最初の依頼者らしいです。8
久しぶりではございますが、更新となります。
村の出口から見える田畑、整然とした農耕地帯にただただ感心する。
ざあ、と穏やかな風が吹き抜けるが、ユートは渋面だ。
「あのさ、そろそろ教えてほしいんだけど」
「私のスリーサイズをか?」
「とぼけてるようで真面目に返答するから半端なく困るんだけど」
「ダメだぞ、それはダメだ。これはいわゆるあれだ、『おとめのひみつ』というヤツなのだ!」
「そうじゃないよ!?畑と田んぼを破壊する理由だよ!?」
遥か先まで続く農耕地帯、その全てを破壊する理由をちゃんと聞いておかなければ納得できるはずがない。
獣人たちがなぜ承諾したのかも謎だった。一体どんな上手い嘘をついたのだろうか、とユートは不信感丸出しでレティに迫る。
「ふむ……そうか、ユートにはまだ分からないことばかりか。確かに、私が召喚したのは間違いないが知識の享受は不完全だったし……いや、そもそも魔法人形ではないからそれも不可能か」
唸るレティに、ただただユートは頭の上に「?」を浮かべる。
「ねぇ、さっきから何を言って―――」
「うむ、うむうむうむ。そうだな、では私から一つ謎掛けをしよう」
「え?いや……いきなりなんで……」
「そうだな……では始めに、この領域に拡散している毒の魔術についてだな」
と、レティは人差し指を立てると、それをユートに近づけた。
指先から突然、ごぼり、という音を立てて深紫色の球体が出現する。
「まず、『トキシック』系列の魔術だが、これは生命を持つもの全てに作用する魔術だ。対象に遅効毒を付与する魔術でな。基本的な魔法名は『トキシック』だ」
ユートの目の前で浮遊する気味の悪い液体でできた球体は、ユートに近づいた瞬間風船の割れるような音と共に弾けた。地面に吐瀉物の如く広がったと思うと、地面を腐蝕させていく。
あまりの劇臭にユートが一歩退く。
「そう驚くな。お前には『精霊王ノ加護』がある。私の力に応じてトキシックの威力が上昇しているが、下位の魔法であることに変わりはない。お前に低級の魔法は通じないからな」
「あんまり見たくない光景だよ……」
「何事も経験だ。知識を蓄えるためにも、いろいろな魔法をその目で見ると良い。……さて、このトキシックの魔術は、他の魔術と比べて違う特性がある。なんだと思う?」
「違う特性?情報少なすぎるけど……」
レティはにっこりと微笑むと、指をパチンと一回鳴らした。すると、地面を腐蝕させていた液体が瞬時に消え去る。
「何か分かったか?」
「今のって……」
レティが指を鳴らした途端、謎の液体が消失した。黒々とした地面が、腐蝕する液体がそこにあったことを証明しているが……。
待てよ、とユートは思考する。
「もしかして、トキシックの魔術は使い続けないと効果が切れちゃう?」
そう言ったユートにレティは頷いた。
「やはりユートは物覚えがいいな!教え甲斐があるというものだ」
「あれ……でもちょっと待って。トキシックって命のあるもの全てに作用する魔術って言ったよね?畑の作物とかにも作用するってことは、やっぱり作物が育たなくなったのも、村の人全員が病気に苦しんでたのもトキシックの魔術を受けちゃったってことだから……」
「気づいたか?」
そうだ。不可解だ。
ユートは、この世界における人間のポテンシャルをエイシャのステータスを見て知っている。
「こんな一つの大きな地域にトキシックの魔術を使える人間っているの?そもそも使い続けるってことは、普通の生活できないよね?」
ユートから出てきた言葉に、レティは満足そうだ。
「素晴らしい解答だ。その通り、私やユートのような魔術に堪能な魔族ならできるかもしれないが、それを数ヶ月に渡って持続させるのは絶対に不可能だろう」
レティはもう一度、目の前に広がる農耕地帯に目を凝らす。
「だからこそ、その原因を炙り出す」
「……それが田んぼと畑を全部破壊する理由?」
「そうだ。トキシックの魔術を使い続けている大元を炙り出す。地道に探す暇などないからな。それに、私にはその原因が分かっている」
