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何でも屋を始めるそうです。2


薄い霧が木々の間を這いながら、森林に蔓延している。そのせいか、ユートは体に沁みるような寒さを感じて身震いした。


「いくらなんでも短パンで森の中歩くっていうのはつらすぎるでしょ……」


出発するときに服装をどうにかしてもらえば良かった。まあ、言ったところで「無理」と返されそうなのだが。

うーん、と唸りながら、ユートはステータス板を出現させて自分の能力値を確認することにする。

何かを考えていないと、寒さに耐えられなさそうだ。


「……って、ファイアーボール使えばいいか」


よし、と思い至って、一言、魔法名を呟く。


天恵「鋭キ刃」発動。


「あ」


その考えに至ったのは至極当然なのだが、自分の天恵の効果を忘れてしまい、「ファイアーボール」を唱えた結果何が起こるのか深く考えていなかったのがユートの過ちだった。

天恵「鋭キ刃」により効果を上昇させたファイアーボールはフレア・レインに変性し、ユートの指先から迸る無数の火球が周辺に飛び散りまくる。


「!??!?!?!!!?ちょ、ちょっと待って!ストップ!!ストオオオオオオオオオップ!!」


ぼっ、という最後の音を聞いたところで魔法の効果が消え失せたが、拡散した火炎が木々に燃え移っていく。


「―――!!?ちょ……!?み、水の魔法!!水の魔法ってなんだ!?う、ウォーター?スプレッドとか?」


火炎地獄に陥っていく森の中、水の魔法であろう言葉を連ねていく。RPGでよくありそうな魔法の名前や、水に関連する名称をずらりとあげて―――


「ふ、《フリーズ》?」


天恵「鋭キ刃」発動。

天恵「精霊王ノ加護」発動。

天恵「詠唱破棄」発動。

魔術「フリーズ」を使用しました。対象を選択して下さい。

天恵「鋭キ刃」により、魔術「フリーズ」が魔術「フリージング・ミスト」に変性しました。

魔術「フリージング・ミスト」を使用しました。対象領域を選択して下さい。


「うわっ……!?」


足元から拡散した白銀の濃霧が、周辺に拡散する。轟々と燃え盛っていた木々の合間を侵食すると、その霧に触れたものがピキリ、という音と共に凍りついていく。木々が軋むような音を繰り返し、氷で炎を包み込む。

ユートの周辺にある全てのものが氷に包まれ、沈静化した。


「魔法のことが書いてある本とか、街に行ったら売ってないかな……」


これはダメだ。なんの考えもなしに魔法を使うと、どんなことが起こるのかが怖すぎる。

そもそもどんな魔法があるのかも分かっていない状態だ。レティから防御魔法を一つ教えてもらったが、たったひとつ覚えただけではどうしようもない。

ユートは半透明の板を開いて、天恵欄を確認する。


「……これ任意で使えるようにならないのかな」


天恵欄にずらりと並ぶ効果情報。

「鋭キ刃」の属性にパッシブ、と書かれているため、勝手に発動してしまうことは分かっている。アクティブやトグル式の天恵ならばまだしも、パッシブではこちらで任意発動は不可能なのだ。


ちょいちょいと天恵欄をいじった後、そうだ、とあることを思い至る。そういえば、ソーシャルゲームとかでは―――

ユートは、天恵欄にあった「鋭キ刃」の名前に三秒ほど指先を置いてみる。すると、


天恵「鋭キ刃」の恩恵を無効にしますか?(有効にするには、天恵名を長押ししてください。)


天恵の効果を一時的に無効にするメッセージが表示された。ほっと息を吐いて、ユートはそのメッセージに対して「はい」を選択し、パラメータ板を閉じた。


「……どんな魔法になるか分からないし、あの天恵は暫く切っておこう」


―――街でレティから言われた杖を買った後に、魔法の本について探してみるか。


周囲が凍りついて、余計に寒くなった気がした。ユートは凍った地面に足を取られないように気をつけながら突き進む。


天恵「全能ノ気」発動。


「―――え?」


突如、左下のログに走った天恵発動の文字に首をかしげる。もしや、魔法を唱えたからだろうか。


と。


―――グルルルルル……


なにやら、周りから獣の唸り声のようなものが聞こえる。しかも、一体ではなく複数だ。

頭の中で自分の状況がどうなっているのか、深く深く思考し―――


「……《ヘイスト》ッ!!」


天恵「精霊王ノ加護」発動。

天恵「詠唱破棄」発動。

魔術「ヘイスト」を使用しました。対象に歩行速度+を付加します。


奇跡的に発動した魔法がユートの全身を包み込む。薄い青色の光が全身を覆ったその瞬間に、全速力で森の出口へと走り出す。


(さ、騒ぎすぎた!!狙われてる!!絶対に狙われてるぅぅぅうぅぅぅ!!)


涙目で、森の中を陸上選手顔負けの速度で疾走するユートの胃がきりきりと痛みまくっていた。


やがて開けてきた視界の先に見えたのは、高い石壁と、その入口に立つ甲冑を纏った人間の姿だった。息を切らしながら街の入り口で止まり、なんとか息を落ち着かせてその様子を見る。

見ると、かなり大きな街だ。丘を削って作られた街なのか、幾つもの階段がここから見える。

その一番上には豪華な屋敷が見え、この街のトップが住んでいるのかもしれない。


「君、大丈夫か?」


と、入り口近くに立っていた男に話しかけられた。あはは、と愛想笑いをして、街の中に入る。

尚も不審な表情をしていたが、子供が街の外で遊んでいたとでも思われたようだ。


「ま、まるでRPGの世界……!」


ゲームでよく見る景色に、ユートは感嘆の声を上げる。

行き交う人々は近代ヨーロッパのような服装をしているし、帯剣やマントを羽織っている人も確認できる。まさにRPGの世界である。

きらきらと顔を綻ばせていたユートは、当初の目的を思い出してふるふると顔を振った。


(……でも、人に話しかけるのはなかなか勇気がいるな……)


