるんですか?」
そう訊くと、老婆がにこりと微笑んだ。
「さあねえ、お前さんの魔力の輝きが眩しすぎたのかもしれないねぇ」
コロコロと笑う老婆に、ユートは頬を掻いた。
「……僕、ユートって言います。あなたは……」
「ああ、自己紹介がまだだった。私はこの魔杖工房の店主、ストラというんだ」
ストラ、と名乗る老婆は、その様体に似合わず若々しく元気に笑った。
「はい、ストラさん。それであの、追加で質問なんですが……」
「なんだい、畏まって」
「あの、実は魔法のことが書かれている本を探してまして……近くに本屋とかってありますか?」
きょとん、とした顔を浮かべたストラは、その瞬間大きな声で笑った。
その意味が分からずにユートはそのまま棒立ちのまま動けない。
「そうかそうか、いや、なるほど。精霊に愛されていながら魔法を学んでおらんか」
「う……ま、まあそういうことになりますね」
ユートの心にぐさっと刺さる。これでは、杖だけ立派なものを買ってきた物知らずの子供だ。
「そんな落ち込まんでいい。そうだねぇ……それなら、ちょいと待っててもらえるかね」
ゆっくりと杖を突きながら立ち上がったストラは数分後、分厚い紺色の本を持ってきた。
「ほら、これをお前にやろう」
差し出された本。所々擦り切れて黄ばんでいて相当年季の入ったものだということが分かる。
怪訝な表情をするユートに、ストラは口元を僅かに綻ばせた。
「魔術の基礎、応用が載っている本さ。少し昔の本だからね、今のものとは多少違いはあると思うが、基礎学習には十分だろう」
「も、貰っちゃっていいんですか!?」
「サービスだよ、気にする必要はない。その杖の代金に比べたら安いもんだ。年寄りの親切は素直に受け取っておきな」
「―――!!あ、ありがとうございます!!」
受け取った本の重さを確かめながら、ユートは片手に杖を持ってストラの店を後にする。
出ていく際に一度お辞儀をすると、ストラはにこりと笑って店の裏に姿を消した。
―――その十数分後。
またも魔術工房の扉が開かれ、ベルが鳴る。
とたとたと忙しなさそうに駆けて、店のカウンター前にダン!と両手を置く少女の姿があった。
「おーい!ばっちゃん!帰ってきたよ!」
快活に大声を上げる少女。金髪をバンダナで纏め上げ、上半身に胸を守る軽鎧。身軽さを上げるために腹部に鎧は巻かれておらず、健康的な肌が露わになっていた。
下半身も同様に肌がほとんど顕になっており、ホットパンツと黒のブーツという身軽すぎる恰好だ。
「まったく、やかましい嬢ちゃんだねぇ」
「なんだよー!ばっちゃんが杖の素材収集頼んできたから持ってきたのにさぁ。はい、これ」
後ろに下げていたポシェットから出てきたのは、木の幹や樹の実、小さな鉱物など様々だ。
「ふむ……確かに。お前の持つ探知の天恵は別格だねぇ」
「何今更なこと言ってんのさ。あたしにかかれば素材収集なんて一日かからないよ!」
ニヒヒ、と笑う少女に、ストラは微かに微笑んだ。
「ほう、そうかい。ほら、依頼報酬だ。受け取りな」
と、少女の前に銀貨三枚が置かれる。それを見た少女は一瞬目を輝かせたが、すぐに怪訝そうな表情に変わる。
「んん?ねぇ、あれどしたの?」
「なんだね、あれ、とは」
「あれだよあれ!ばっちゃんが持ってる魔法書!今回の依頼達成できればくれるって言ったじゃん!」
ばんばん!と机を叩く音に、ストラがやれやれと杖に両腕を置いた。
「ああ、そういえばそんなことを言ったかね」
「言ったよ!ちゃんと覚えてるもん!」
「そうかい、最近物忘れが激しくてね。歳のせいかね、悲しいもんだ」
「そんなことどうだっていいから、ほら、早くくれよー!」
ずい、と顔を寄せてくる少女に、ストラはぽりぽりと額を掻いた。
「悪いがね、エイシャ。あの本、他の奴に渡しちまったんだよ」
「……え?」
しばしの沈黙。しばしの静寂。その後。
「はああああああああああああああああああああああっ!!!?」
勝ち気な少女の驚愕の声が魔杖工房の中に響き渡った。