「原因って、つまりこの地域のどこかにトキシックを使ってる魔術師がいるってこと?」
ふむ、と唸ると、レティはユートの頭をまた撫でた。
「ユートはあれだな、固定観念に囚われやすい人間のようだ。お前の魔術が制限されているのも、それが原因か」
「ど、どういうこと?」
「まあいい、すぐに分かる。ユート、『グランドパニッシャー』の魔法を唱えてみろ」
どやぁ、と腕組みをしながら堂々と立っているレティ。
ユートは迷いながら、片手に持っている黒翼の杖を掲げた。
「じゃあやるけど……ほんと大丈夫なんだよね、この魔法……」
「ああ。村に危害は及ばん。アブソリュートの結界はあらゆる害悪を拒絶する。上級の魔法とて打ち砕くのは至難の業だ」
「うーん……分かった。じゃあ失礼して……」
黒翼の杖を前に掲げて、叫ぶ。
「《グランドパニッシャー》!!」
瞬間。
黒翼の杖の宝玉から、眩い光が輝いた。
その輝きは風に流される布のように中空を舞い、天空と地面に巨大な幾何学模様を編んでいく。
五重、六重と重なり続ける魔法陣はゆっくりと回転しながら、膨大な魔力を取り込んでいった。
そして。
「な、なんか……すごい地響きが聞こえてくるんだけど……」
「グランドパニッシャーでも相当上位の魔術だが、『鋭キ刃』で更に強化されるからな」
ユートの視界に映る左下のログに走る文字の羅列。
天恵「鋭キ刃」発動。
天恵「精霊王ノ加護」発動。
天恵「詠唱破棄」発動。
魔術「グランドパニッシャー」を使用しました。
天恵「鋭キ刃」により、魔術「グランドパニッシャー」が魔術「ラースオブジアース」に変性しました。
魔術「ラースオブジアース」を使用しました。
魔術術式、展開中。
完了まで、あと60秒。
地面から、明らかに嫌な音が聞こえてきた。
不安になって、ユートはレティに確認を取る。
「……ねぇ、この魔法、僕たちに影響とかないよね?」
「術者本人には影響はないだろう。私は分からんがな」
「ちょっ!?レティの方が危ないの?は、早く結界の中に入ったほうが……!」
「何を言う。ユートの勇姿を間近で見なくてはな。発動まで時間がかかりそうだし、魔法の情報でも確認して勉強したらどうだ?」
「めちゃくちゃ怖いんだけど……まあ、確かに魔法は知らないことばっかりだしなぁ……」
ゴゴゴゴゴ……と小さな地響きを聞きながら、ユートは左下のログに残る魔法名を確認していく。
レジスト
魔術:強化・付与
消費魔力:15
属性:火
火の精霊による浄化の恩恵。
対象に魔術抵抗の補正を与える。
魔術抵抗力+
補正率は術者のINTに比例する。
マジック・リリース
魔術:強化・付与
消費魔力:15
属性:光
光の精霊による破邪の恩恵。
対象の弱体効果を除去する。
制限:ランク2以下の弱体効果
レジスト・オーラ
魔術:強化・付与
消費魔力:50
属性:火
火の精霊による浄化の息吹。
指定領域内の味方に魔術抵抗の補正を与える。
魔術抵抗力+
補正率は術者のINT、「魔術」熟練度に比例する。
リジェクション
魔術:強化・付与
消費魔力:50
属性:光
光の精霊による破邪の息吹。
指定領域内の味方の弱体効果を除去する。
制限:ランク3以下の弱体効果
グランドパニッシャー
魔術:攻撃・変性・重撃
消費魔力:600
属性:火・地
ダメージ:INT×500%
大火精イフリートと大地精ノームが下す裁断の具現。
広範囲に、予想を超える地震と赤熱する鋼の津波を発生させる。
赤熱する鋼の津波は、敵味方問わずすべてを貫く。
この攻撃は、鈍重撃と大破砕を持つ。
効果範囲は、INTと「魔術」熟練度に依存する。
鈍重撃:この攻撃は「近接」を持ち、高確率で「気絶」を付与する。
大破砕:属性「硬化」を無効化し、高確率で「欠損」を付与する。
ラースオブジアース
魔術:攻撃・変性・重撃
消費魔力:1800
属性:火・地
ダメージ:INT×1000%
大火精イフリートと大地精ノームの憤怒の顕現。
超広範囲に、想像を絶する大地震と赤熱するオリハルコンの津波を発生させる。