仕方なく、先程話しかけてきてくれた甲冑の男に話しかけることにする。


「あ、あのぅ……?」


「ん?なんだね、早く中に入りなさい」


「いえ、その……宝石を換金してくれるところとかってどこにありますか?」


「?物を売るのなら、そこら辺にある道具屋でできるはずだが……なぜそんなことを?」


「い、いえ!!いえいえ、そうですよね!いえいえいえ……すみませんでしたあああああああああ!!」


脱兎の如く逃げだした少年に、はて、と頭の上に「?」を浮かべる。最近の子供は不思議なことを聞くなぁ、と思いながら。入り口前の警備を続けることにしたようだ。


「き、緊張した……死ぬかと思った……」


人間と話をするのが苦手なユートにとっては死活問題だ。服のポケットに入っているサファイアを握りしめて、近くにあった道具屋に入ることにする。

看板にかけられていた文字は日本語や英語とは別の言語だったが、なぜか読むことができた。


カランカラン、と鳴った鈴の音。

来客を告げる音に気付いた店主が、ユートに話しかけてくる。


「いらっしゃい……なんだ、子供はこんなところに来るもんじゃないぞ」


道具屋の中を見ると、武器を持った複数の大人たちが物品の確認をしているようだ。

入ってきたのが子供だと分かり、嘲りの含んだ視線をユートに向ける。

身が竦むような感覚に陥りながらも、ユートはおずおずと口を開いた。


「あ、あの……じ、実はちょっと……換金をお願いしたいんですけど」


「……換金?」


カウンターに肘を置いていた店主は、ユートの立ち姿をじろじろと見て吹き出した。


「ハハハハハッ!!悪いが冷やかしは御免なんでな!さっさと家に帰って母ちゃんにでも甘えてろ!」


「え……あの……」


「どうせ使えねぇ服とか換金しに来たんだろう。生憎だがそんなものを引き取る金はない。この店は貴族さんたちも御用達の店なんだ。お前みたいな薄汚い子供が入れる店じゃねぇんだよ!」


「……そ、そうですか……」


しゅんと落ち込むユートに、店主とその場にいた人間たちがクスクスと笑い出す。


「……えっと……じゃあその、宝石を売れる店をお、教えてもらえませんか?」


「……何?宝石?」


途端、店の中に静寂の帳が落ちた。

なんだと、と小さく横にいた男とその仲間たちが呟いたのがユートの耳に入ってくる。


「サ、サファイアなんですけど……売れるお店ってありま―――」


「そういうことなら最初から言え!さっさと宝石を出せ!」


「え、あの……換金は無理なんじゃ……」


「いいから出せ!話はそれからだ!」


ばんばん!とカウンターを叩く店主に怯えながら、ユートはそこにサファイアを置いた。

その大きさに、店主と周りにいた人間たちが息を呑む。


(おいおい……こんな純度の高いサファイア見たことねぇぞ……このボウズ何者なんだ)


光を通してサファイアを見ると、透き通るような純度の高いサファイアだ。それに、普通の方法で採れる大きさではない。

サファイアを見ながら、店主はちらりと少年に顔を向ける。気弱そうな様体で、鑑定結果がどうなるか不安そうな表情だ。


心の奥底で、道具屋の店主はにやりと笑う。


「ほう、なるほどいいサファイアだな」


「ほ、本当ですか!?あの、いくらぐらいに―――」


「だがまあ、このぐらいのサファイアじゃあそんな高い額は出せねぇよ」


「え……」


「そうだな、金貨百枚ってところだろう」


そう言った店主に、ユートは目を微かに見開いた。


「そ、そうですか。ならそれで……」


(やっぱり、学もねぇガキか)


心の中で笑い声を上げる。このサファイアの価値を分かっていない。おそらく、ちゃんと鑑定をすれば金貨千枚など取るに足らない額になる。

いい商売だ、と店主はニヤリと笑った、が、その瞬間だった。



小さな少年の背後から、ぐんと巨大な影が立ち昇った。


「!!?いっ―――!?」


その影は巨大な獣のような形をとって、その影の中から無数の眼をこちらに向けている。

肥大化していく影は道具屋の中を覆い尽くし、影の中にある赤い眼光が店主の首を刈り取ろうと威圧する。


「ひ、ひいいいいいいいいいいいっ!!」


「え、ちょ、あの、どうしたんですか!?」


「き、金貨ならちゃんと渡す!!これでどうだッ!!」


カウンター下にあった金貨を溜め込んだ袋を持ち上げて、ユートに手渡す。

突然の叫び声にユートはドン引きである。


「か、勘弁してくれ!!俺が悪かったッ!!命だけはああああああああああああああッ!!」


金切り声を上げると、店主はそのままカウンター後ろにあったドアの先に消えてしまった。

ばたん、と閉まったドアに視線を向けて数秒。


「……ち、ちょっと!ちゃんとサファイア持っていって下さいよッ!?」


店主の発狂に、横にいた者たちも何が起こったのか分からずに不審そうな表情をしていた。

と、そこでユートは、左下のログに新たにメッセージが表示されていたのに気付いてその文字をなぞっていく。


天恵「全能ノ気」発動。


「あー……」


自身に敵対する者に恐怖を植え付ける天恵、全能ノ気。それが発動した意味に、ユートは全てを察してしまった。


(騙される寸前だったのね……)


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