赤熱するオリハルコンの津波は、敵味方問わずすべてを破壊する。
この攻撃は、鈍重撃と大破砕を持つ。
効果範囲は、INTと「魔術」熟練度に依存する。
鈍重撃:この攻撃は「近接」を持ち、高確率で「気絶」を付与する。
大破砕:属性「硬化」を無効化し、高確率で「欠損」を付与する。
「ねえレティ」
「うむ」
「もしかしてこれ、冗談抜きでヤバいやつ?」
「禁術指定」
「退避!!!」
結界に向かって走り出したユートだったが、時すでに遅く。
―――術式、展開完了。ラースオブジアース発動。
ログに走る無慈悲な文字。上空に展開していた連なり合う魔法陣が農耕地域の全てを覆い尽くす。
刹那。
ズドン!という突き上げるような甚大な災厄が、農耕地帯に降り掛かった。
尋常ではないほどの轟音を撒き散らしながら、地面から無数の巨大な結晶体が生えてくる。
まるでジャンボジェット機の横にいるかのような大轟音だ。
地面から生えてくる紅く発光する結晶体は、大きな棘となって地面を破壊し尽くしながら超高速で、ユートを中心に広がっていった。
「レ、レティ大丈夫!?」
「ん、ああ問題はない」
横に立っているレティを見てギョッとした。明らかにダイヤモンドなど比べ物にならない超硬度の結晶体を、片手で掴んでボギリ、と折っていたのだ。
ひぇ、とユートが頼りない声を出す。
「最初の地属性の上位魔術にしては上出来だな。どうだ、魔力の消費は?」
「ま、魔力の消費って言っても……」
ちらりとステータスを覗いてみたが、自分の魔力は9999から9987に減っただけだ。
(うわあチート。チートだよ本当に)
おそらく『精霊王ノ加護』によって消費魔力が低減されているのだろう。消費魔力1200とか書かれていた癖に実際の消費魔力は12ということは……
「マジですか……99%カットですか……」
「『精霊王ノ加護』か。ユートの天恵の詳細を知るにも良い機会だったな」
「なんていうか、知ったことで知りたくなかったって逆に思う……ってうわっ!!」
未だに続く大地震にユートがふらりとよろめいた。それを見越したのか、レティが自分の腕の中にユートを引き寄せる。
「そういえば、《フロート》の魔法を教えていなかったな」
「……《フロート》?まさかとは思うけど、浮くの?」
「おお、なんだ《フロート》は知っていたのか。地面を変性させるような魔法や気功術を回避するためにあらかじめ唱えておく魔法だ」
レティに体を固定されながら、ユートは顔を赤くする。
―――って待て。聞き捨てならないことを今言ったよ。
「ちょっと待って……気功術ってなに」
「典型的な『近接』技の総称だ。それよりも、そろそろくるぞ。構えろユート」
「え?」
くる、とはどういうことか。首をかしげたユートは、その言葉の意味をすぐに理解することとなった。
地震とは違う別の轟音。メキメキ、と地面から生えている結晶体が歪み、砕け散る。
地面から、なにかが、来た。
ギィイイイィイイイイィイイィイイィイイイッッ!!!!
独特な甲高い絶叫。立ち上る粉塵と粉々になった結晶体の粒子が視界を覆い、しかしその先に見えた影にユートは口を大きく開けて放心状態へと移行した。
簡潔に言うならば巨大な―――いや、巨大と形容するには巨大すぎるほどのムカデが、地面から抜け出てきたのだ。
「な、なにあれ!?なにあれなにあれ!!」
ジタバタともがくユートを押さえ込みながら、レティはほほう、と感心したような声を出した。
「サンドウォームだ。それも土地に根付く大地の力をたらふく食したサンドウォームだな。あそこまで成長しているとなると、サンドではなくデスにまで昇格してしまったようだが。……む、こっちを見たぞ」
「待って。離して。見てる。っていうかこっちめちゃくちゃ睨んでる、睨んでるよ。ちょ……待っ……うわああああああああああああああああ避難避難だよレティ早くッッッ!!」
ギチギチと動くムカデ特有の口。その顔が―――こちらを向き、
気味の悪い甲殻に覆われた胴体を捩じらせながら、この異変を引き起こした張本人に牙を剥いた。